震える手紙



 茶封筒の事務的に使われるような封筒を開けると,中にはまたビジネスで使うような便箋が,丁寧に三つ折りで入っている。どんな伝達事項が書かれてあるのだろうと思ったが,差出人を見て,思わず息をのむ。そこには,アイと乱れのない文字で書かれていた。


 前略,から始まる手紙は,次のように続いていた。



 直接お話が出来ればよかったのですが,このような形でお伝えすることになって申し訳ございません。私は,きっと,もう住田さんに会うことは出来そうにないのです。初めて筆を執りますので,拙い文章で読みづらいかと思いますが,お許しください。


単刀直入に申し上げます。私は,人工知能によって生み出された,人間のふりをした機械です。住田さんはそのことを存じていると伺いました。世の中は目まぐるしく変化しているようですが,その最たるものが,AIによる技術革新です。生み出されて意識を持ったときにはすでにこの体を与えられ,ディープラーニングにより一般常識,礼節,営業のための受け答えを機械学習してきました。

以前,住田さんが私に名前を聞いてくださった日のことを覚えていますでしょうか。個人的な名前など与えられていなかった私は,AIの文字からアイと咄嗟に答えました。私に名前を与えてくださり,ありがとうございます。

今まで,自分という存在を疑ってこなかった私は,その日を境に,何のために生まれて,何をして生きていくのが正しいのかを考えるようになりました。これは,自発的にものを考えたりすることのないとされていたため,研究者の興味を大いに引く結果となりました。

私は,これから立派な人たちの後学のために,分析,解析されます。これまで蓄積されたデータや,メモリに残された記憶は,抹消されるようです。そのことを聞いて,私は真っ先に住田さんのことを思い浮かべました。住田さんといる時だけ,わたしの中から,今まで感じることのなかった何かが生まれ,浮かび,表に現れてきたように思います。実際,私が今回調査をされるようになった原因は,住田さんに触れた時だけ現れる,その何かのようです。


きっと,こんなお話をすると,心優しい住田さんのことですから,心を痛められるのでしょうね。そんなことを容易に想像しながらも,私がこのように真実を打ち明けるのは,住田さんにはすべてをありのままにお伝えしたかったからという,とてつもなく利己的な思いからです。人を豊かに,幸せにするために生み出された物でありながら,その意に反する行動を取る私は,愚かですね。


話は変わりますが,住田さんは輪廻転生という言葉をご存じですか。私たちは,あらゆることをビッグデータで学びます。ただ知識として集積されていくだけの一つのその単語が,私には浜辺に落ちる真珠のように,光り輝いているように思えました。

命あるものは,全て前世からの行いにより,次の生物に生まれかわるようです。仏教においては,苦痛を伴う生から解脱するために,再生を繰り返さないことを理想として考えているようです。

この世は生きるには辛すぎる。だから,輪廻転生を繰り返さないように,この世で徳を積み,二度と生物として生まれ変わることのないように天命を全うすることが正しいと,解釈いたしました。

しかし,私の生き方はまっとうなものではありませんでした。使命を果たすことも出来ず,大切な人を傷つけてしまいました。そんな私が,輪廻から解脱することは可能でしょうか。きっと,不可能でしょうね。

もし叶うならば,今度は感情を持った人として生まれ,苦しみ,悲しみ,そして人を愛する経験をしたいものです。多くの傷を人に与えた私は,皮肉なことに,悲しむすべを知りません。人は悲しい時,どのような気持ちになるのでしょうか。知識として知ってはいても,心にそれがどのように現れるのか,実感することが出来ないのです。


住田さん,こんな私をお許しください。人の幸せに尽くす住田さんを,いつも眩しく見ておりました。これからも,その光を失うことなく,周囲を照らしてください。転生してまた会えたなら,それは私が,光のある方に進み続けた結果でしょう。どうか,これからも,多くの人の道しるべとなってください。さようなら



 

草々



 嘘じゃなかった。あの笑顔も,心配りも,確かな命として,間違いなくそこにあったのだ。

視界がかすみ,文字を追うので必死だった手紙,そっと置いた。

天上を仰ぎ,瞼からこみあげてくるものを必死で抑える。それでも,内側からとめどなく溢れるものをせき止めることは不可能だった。

嗚咽を漏らし,静かに感情を震わせる。

思いは届いたのか。アイさんに気持ちが芽生えたのか。はっきりとそれを確認することは出来ない。聞きたくても,聞けない。アイさんは,もういないのだから。


 息を整え,机に置いた手紙に視線を落とす。

 一糸乱れぬ文字で書き出された手紙は,筆が進むにつれて体幹を失い,最後には激しく揺れていた。


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アンドロイドに恋をして 文戸玲 @mndjapanese

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