ヒロインな君との答え合わせ
玉露
01
校舎の屋上に彼女を呼び出した。天気は晴れ。
へらりと軟派にしか見えない笑みで君を出迎えたけど、俺がどれだけ緊張しているか知らないだろう。
一ノ瀬
けど、女子に囲まれ男子に敬遠されていたのは一年までの話。
誘いを断り続けていたら、付き合いの悪くなった俺から離れていった。浅い付き合いがほとんどだったから、不満を零されつつもあっさりしたものだ。まぁ、数人からは平手をもらったけど。
俺が打たれたのに、打った女子の方が痛そうな
こんな俺が今更マジ恋をしたところで、報われることなんてないのは判りきっている。インガオーホーってやつだ。
せめて俺は彼女の前で無様な面を晒さないようにしたい。俺の自業自得で、彼女にはいらない罪悪感だ。
「一ノ瀬くん、話って?」
「セージでいいって言ってるのに」
「えっと、それは、ちょっと……」
彼女、堂本 めぐは弱った様子をみせる。
男友達の少ない彼女が気安く名前呼びなどできないと解っている。こうしてからかうように言って、彼女を困らせるのがお決まりのやり取りだ。わざと残念ぶってみせて、更に彼女の眉が下がる。内心、俺が本気で残念がってるとは知らないだろうな。
「
「ゆ、祐介くんは、友達、だから……っ」
友達と言い訳する彼女の様子は必死だ。彼女が唯一名前で呼ぶ男子、相良 祐介。
「俺はめぐちゃんの友達じゃないんだー」
大袈裟にショックなフリをすると、彼女はうまい返しができず、言葉に詰まる。
「ズリぃな、相良はぁ」
「い、一ノ瀬くんは、その……」
あわあわと、どうフォローしようかと慌てるめぐ。人が好いから、自分が悪くなくても相手のために困る。
俺が勝手に名前呼びしてるのも、最初は困ると言われた。それでも俺が止めないから諦めているだけだ。ちゃんとお友達になって名前呼びを許されている相良とは大違い。
「…………ほんと、ズリぃ」
「一ノ瀬くん?」
めぐはただでさえ丸い瞳を、きょとんと丸くした。きっと声だけでなく、俺の顔は妬みで歪んでる。これまで彼女には見せないでいた。
相良は、髪を染めていないだけで爽やかだと女子に騒がれ、俺と違って女子にマジ恋されることが多い奴だ。頭がよくて、運動もなかなかできる。言葉少なで表情筋があまり機能していないのも、その分笑顔がレアだとかで女子受けがいい。俺からすれば、ノリの悪いぼーっとした奴なのに。
別に、真面目な奴だから成績がいいのはちゃんと勉強してるからだって解ってる。運動だって、基礎体力が大事だとかで毎日ランニングしてるし。努力を着実に結果にできる奴だ。そんな男だから、彼女もアイツを眼で追うんだろう。
俺が笑いかけても困る彼女も、相良には気を許して笑い合う。俺は、理由を付けて騙し打ちみたいなことをしないとデートもできないし、少し笑ってもらうことさえ道化を演じてどうにかだ。
「めぐちゃん、俺も名前で呼んでよ」
「それは……」
「一度ぐらいいいじゃん」
「でも」
ねだると、彼女はどんどん困ってゆく。ああ、こんな
けど、最後に一度だけ、と願ってしまう。
「好きだよ」
「え」
「めぐちゃんのこと、マジで」
浮かべるのは慣れた軽薄な笑み。こんなとき、どんな面でいるのが正解なんだろう。
フラれるのが解ってるのに。
自分が馬鹿なことをしてる自覚はある。というか、割と最初から俺は、馬鹿をやらかしてた。
高一のとき、この屋上できらきらした瞳でクラスメイトの男子を見つめる女子を興味本位で、本人と話せるよう協力した。それが彼女、めぐだ。自分が彼女にハマるとも知らないで。
どこにでもいるような女の子。すげぇ美人でも、とびっきり可愛い訳でもない。けど、すごく素直に笑う女の子。
