第112話 料理人フローネ

「はあっ!」


『ラビューン!?』


 フローネが短剣を振るうとホーンラビットが絶命する。


 先程から、何度か小型モンスターと遭遇しているのだが、彼女の攻撃は必ず一撃で心臓をとらえている。


「驚いた、随分と的確に急所を狙えているな?」


 モンスターを倒すたび、血抜きをして湖で洗い解体をしている。


「ええ、料理をする時は動物の骨があると包丁が入りませんので、身体の作りを見れば、何となくどこに骨がないか、どこに心臓があるのかわかります」


「それは……凄い」


 乗合馬車での料理人の仕事の際、冒険者が狩ったモンスターを解体していたらしく、生物の構造について熟知していると彼女は語った。


「それにしても、アイテムボックスと言うのは便利なものですね。中に入っていれば鮮度を保てるなんて……」


 常識では考えられないスキルの存在に、フローネは驚きの表情を浮かべる。


「このスキルは『商人』のレベルを25まで上げる必要があるからな。取得するには時間が掛る」


 将来フローネに取得させるつもりはあるが、今は彼女だけの職業でもある錬金術士を育ててみたいと考えている。


「希望するなら、将来的には覚えてもらうこともできるぞ?」


「い、良いのですか?」


 フローネは口を大きく開けた。


「このスキルがあればいくらでもお金儲けができます。御主人様の能力の説明は受けましたが、他人に与えられるからといってそう簡単に施されては……」


「フローネは他人じゃないから」


 次の瞬間、フローネの言葉が止まった。


「そ、そうですね。私は御主人様の物ですから」


 メイド服のエプロンをぎゅっと掴み、そわそわとしている。


「安心しろ、今考えているような意味ではないからな」


「そう……ですよね」


 何やらショックを受けた表情へと変化する。


 奴隷として所有しているつもりはないと伝えたかったのだが、こればかりは時間を掛けてわかってもらう必要があるだろう。


「まあ、その辺はおいおい話して行こうか」


 俺は肩を落とすフローネを促すと、探索を再開するのだった。




 ホーンラビットの毛を剥ぎ、鮮やかな桃色の塊肉を取り出す。


 包丁を使い、鮮やかな手つきでそれを切ったかと思えば鉄串にさしていく。


 続いて、フローネは鍋の様子を見ると、お玉でスープをすくい味見をして、塩や胡椒そのほか数種類の香辛料を投入すると「うん」と頷いた。


「私たちの出番、ないですね」


「そうだな……」


 ガーネットが話し掛けてくるが、以前の惨状から考えて元々彼女に料理をさせる気はない。


「私も刃物には慣れてきていますし、覚えればあのくらいは……」


 ガーネットは、フローネから一つでも技を盗もうと、彼女の手元を凝視している。


 フローネが今捌いているのは、ガーネットが釣り上げた魚なので、自分で料理をしてみたいらしく悔しそうにしていた。


「無理だろうな、あれは一朝一夕で身に付く技術じゃない」


 滑らかな動きで包丁が魚へと入り、あれよあれよと言う間に身と骨におろされてしまう。


 包丁で丁度良いサイズに切ったかと思えば、フライパンを用意しバターを溶かして焼き始めた。


 ヘラで押さえるように熱を通していくのだが、その行為にどんな意味があるのかまで俺たちにはわからない。


 ただ、フローネの真剣な表情を見る限り、この手順はこの料理に必要で、彼女が真剣に食材と向き合っているということだけは理解できた。


「ふぅ、完成です!」


 やがて、汗を拭うとフローネが息を吐く。


「ティムさん。早く食べましょう」


「ああ」


 ずっと料理するのを見ていたので、良い香りにたまらなくなっていた。


 俺とガーネットは料理を口に入れると……。


「「美味しいっ!!」」


「良かったです」


 フローネが胸を撫でおろした。


「このホーンラビットの肉、香辛料を振って焼いただけなのにこんなにも美味いとは……。柔らかくて口の中に入れると香辛料の風味が広がる!」


「その場で捌いたので、今回の食材は新鮮そのものですから。ホーンラビットの肉は脂が少ないので味付けに工夫が必要ですが、さっぱりした味わいが女性には人気なんですよ」


 そう言って料理の解説をしてくれた。


「こっちの魚も美味しいです。私、魚の皮って苦手だったんですけど、これはパリッとしていますし。バターのお蔭か臭みもありません」


「魚の皮は脂がのっていて、それが苦手な女性は多いのですが、こうして押し付けるように焼くことで、魚自体の脂が熱されてからりと揚がります」


 説明を聞くと、俺も魚へとフォークを伸ばす。


「本当だ、この脂の満足感と口の中でほろほろと溶ける魚の身が何とも言えない」


「これは、いくらでも食べられますね」


 ガーネットと二人してフローネの料理を称賛し続ける。


「喜んでもらえて何よりです」


 フローネはとても幸せそうな顔をしていた。


「フローネも一緒に食べましょう!」


「いえ、私は……」


 これまでも彼女は料理人と言うことで作るだけで一緒に食事をしようとしなかった。


「今のフローネは私たちの仲間です。仲間は一緒に食事をしてもいいんですよ」


 ガーネットはそう言うと、食器を渡しフローネを促す。


 フローネと目が合う。俺が頷くと、彼女は遠慮がちに料理をよそい、食べ始めた。


「もしかして、私たちって今後、冒険しながらこの料理を食べることができたりするのでしょうか?」


 もの凄いことに気付いてしまったとばかりにガーネットが目を見開く。


「御主人様とお嬢様が望まれるのであれば……」


 その言葉に俺たちは……。


「「ぜひお願いします!!」」


 美味しい料理には勝てなくて、フローネに頼み込むのだった。

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