第5話 来客
草を踏みしめる音した。
微かに、確実に音がした。同時に急激に意識が覚醒したが、大きくは動かない。外套の中で抱きしめていた剣の柄にゆっくりと手をやり、音に耳をすませる。
二人。そう見当をつけた。決して早く歩いているわけではない。ただ、明確にこちらに近づいている。起き上がり、素早く剣と鉈をベルトに差した。
「魔物じゃねえからな。襲いかかるなよ」
男の、少し甲高い声がした。火勢が弱まった焚き火の先から2つの影が見える。こちらの姿は相手に見えているだろう。
「そんなに警戒するって。ちいっとばかり火に当たらせてくれるだけで良いからよ」
甲高い声が両手を上げながら、近づいてくる。声の印象からは小柄な男を想像していたが、思った以上に背の高い男だった。ルークスよりも一手近く背が高い。だが、外套を着ていても、身体の細さが目に付く。ひょろ長い男だ。そして目に付くところに武器は無い。背中か、それとも短剣の類か。警戒したまま男を見つめ返す。
「おい! 聞こえてるよな!? 気付いてるならなんとか言えよ!」
「それ以上近づくな。何の用だ?」
二人は足を止め、こちらを見ている。火の加減で少しだけ相手の顔が見えた。冒険者組合や酒場で見たことがある。見たことがあるだけで、名前はもちろんどんな人物かも印象に残っていない。ただ、まだ若い。二十歳にもなっていないだろう。
「道に迷っちまってよ。邪魔して悪いんだが、火に当たらせてもらえねえか?」
「冒険者か?」
「そうだ。こいつは同じパーティーのもんだ」
「それなら名前くらい名乗ったらどうだ?」
「ガレンだ。こっちの背の高いのが、ベートだ」
ガレンと名乗る男が話を継いだ。外套を着ておらず、厚手の革鎧を着ている。手甲や足甲も革のようだ。こちらは背中から上半身が隠れる程度の中型の盾が、肩からは槍の柄が見える。肩幅はしっかりしている。隣のベートの細さが余計に大きく見せているのかもしれない。そして二人とも荷物を持っているようには見えない。
「こっちは名乗ったんだ。そっちも名乗れよ!」
甲高い声の男が言う。
「……ルークスだ」
仕方なく名乗った。こんなところで自己紹介などしたくはないが、わざわざ偽名を名乗って、後からトラブルになることを考えれば仕方ない。
「どこかで見たことがある。ファスバーンの冒険者か?」
落ち着いた声でガレンが訪ねてくる。ベートよりも年上なのだろう。短髪でゴツゴツとした顔は相応の風格があるように見える。もちろん見えるだけだが。
「そうだ」
「ん? ああ、そうか、どこかで見たことがあると思ったら、あんた、アレだろ? いい歳して冒険者やってるっていう酔狂なおっさんだろ」
満面の笑み。嘲笑。誰もがこういう顔をするわけではないが、それでもそれなりに慣れている。
「だったら?」
「へへっ、そんなに怒るなよ、おっさん」
「ベートやめろ。そんなことはどうでも良い。先程こいつが言ったように道に迷ってしまってな。悪いが火に当たらせて欲しい。火の番もこちらで受け持とう」
先程以上にヘラヘラした態度になったベートを諌めるようにガレンが口を挟む。
「それ自体は構わないが、随分と軽装なようだな。物資を持たずに森に入るの危険だって、先輩たちから習わなかったのか?」
「あ? なんだと?」
「やめろと言っただろう。本来は日が沈む前に戻る予定だったんだ。もちろん、多少の道具も持っていた。ただ、戦闘中に落としてしまってな。思ったよりも深いところまで入ってしまっていたのもあって、足元を探りながら、森を彷徨ってるところで、その火を見つけたというわけだ。木の影になっていたが、かなり目立っていたからな。見つけてから、四半刻ほどかかった」
今日は月明かりがないから、逆に目立ってしまったのだろう。足元が見えないことを差っ引いても、この森の中で、四半刻もかかる距離から目印になっていたのだ。
「そうか。わかった。火に当たるなら好きにしてくれ」
本当ならば一人で静かに過ごしたかったところだが、追い返すのも角が立つ。それに場合によっては、数日の付き合いになるかもしれない。後ろから襲われるのもごめんだ。火の側にいさせるだけならば、大した問題ではない。
ガレンは礼を言いながら、腰を下ろす。ベートも焚き火の近くの岩にもたれかかるように座り込んだ。ガレンはそのまま盾と槍の点検を始めている。特に道具が無い以上、何も手入れのしようは無いが、それでも状態を知っておくのは無駄ではないと思っているのだろう。焚き火の明かりに翳しながらしげしげと眺めている。槍と盾を点検し終えたら、次は鎧を外している。随分と厚手のように見えるが、一人で着脱できるように工夫されているようだ。
剣を抱え込むようにして座り、眺めていると、ベートから声がかかった。
「なあ、おっさん、あんた食料持ってるだろ? 腹減ってんだ。わけてくれよ」
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