02
翌朝起きたとき、そこが現実か疑った。
昨日のめぐの言葉をずっと覚えている。けど、一晩経ってみると、自分に都合のいい夢を見た疑惑が拭えないでいた。
実は告白する前の日だったりしないか、とスマホの時刻表示を確認しても告白予定日の翌日だった。フラれて現実逃避するほど落ちぶれていないと思いたいが、マジ恋は久しぶりだから自信がない。
最初は中学のとき、姉貴の友達だった。ただ身近な歳上の女性にどぎまぎしていただけかもしいれないが、そのときは自分なりに本気だった。付き合おうか、と誘われて素直に頷くぐらいには純粋だった。けど、憧れていた女性と付き合えて浮かれていた俺は、偶然聞いた姉貴と彼女の会話で現実を知る。彼女は顔のいい俺をステータスの一部にしていた。背も高く歳下には見えないから、つれて歩くと気分がいいのだ、と。
そういえば、当時小学生だった俺を、姉貴が勝手に書類応募してアイドル事務所の書類選考に通っていたと俺を自慢していたことを思い出した。興味がないから二次選考を受けることはしなかったけど、そのときから女子に注目されやすくなった。俺が何も言わなくても姉貴が吹聴した。そんな姉貴と彼女は同類だった。姉貴の友達なのだから、当然といえば当然だ。
本気にされていないとショックを受けた俺は、それ以降、女子と浅い付き合いしかしなくなった。向こうもどうせ俺の面しか見ていないと
だから、一途に相良を見つめるめぐが眩しかった。
気まぐれを起こしたのはそれが理由。
何度からかっても最初は必ず真に受けるめぐ。相手を信じるところから始めるその姿勢に救われた。あとになって違うのでは、と首を傾げる様子が可愛かった。
相手のことを知ったうえで好きになったのは、めぐが初めてだ。
学校に着くまで考えて判ったのは、夢だったとしても俺はめぐが好きだということだけだった。
教室に入って、ぎくりと一瞬肩が跳ねた。窓際の席にすでに着席している相良が目に入ったからだ。
「っはよ」
「おはよう」
自分の席に向かうときに眼があったから、ぎくしゃくしながらも挨拶すると、相良は律儀に返した。そのあと無言でじっと凝視される。告白することを相良にだけは予告していたから、結果が気になるんだろう。答えようもない俺は、視線を引き剥がし自分の席へ向かった。
フラれたら思わせぶりに不敵に笑ってみせようとか、挑発の手段はいくらでも用意していたが、OKもらったときの反応は用意していなかった。
なるべく相良の席の方を見ないようにしていたら、慌てた様子のめぐが教室に飛び込んできた。
「間に合ったぁー」
「おはー。めぐがギリギリなんて珍しいじゃん」
「なっちゃん、おはよう。昨日、なかなか寝れなくて……」
いつもギリギリな俺より遅いなんて、確かに珍しい。友達に照れ笑いするめぐと、不意に眼が合う。
めぐは相良の隣の席で、後方の俺の席を通る必要はない。けど、めぐは自分の席をスルーして、わざわざ俺の前まできた。
「おはよ……っ」
「はよ」
もじもじしながらも、しっかりと挨拶をしてきためぐに反射的に挨拶を返すと、めぐははにかんだ。それから、やりきった様子で自分の席へと
相良や他の友達とも挨拶を交わしているから、周囲からすればめぐがただ律儀に俺にも挨拶しただけに映っているだろう。けど、俺からすればめぐの方から挨拶してくれたのは初めてだ。
いや、めぐから挨拶してくれたのは、俺の方からちょっかいをかける図が当たり前で、今日大人しく席に着いている俺が珍しかっただけかもしれない。
いつまで経っても夢オチを捨てきれない俺は、気になって昼休憩になるとめぐに声をかけた。努めて今まで通りに。
「めーぐちゃん、俺と飯食わない?」
「あ。私も一緒に食べようと思って」
友達とすでに弁当を開いているかと思ったら、めぐは弁当袋に入ったままの昼食を持ち上げてみせた。俺の誘いに素直に応じるとは思わなくて、俺は面を食らう。
屋上で昼飯を食べることになり、向かいがてら俺は購買でパンを買った。フェンスを背に、二人で昼食をとる。早々にパンを食べ終わった俺と違い、めぐはしっかり咀嚼しながら懸命に弁当を食べている。小柄な外見と
そんなめぐの食事を遮るのは忍びなくて、食べ終わるまでその可愛い
ごちそうさま、と隣で手を合わせるめぐが不思議だ。
食べ終わってからも俺が見つめているものだから、めぐは居心地悪そうに俺を見上げる。
「どうか、した……?」
