第3話 5000兆円のリスク
「それじゃあ、きみは自分の命より、5000兆円を選ぶんだね」
神様が微笑むのに、私はこくりと頷いた。
この五年間。妹の治療代のため、私は学校を辞めて働き続けた。それでも、私にできることなんてたかがしれていて。
だからもし、この5000兆円が私のものになるんだったら、きっと妹に相続されるだろうから、そうなればもう、治療費の心配はしなくて済む。先進的な医療だって受けられるかもしれない。そうしたらきっと。また、あの笑顔が帰ってくるんだ。
(いや、まぁ。わたしは死んじゃうから見られないけど)
仕方がない。奇跡はそんなに多く望めない。神様がそう言うのだから、仕方がない。
私が生きるよりも、5000兆円の方が、妹を幸せにできる。
「そう簡単なことじゃないけどね」
ぽつりと呟くのが聞こえ、思わず「えっ」と唸った。
「……なにがですか」
「大金があれば、幸せになれるなんて。そんな単純なようには、この世界はできてないってことさ」
ワケ知り顔で言うその内容に、どきりとする。思わず、胸を押さえた。
「また、心の中を……」
「神だからね。きみが、血のつながらない妹のために命を投げ出すっていうなら、まぁぼくだってそれなりに報いてあげたい想いはある」
ぴくりと、まぶたが小さく揺れる。
「……血縁なんて関係ない。確かにあの子は、お義母さんの連れ子で。だけど」
「残念ながら、今回は大いに関係があるみたいだ」
神がぺろりと、先割れした細い舌を出した。少し、面白がるように。
「きみが死んで、もし、寝たきりの妹が大金を得た場合。妹はまだまだ子どもだってことできっと、庇護を受ける必要があるだろう?」
「庇護……つまり、保護者ってこと……?」
そんなあてはない。お義母さんもお父さんもそれぞれの実家とは縁遠い人で、だからこそ私が唯一の身内として、妹を看てきたんだ。だからーー。
「どうして、きみの親と妹は事故に遭った」「え?」
唐突な神様の言葉を、私はしばらくぼんやりと受け止め、それからはっとしてその意味を咀嚼し始めた。
「……警察は、お父さんが……無理心中を図ったんじゃないかって。その、ブレーキをかけたあとが、残ってなかったとかで……計画的なものだったんじゃないかって」
「きみはどう思ってる?」
「わたし、は」
お父さん。お母さんが亡くなってから、私を一人で育ててくれたお父さん。
最初、再婚するって聞いたとは拒否してやりたかったけれど。結局、お義母さんと一緒にいるときの笑顔が本当に穏やかだったから、私もなにも言えなくなった。
「お父さんが心中なんて……信じられない……今でも」
少なくとも、お義母さんや妹を巻き込むような人じゃない。それは、絶対の自信がある。
神様はにっとして、「だとしたら」と続ける。
「どうして、事故が起きたのか。真実を知りたくはないかい?」
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