第110話 フローネの希望

 目の前のテーブルには、フローネのステータスと転職可能な職業などについて書いた紙が置かれている。


 俺はガーネットから言われた通り『簡潔に』『誤解を生まないように』説明しなければならず、やや緊張していた。


――コンコンコン――


「入ってくれ」


 ドアが開き、フローネが入ってくる。


 彼女は薄い素材の寝間着にストールを肩にかけていて、緊張の表情を漂わせていた。


「御主人様がお呼びだと、メイド長より伺いました。何分、初めてですので至らない点があるかと思いますが可愛がっていただけないでしょうか?」


 ドアを閉じ、鍵を掛けたフローネはそう言うと、俺の前まできてストールを椅子に掛けた。


 湯浴みをした後なのか、身体が火照っているようで赤い。腕で胸を抱いた彼女は俺以上に緊張しているようだった。


「ち、違うっ! 俺が君を呼んだのはそう言う理由じゃないから」


 慌てて否定する。


 まさか、ガーネットに頼んでおいたはずが、メイド長を通すことで曲解されてしまうとは考えもしなかった。


「俺が君を呼んだのは今後について説明をするためであって、決してそう言う行為を強要するためではないから」


「そ、そうなのですか?」


 まだ信じられないのか、彼女は目を大きく開くと俺をじっと見る。


「このことはガーネットも知っているし、もし俺がそう言ったことをほのめかしたら彼女に告げ口しても構わないから」


 そこまで言うと、フローネはようやく信じたのかホッと胸を撫でおろした。


「それで、今後のこと、とはなんでしょうか? お嬢様からはこの屋敷で働くように言われているのですが……」


 日中もメイド長に仕事を教わっていたらしく、彼女は首を傾げた。


「それについても説明したい。まずは話を聞いてくれ」


 俺は向かいの席に座るように言うと、ステータス画面から得た情報について彼女に説明をするのだった。




「以上が俺の持つユニークスキルの説明になる」


「なる……ほど?」


 俺の説明を黙って聞いていたフローネだが、まだ理解が追い付かないのかアゴに手を当て考え込んでいる。


「つまり、御主人様は他人の才能を伸ばす能力を持っている。そう言う認識で間違いないでしょうか?」


「そうだな、その解釈であっているよ」


 彼女がよく理解できているのを確認した俺は、ここからが本番とばかりに話を続けた。


「その紙に書いてある通り、俺は君のステータスを伸ばし、職業を入れ替えることができる。ステータスを上昇させればこれまでの作業が楽になるし、スキルを取得すれば新しくできることもあるだろう。フローネはどうしたい?」


 俺の能力を使った時の利便性を解くと、俺は彼女に問いかけた。


「その前に一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」


「ああ、何でも聞いてくれ」


「元々、お嬢様も才にとぼしく、冒険者を続けられないはずだったと聞いております。もしかすると御主人様の能力を使われているのでしょうか?」


「ああ、ガーネットは元々魔法に適性がなくてな。今でこそ剣を取り扱うようになったが、あのままだったら冒険者を辞めさせられていた」


 それが今では立派な前衛として武器を振るい、フローネを購入するための資金を貯めたというのだから驚きだ。


「でしたら、私も冒険に連れて行ってもらえないでしょうか?」


「うん?」


 意外な願いに俺は戸惑う。彼女のステータスでどの項目を上げるか相談するつもりだったのだが……。


「今回、御主人様とお嬢様が私を買い上げるのに用意した金貨1400枚。途方もない金額です。普通に屋敷で働いているだけでは長い年月がかかることでしょう」


「ああ、そのことについて説明してなかったな――」


「ですが、冒険者になれば稼ぐことができます。これまでは自身の才能のなさと、戦うことへの恐怖がありました。だけど、もし御主人様がお許しいただき、私に戦う術を与えてくれるというのなら……。私は戦いたいです。もう流されて生きていくのは嫌なのです」


 切実な声に胸が詰まる。フローネが渇望したのは、俺もガーネットも一時期抱いていた思いだったからだ。


 足りないからこそ馬鹿にされる、足りないからこそ強要される。俺たちはそんな運命に抗う仲間だ。であるならば俺はフローネの想いに応えなければならない。


「フローネの気持ちはわかった」


「それでは……」


 回りくどいことは言わない。俺は今の気持ちをはっきり言ってやる。


「俺が責任を持つ。フローネは何も心配せず俺についてこい」


「はい、御主人様!」


 彼女はそう言うと、感激した様子で俺を見るのだった。

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