第18話 質問
ガレンのところに戻ると、丁度荷物をまとめて出立しようとしていたところだった。
「ルークス! 無事だったか」
「ああ。剣もなんとかな」
鞘に手を当て、回収した剣を示す。
「四つ手はどうした?」
「逃げた。もう追う気力も残っちゃいない。さすがにくたびれた」
「ずっと戦闘続きだったからな。俺も、もう戦闘はこりごりだ。早く帰りたいところだ」
「そうだな。だが、悪いが今日も野営だ。せめて森だけは抜けておこう」
「仕方ない。都合二回も四つ手とやりあって森を抜けられるだけでも幸運だ」
そう言ってガレンはルークスの背負い袋と、縄と草でまとめた四つ手の腕を持ち上げた。
「そう言えば、ガレン。この背負い袋はお前のものか? 四つ手の巣のようなところにあったんだが」
ルークスは横を向いて、背負っている荷物を見せた。
「おいおい、待てよ。それ、俺の背嚢だぞ。よく見つけたな」
ガレンは近寄りじっくりと眺めている。
「歩きながら話そう。手近にあった他の袋や散らばっていた荷物を適当に詰めているからな。中身の保証まではできないが」
そう言ってお互いの背負い袋を交換した。ルークスの背負い袋は、切った肩紐が強引に結ばれており、少し短くなっていた。それをなんとか調整しつつ、まずは川に向かって歩き出した。
川では水筒と水袋の入れ替えだけを行った。そしてすぐに川沿いを川下、森の出口に向かって下り始めた。
道中では四つ手を追って茂みの奥へと進んだこと、荷物を見つけたこと、そして剣を使った攻撃をされたことなどを話した。
「まさか、四つ手が石だけじゃなく剣まで使ってくるとはな……」
「あり得ないことばかりだ。組合で報告して、どこまで信じてもらえるかを考えると嫌になってくる」
「そうだな。それでも、報告しないわけにはいかないからな……しかし、あの四つ手が剣を使って襲ってくるとなったら、さすがに厳しいだろうな」
「ああ。俺たち程度の実力では難しいだろう。今回は子供の四つ手だったからな。力もそれなりで、多少すばしっこくはあったが、剣の振り方は適当で助かった」
「いくら子供とは言え、あの力と素早さで、剣術まで上手かったらお手上げだな」
お互いに気が抜けていた。また、四つ手を撃退したことで、気分が高揚していたこともあるだろう。口数が多くなっていた。別行動をしている間のことを共有してからは、くだらないことを話しながら森の出口へと歩いた。
一刻ほど歩き、川下からの日差しが少しずつ眩しくなってきたところで、森の出口が見えてきた。
「やっと出口だな」
「ああ。日が暮れる前に森を抜けることができて良かった。とりあえず、ここで一度小休止だ」
森を出てすぐのところで荷物を置き、水を飲む。顔を洗い、足を軽く揉んだ。かなり歩いた上に戦闘の連続で、さすがに疲労が溜まってきている。ただ、今長靴を脱いでしまえば、再度履いて歩くのが億劫になってしまう。今は我慢だ。
その後、一度森に入り、排泄を済ませる。ついでに付近でいくつか枝を切り落としていく。今晩の薪だ。ガレンにも手伝わせて森の外に運んでいく。
ある程度集まったところで、川下に向かい、百歩ほど進んだところで野営の準備を始めた。まだ日はある。森ではなく歩きやすい。もっと先に進むことはできるとは言え、身体が休息を求めていた。どうせ本日中に着くことはできないのだ。開き直って野営すべきだ。
野営と言っても、焚き火を用意して、せいぜい湯を作る程度だ。食料は無い。それでも温かくなった湯を飲むと、身体の中に溜まった疲れを溶かすような気がした。
まだ火があるうちに、交互に行水をして汚れを落としていく。ガレンは傷という傷はないようだが、ルークスには灰狼にやられた右腕と、四つ手にやられた左肩に傷があった。それぞれの傷をもう一度確認し、再度薬草を貼り付けて縛り上げていく。薬草もあと一枚しかない。右腕は治りかけている。明日の朝に左肩の薬草を交換して、必要があれば後は街でなんとかしようと考えた。
さすがに疲れが出てきたせいか、お互いに口数が減ってきた。それでも、使った武器や防具、道具の在庫の確認を済ませていく。
「その盾もかなり傷ついたみたいだな」
ガレンが確認している盾には引っかき傷がたくさんついている。四つ手からの攻撃を防いだ時についていたのだろう。
「ああ。でも凹んでいるわけでも、歪みが出ているわけでも無いからな。手入れに出しはするが、それでも修理が必要な程ではないと言われそうだな」
「かなり良い盾のようだな。見た目の派手さは無いが、あれだけ攻撃を捌いて、凹みすら無いんだから。質実剛健。ガレンの性格に合っている」
ガレンは嬉しそうな表情で答えた。
「まさかそんなことを言ってもらえる日が来るとはな。こいつは父親の形見でな。詳しいことは教えてもらえなかったが、父親は元々どこかの街の衛兵だったらしい。俺が生まれてからは引退して、母親と一緒にファスバーンにやってきて、実家――つまり俺の祖父だな、その店を手伝い始めた。ただ、買い付けに行く途中に野盗に襲われて、二人共、な」
「……そうか。よくある話だ」
「ああ。荷物も奪われて、その時に使っていた武器も何も残っていなかったが、納戸で埃を被っていた、この盾と槍だけは無事でな。昔使っていて、引退する時にもらったらしい。買い付けに持っていくには仰々しすぎるってことで、納戸に入れっぱなしだったようだ」
「それを見つけたから、わざわざ冒険者になったわけか」
「まあ、そういうことだな。これを見つけていなかったら、今頃祖父と共に店をやっていただろうな。祖父は幸いまだ元気があるようだから、今も店をやってる」
「継がないのか?」
「いつかは継ぐかもしれないが、まだしばらくは冒険者を続けようと思う」
「そうか」
「ああ……野盗から自分の身が守れるくらいになるまではな」
そう言ってガレンは盾を置いた。行水のために外していた革鎧をつけ、背負い袋を漁っている。
「そう言えばこの中身、俺のじゃない荷物もいくらかあるな……食料はさすがに無いか。でも、毛布が残ってたのはありがたい」
そう言って、毛布を外套のように肩に巻きつけた。
「過去にも荷物を奪われた奴らがいるんだろうな。食料はなかったから、食料目当てなのか。お前の物じゃないガラクタはそいつらの鞄に入ってたものだろう」
「ナイフもあるな……最初からこれを持って襲ってきていたら、もっと苦労していたかもしれないな」
荷物の確認を終えたのだろう。自分の物と、他人の物を分けて袋にしまっている。一応持ち帰るようだ。破れた背負い袋の補修もしている。補修とは言え、針と糸があるわけではないので、縛ったりする程度だったが。
ガレンが荷物をいじっている間、ルークスは湯を飲みながら、日が沈むのを眺めていた。ナイフと鉈、胸当ての確認は済ませたが、剣だけは抜く気にならなかった。どうせ使うことはできない。改めて傷と直面するのは戻ってからで良いだろう。
「なあ、ルークス。聞いて良いのかわからないんだが……あんたはなんで冒険者をやっているんだ?」
いつの間にかガレンはこちらを真っ直ぐに見ていた。
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