俺は、彼女が怒るかもしれないことを訊いた。
「俺、めぐちゃんは相良が好きだと思ってた」
無遠慮な言葉に、めぐは閉口する。言外にどうして、と言っていた。けど、俺の方がどうして、だ。
「だって、いいなって言ってたじゃん」
「わっ、私、憧れてるだけだって言ったもんっ」
屋上での初めての会話を持ち出すと、そのときのセリフも額面通りだったと主張された。いや、頬染めて恥ずかしそうにそんなこと言ったら、
「相良にはすぐカッコいいって言うじゃん」
「だって、祐介くんはいざっていうときに言える人で、本当にカッコいいよ。私もあんな風になれたらって……」
そう瞳を輝かせるめぐ。憧れて、とは異性としての憧憬じゃなく、目指す人間像として、とか。マジか。やっぱりめぐは少し天然入ってる。これまでそれに嫉妬していた俺は何だったんだ。
めぐの言葉がそのままの意味だったと言われ、これまでを思い返すと言動こそ若干紛らわしくはあるが彼女の口から相良を好きだと聞いたことがなかった。全部、俺の勘違いだなんて、自分が空回りしすぎてものすごく居た堪れない。
最後にひとつ、どうしても気になっていたことがある。
「じゃあ、セージって呼んでくれないのは?」
どれだけ催促しても、決して呼ばれることのなかった名前。相良だけが彼女の特別だと誤解した最大の理由。
「…………一ノ瀬くんは、友達じゃなくて、好きな人、だから」
名前を呼ぶハードルがとても高い、と心臓を両手で押さえてめぐは俯く。その顔は赤い。
いつも思わせぶりなことを言ってからかうと赤くなっていたのは、彼女が
それでも、まだ現実と信じられない俺がいる。
「なんで俺?」
めぐは、どうして相良じゃなくて、俺なんかを好きになったんだろう。
軽薄な俺にもまっすぐに向き合ってくれるめぐを、俺が好きになるのは仕方ない。けど、俺はめぐの前じゃ茶化した態度ばかりで真剣さもなにもありゃしない。まっすぐなめぐには不釣り合いだ。
心底不思議がっている俺を、めぐは可笑しそうに見返す。
「私がたくさん考えすぎて及び腰になってるとき、一ノ瀬くんはいつも背中を押してくれたよ」
ただ遠くから憧れの人を見つめるだけしかできなかった自分が、一歩踏み出して、今は友達として接することができている。そのきっかけをくれたのは俺だ、とめぐは言う。
「私のちいさい本音をいつも拾ってくれてた」
この屋上で誰も知らないめぐの本音を最初に聞いたのは、俺だったと。からかったり、多少強引に振り回されても最終的に自分のためになったとめぐは嬉しそうにはにかむ。
「一ノ瀬くん、結局最後は優しいもん」
「別に、誰でもって訳じゃ……」
「うん。それが私にだけだったらいいなって、ずっと思ってた」
そう思うたび勘違いしてはいけない、とめぐは気持ちを押さえ込んでいたと明かす。
少し前まで俺の周りには一定以上に見た目のいい女子が多かったから、自分が眼中に入るはずがないとめぐは思いこんでいたらしい。だから、俺の前では気持ちがバレないように必死で隠していた、と。
だから嬉しい。昨日のことが夢みたいで、夢から醒めたくなくてなかなか寝れなかった。そう赤裸々に教えてくれるめぐは、昨日の俺と同じだった。
ああ、本当なんだ。
彼女と答え合わせをして、すとんと現実が実感として胸に落ちる。安堵したら、途端に嬉しさが溢れだした。思わず相好が崩れる。
「相良みたいにむっつりじゃないけどいいの?」
正直に好意を伝えられるのに、これまでみたいに我慢していられる訳がない。だから、宣告すると、めぐはぶわっと耳や首まで赤くなる。ぱくぱくと魚みたいに空気を食んだあと、緊張にごくりと唾を飲んだ。
「そ……それでも、一ノ瀬くんがいい、です」
いっぱいいっぱいになりながら、それでも真面目に答えてくれるめぐが可愛くて仕方がない。
めぐの
「好きだよ、めぐ」
他に誰もいない屋上で、彼女にだけ聞こえるように名を呼ぶと、めぐは面白いぐらいに硬直した。それでも逃げない彼女に胸をくすぐられる。
全然タイプの違う俺たちだから、きっとこれからも答え合わせが必要になるだろう。それが堪らなく楽しみだ。
だって、それは隣にめぐがいる証拠だから。
俺は久しぶりに、屋上に広がる青空のように晴れやかに笑った。
ヒロインな君との答え合わせ 玉露 @gyok66
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