第31話 酒興

 ルークスにとってガレンとの食事の時間は、冒険者としての時間ではなく、商人としての時間を過ごしたような、久しぶりの感覚を抱いた。それはガレンも同じだった。

 様々な違いがあるとは言え、家が商家という背景を持っている者同士だ。変な気の張り方をしなくても良い。冒険者らしくする必要も無い。

 年齢は十以上も離れているが、旧友との再会のような、そんな時間を過ごすことができた。お互いに不思議な感覚だった。

 食事を終え、酒精の強い蒸留酒に切り替えて、野営ではお目にかかれないような上等な干し肉をつまみにしながら、酒杯を傾ける。ガラス製の酒杯だ。薄く濁ってはいるが、それでも中の液体の色が綺麗にわかる程のガラスは高級品だ。もちろん一般市民が手を出せるものの中ではだが。


「そう言えば、組合は剣を使う四つ手のことで何か言っていたか?」


 ルークスはガレンに訪ねた。


「ああ。すっかり忘れてた。今日の昼前に組合に行ってきたんだ。昨日は報告できるほどの時間はなかったからな。それで色々と話すには話したんだが、『一例だけでは何とも言えないが、こういう報告があったということだけは記録に残しておく』ってことで終わってしまったんだ。俺がまだ未熟だから、駆け出しのような扱いをされているんだろうな」


 ガレンとしては、今回の四つ手の件は大々的に周知されてしかるべきだと思っていたのだろう。悔しそうな表情を見せた。ルークスは周知するかは別として、危険度を鑑みれば、周辺依頼の受注者には周知されてもおかしくはない事案だという点では共通の認識を持っていた。


「あの森の四つ手が全て連携を取ってくることや、武器を使うことはあまり想像できないし、武器を使う四つ手の子供は、腕も一本無くしているからな。そうそう簡単には大きな火種にはならないはずだ」

「……そう思うしかないか」


 不承不承頷いたガレンは、酒杯を煽り、もう一杯蒸留酒を注文した。


「酔いつぶれても家まで運んだりはしないからな」

「そこまで弱くはないさ。家系的にどうやら酒精にはそれなりに強いらしい」

「それは安心だ。でかい奴を背負って運ぶなんてぞっとしないからな」

「そう言えば、剣は預けたって言ってたが明日からはどうするつもりなんだ?」

 新しい酒杯を手にガレンが聞いてきた。

「疲れを取るためにも、しばらくは休みだな。まあ、近場や街中でやるような依頼があれば、気が向いたら受けるかもしれんが。鉈とナイフで戦えないこともない」

「なるほど……」


「お前はどうするんだ? 改めてパーティーを探すのか?」

「いや、しばらくはパーティーを組むのは難しいだろうな。縁があればとは思うが、前のパーティーの時の悪評というのか、パーティー向きではないという印象が残ってるからな」

「そうか。まあ、まだ若いんだ。気楽にやるんだな。一人で依頼を受けるのも悪くないぞ」

「そういうものか。あんたはずっと一人でやってるのか?」

「稀に臨時で組むことはあるが、基本的には一人だな。初めの内は、商人の頃の知人と組むこともあったが、どうしても実力差が大きすぎてな。武器の扱いなんかは教わったりしたが、結局は一人のが楽だという結論に至った」

「俺も一人でできると思うか?」

「……何を、どの程度までということに依るが、そこまで強くない魔物を中心とした狩りや採取ならできなくはないだろうな。ただ、索敵を含めて、地形把握はもちろん、様々な知識を持っていなけりゃならん。誰も助けてくれないからな」

「そこなんだよな。索敵がどうしても甘くなりがちなんだ」

「戦い方によっても索敵範囲はかなり違うからな。理論を知ることは大事だが、実践で学ぶことの方が多い。死なない程度の場所で、失敗しながら学ぶしかないだろうな」

「そうか……明日からしばらく特訓だな」

「身につけた技術は誰かとパーティーを組むことになったとしても役に立つ。それに、一人でも続けていれば、組もうという相手も見つかりやすくなるからな」

「その割にあんたは組んでないじゃないか」

「俺の場合は、そもそも一人でやることが前提だからな。装備はもちろん、立ち回りも全て一人で動くことを前提としている。それ以前に、中年のおっさんに対して組もうなんて言う奇特なやつはなかなかいないさ」

「少なくとも俺は組んで良かったと思っているし、学びもあった」

「そいつはありがとな」


 もう一杯蒸留酒のおかわりを頼んだ。少しずつ眠気が出始めているが、まだしばらくは大丈夫だろう。


「そうそう、ベートの奴だが、周囲に俺が死んだって言ってたらしい」

「なんだそれは?」

「俺もなんでそんなことを言ってるのかよくわからないが、今日会った顔見知りから『お前生きてたのか』っていきなり言われてな。詳しく話を聞いたら、昨日組合でそんなことを言ってたらしい」

「何が目的なのかよくわからん奴だな」

「ああ。俺が死んだことにして、自分だけ先に帰ってきたことを咎められないようにしようと思ったんじゃないかと思ったんだが」

「なるほどな。だが、頭が回らないから、その場の勢いで適当なことを言ってしまったわけか」

「おいおい、随分な言い方じゃないか」

「本当のことだろ?」

「否定のしようもないな」

「否定してやる気もないだろ?」

「まあな」


 そう言ってお互いに苦笑した。


「だが、そんなくだらないことを言って回っている以上、どこかで揉め事になることは避けられないだろうな」

「ああ。あんたのことは特に何も聞かされてはいないが、逆恨みしていてもおかしくはない」

「面倒な奴に関わっちまったが、まあ、ついてなかったと思うしかないな」

「……すまない」

「別にお前のせいじゃないさ」


 そう言って、ルークスは残っていた酒を喉に流し込んだ。酒精で喉が灼けるようだった。


「さて、そろそろお開きにするか」

「そうだな。それじゃあ、約束通りここは俺が」

「ご馳走さん。ありがとうよ」

「いいや、こちらこそ本当に助かった」


 そう言って手を差し出してくるガレンと握手を交わした。


「また機会があれば組んでくれ」

「ああ。見つからなければ、組合に伝言でも残しておいてくれ」

「わかった」


 そう言って店を出た。外は真っ暗ではあるが、篝火が煌々と焚かれており、店の前だけは明るかった。

 給仕が店から出てきて、ランプと松明のどちらか必要かと聞いてきたため、ガレンはランプを、ルークスは松明を受け取った。ランプは銀貨三枚、つまり三十スーリ、松明は一本鉄貨一枚、十シーズだ。ランプは本体を後日返却することで全額返金される。松明は買い切りだ。どちらもほとんど無償提供のようなものだが、こういった気遣いで、家に帰るまで客に良い思いをさせるのはさすがだった。


 中央通りまでガレンと共に歩き、そこで別れた。


 満腹でほろ酔い。気分良く街を歩く。同じような酔っぱらい。巡回をしている衛兵。帰還が遅くなった冒険者たち。そして時々娼婦のような女もいる。

 平和な夜だった。風が少し冷たく肌寒いとは言え、それがまた火照った身体に心地よかった。

 情報収集以外で、と酒を飲んだのはいつ以来だったか。

 ぼんやりと、いつのことだったか、昔のことを思い出そうとしながら、ルークスは帰宅した。

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