からかい半分でしたアドバイスも鵜呑みにする素直さが危うく感じて眼が離せなくなった。同時に、軽薄な俺の言葉でも信じてくれることが無性に嬉しかった。
少しは
だから、今彼女は事実を受け入れられずに固まっている。
俺の言葉を信じられないから。
そう仕向けたのは、俺だ。
もう、笑うしかない。
好きだと告げたのが相良だったら、彼女は信じただろう。真っ直ぐな者同士で、相手を疑いようもない。だから、アイツは狡い。
言葉の真偽を見定めるように、めぐは口元に拳を当て、考え込む。わずかに唸るほど真剣に悩む様子が愛しくて堪らない。冗談だと捉えても、めぐは真剣な想いで返すんだ。それを知っている。
このときだけは自分のことだけ考えていてくれる。だから、俺は告白した。
告白した一日だけでも、いや、この一瞬だけでも彼女が俺のことだけ考えてくれれば、それでいい。
自分のエゴのために、最後まで彼女を困らせる俺は卑怯だ。
俺の目的は達成したから、どんな答えでも受け入れるつもりだ。
悩んで、言葉を探して、それから彼女は俺を見つめる。その真っ直ぐな瞳に、今だけは俺が映っていた。
充足感をもって、彼女の口が開く様を見守った。
「……っわ、私もです」
なんで敬語、と小さく笑った。
「いーよ。めぐちゃんが相良しか見てないのは知……って?」
予定調和だと思って用意してたセリフを返そうとして、俺は違和感に気付く。想定していたどの返事ともセリフが違う。
「今、何て……?」
呆然と俺が聞き返すと、復唱させられると思わなかったらしいめぐは怯んだようにびくついた。それでも、羞恥を堪え、頬を染めながら繰り返す。
「私も、一ノ瀬くんが好、き……」
今度は視線を交わしていられなかったのか、俯いてめぐは呟いた。呟きでも、屋上に吹くのはそよ風で、聞き逃すことはない。
俺は夢を見ているのか。これ、絶対夢オチだろ。目の前にいるのは、現実のめぐじゃなく、俺の願望のめぐじゃないのか。
そう疑うほどに、衝撃でしかなかった。
「え。だって、相良は?」
「祐介くんは友達だって、いつも言ってるでしょ……っ」
むぅと拗ねたようにめぐはいつも通りに返す。それは自分の片想いだから、という意味だとてっきり思っていた。まさか本当に言葉通りとは。
「でも、相良は……」
めぐはそうでも、相良はめぐが好きだ。そして、俺は今朝、アイツを焚きつけるように宣戦布告した。アイツが焦るように。アイツが悪い奴じゃないから。俺みたいな調子のいい軽い奴相手でも、めぐみたいに真面目に話を聞く奴だから。ただフラれるだけなんて悔しいから。なのに。
この一年で、俺もアイツも同じ女の子を好きだと知っている。
どうしよう、と真っ白になった。後日、めぐに告白するであろう相良に何と言ったらいいんだ。まさかアイツがフラれる側とか思わないだろ。
「本当に、祐介くんと仲がいいよね」
いない相良のことばかりあげるものだから、めぐは口を尖らせた。その羨ましそうな呟きは、二人の仲を茶化したときにもよく聞いた。羨望の相手は俺かと思っていたが、相良の方だったと今知る。
驚きがかち過ぎて、素直に喜べない。彼女は本当に意味が解って言っているのだろうか。めぐは少し天然なところがある。
「好きのイミ分かって言ってる?」
「彼氏彼女になりたいってコト……、一ノ瀬くんは、違った?」
「違、わない」
確認したら、逆に不安そうに訊かれた。俺が思わず正直に答えると、めぐはほっと安堵した笑みを浮かべる。
めぐがこんな嘘を吐かないと知っている。だから、これは現実だ。
その日、俺は現実を受け入れられないまま家に帰った。
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