第19話 過去
「いや、すまない。詮索するつもりはなかったんだ」
少しだけ空気が変わったのを理解したのか、ガレンは謝罪した。
「気にするな。まあ、この歳で冒険者なんかやってたら、誰でもそう思うだろうしな」
「ああ。今日の戦いは年齢がどうこうというのは関係無いように思えたけどな」
「実際に加齢によって影響を受ける部分はいろいろあるだろう。ただ、普段から無理せずに身体を動かしていればある程度は問題ない。それに長年の疲労や怪我の蓄積があるわけでもないしな」
「やはり冒険者になったのは最近なのか?」
「最近と言って良いのかどうかはわからないが、登録したのは三年程前だな。依頼を受けるようになったのは二年前。三十を越えてからだ」
「冒険者歴は俺とそこまで変わらないのか」
噂には色々聞いていたであろうガレンも、実際の年齢や冒険者歴を聞いて驚いている。それはそうだろう。この歳の現役冒険者で、たった三年、正味二年しか活動していない者など聞いたことはないだろう。
「ガレン、お前いくつなんだ?」
「今年で十九になる。十六になってから登録して、約三年ってところだ。三年でこれじゃ、先も見えたようなもんだろうけどな」
ガレンの愚痴のような自嘲に苦笑しながらルークスは答える。
「それを言ったら、俺はどうなる? 先が見えるどころか、真っ暗で何も見えやしない」
「……すまない。また不躾なことを言ってしまったようだ」
「お前は商人に向かないな。素直すぎる。良いことでもあるが、その素直さを利用しようとするやつがいないとも限らない。それに冒険者にしては上品だ。不躾なんて言葉を使う冒険者は滅多にいない」
今度はガレンが苦笑する。
「どっちもよく言われる。素直すぎるのもそうだが、主体性に欠けるとか、自分で考えて動けないとかな。あとは、冒険者なのに気弱すぎるとかも言われたことがある。とりあえず喋り方から変えようと思ってこんな風にしてみたは良いが、弱いくせに偉そうだとかな」
「そうだな。そういう事を言ってくるやつは多い。ただ、気にしても仕方ない。直すべきは直し、譲れないものは譲らない。自分が何のためにやっているのかを考えて、それに一番良い道を選べば良いさ」
「俺の爺さんと同じことを言うんだな。『商売は何のために商売をするのかを忘れちゃいけない、目に見える利益に踊らされるな。時には利益を捨てる勇気を持て』って、何度も言われたよ」
「真っ当な商売人はみな似たような事を言うんだ。俺もこれは奉公先で学んだことだ」
ガレンは驚いた顔でルークスを見た。
「あんた、商人だったのか!?」
「十二の時に奉公に出た。孤児だったからな。十五になって孤児院を出ると同時に養子に迎えられて、そのままその商家で十五年。そして養子にも関わらず、冒険者になって飛び出した、恩知らずの三十男ってわけだ」
「……そうだったのか。しかし、よく家が許してくれたな」
「まあな。それでもさすがに疎遠にはなったが」
「そうなるか……」
孤児院では十二歳になると、孤児院を出て自立することができる。ただ、その年ですぐにまともな職業にありつくことができる者はごく少数だ。だが、全ての孤児を孤児院に置いておく程の余裕があるわけではない。そのため、孤児院に住みながら、斡旋された奉公先で三年間働き、手当の半分を孤児院に、残りの半分で自立のための貯蓄をさせるという仕組みができた。
もちろんこの仕組みを悪用して、奉公に出ている孤児の手当をかすめ取るような孤児院もある。それだけならまだしも、奉公先も一緒になって孤児を食い物にしているような場合もあり、為政者の頭を悩ませている。酷い環境であっても、子供が死なないで済んでいる事実には変わりなく、頭をすげ替えれば済むという問題ではないからだ。
そんな状況の中、様々な幸運が折り重なり、真っ当な運営をされている孤児院に拾われ、そして真っ当な商売をしている商店へ奉公に出された。そこで見込まれ、養子となった。そのまま行けば、商店を継ぐことになるだろう。孤児の立身出世としては理想の一つだろう。
元々その商家は、創設者でありルークスの養父となる男が一人で立ち上げたものだった。三十半ばになっても結婚せず、仕事漬けの日々。あと数年以内にはもう一店舗増やして、ただの個人商店から商会へと大きくできる、というところだった。
ふと自分には妻も子供もいないことに寂しさを感じてしまったのだ。大きな商会を作り、より豊かな生活を送ることができる者を増やしていきたいと、ある種の使命感を持って作り上げた店。そして、それを大きくすることができる目処がついたところで、遺す相手がいないことに気付いてしまった。そして、共に喜んでくれる家族がいないことにも。
従業員や同業の者、同じ志を持った仲間と呼べる者がいるのもわかってはいる。ただ、それでも、日々のちょっとした些細な成長を共に分かち合える者はいなかった。
そんな寂しさを埋めるために、そして自分がある程度以上に信用することができる者を育てたいという少しの打算と共に、男は孤児院へ赴き、ルークスに出会った。
紆余曲折を経て、ルークスの能力を試したくなり、奉公に誘った。そこで大きく能力を伸ばし、商人として大成する可能性が見えたところで養子にしたのだった。
ルークス自身はそのまま商人になることに、どこかに戸惑いを感じながらも、安定性や成長性からも良いことだと受け入れていた。
男が家事を手伝っていた女と結婚し、予期せずに子供が生まれたことも、同じく戸惑いを感じながらも喜ぶことができた。跡継ぎになれないこと、跡継ぎにならなくても良いこと、そのどちらに対しても違う感情が湧き出したのだ。
義弟が生まれたとは言え、優秀な者に継がせるという方針を変える気は無いからこれからも励めという養父、自分と夫の血が流れている義弟が生まれても、今まで通り母として、家族としての態度を崩さない義母。そんな、孤児には理想のような職場と家庭。
それを捨てて冒険者になった。
冒険者になることには強い反対をされたが、最後にはいつでも帰って来いと送り出された。養母も弟も涙を流して別れを惜しんでくれた。
だが、それに対して、感情が沸かなかった。
これから冒険者として生きていくのだ。たとえ、いつまで続けられるのかわからなくとも。
ルークスの頭にあったのはそれだけだった。
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