第115話 物件を決定する
「こちらは元宿屋になります。部屋の数は全部で三十。厨房設備は一通り揃っておりまして、大通りからは離れていますがその分冒険者区域に近いので、そちらの方の人間が良く泊まっていたはずです」
不動産屋が疲れた表情を浮かべながら物件の説明をする。
「全体的に建物が古いのと、ところどころの壁に修理した跡があります。冒険者がよく寝泊まりをしていたということは喧嘩がたえなかったのではないでしょうか?」
「……ええ、まあ。おっしゃる通りです」
「ここは気に入らないか?」
俺がフローネに確認をすると、彼女は首を縦に振る。
「すまないが、次を案内してくれ」
「……はい」
不動産屋は肩を落とすと返事をする。先程からこの調子で物件を回っている。
既に両手の指で数える程の建物を見たのだが、フローネの御眼鏡にかなう物件はいまだ見つからないようだ。
「……あの、申し訳ありません」
自分の条件が厳しいのがわかっているのか、フローネが申し訳なさそうに頭を下げた。
「構わないって。妥協しないで好きなように選べと言ったのは俺だからな」
どうせ住むならフローネが快適に暮らせる家の方が良いに決まっている。元々今日一日は時間を空けているのだから満足するまで付き合うさ。
「そ、それでは次の物件に案内します」
建物に鍵をかけると、不動産屋は馬車の御者台に座り、俺たちを乗せ新たな物件へと連れて行くのだった。
「こちらは最近になって売り出された物件で、元は酒場を経営していたようです。二階は宿になっておりますが、場所が通りからかなり離れていて部屋数も十もなかったのでほどんど客が入らなかったようです。厨房設備はそこまででもないですが、古い割にはしっかりとメンテナンスがされているようですね」
不動産屋の説明を聞きながら、俺は隣を見る。
フローネの瞳は揺らいでいるのだが、どのような感情を持っているのか推し量れなかった。
「ここ……畳まれてしまったのですね」
寂しそうな声がポツリと漏れる。
「ええ、こちらの酒場は味が変わったことで客足が遠のいてしまったとかで、オーナーが田舎に引っ込むのでと我が不動産が買い上げたばかりなんです」
ここはフローネがかつて働いていたはずの酒場で、ほんの数週間前までは営業していた。あの時接客した従業員は今頃どうしているのだろうか?
「フローネ、ここはどうだ?」
色々と思い入れのある場所だったのだろう。彼女はしばらく悩むそぶりを見せると……。
「御主人様。ここが良いです」
そう言った。
「わかった、ここを貸してくれ」
「本当ですかっ⁉」
ようやく不動産巡りから解放される。不動産屋の男は笑みを浮かべると嬉しそうな声を上げた。
「こちらはまだ清掃業者が入っておりませんので、一度業者をいれてからお渡しするとして……」
「業者は必要ありません、すべて私が掃除しますので」
「一人じゃ大変だろう。俺も手伝うぞ」
「ありがとうございます」
フローネはそう答えると御礼を言ってきた。
「では、店に戻って契約書を交わしたいと思います。家賃などに関してはそちらで」
「ああ、その場合住人登録が必要になるはずだけど、俺とフローネの名前で登録して役所に提出してもらえますか?」
「かしこまりました。最短で手配するように致します」
こういった書類の管理も不動産業者の仕事の内。これで俺とフローネの住居がここになり、税金の支払いを終えれば自由に過ごすことができるようになる。
俺が不動産屋について出て行こうとすると、
「あの、御主人様」
フローネに呼び止められた。
「ん、どうした?」
「私の要望を受け入れてくださり、ありがとうございました」
そう言うと御辞儀をするのだった。
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