第108話 フローネの冒険者登録

「それでは、こちらが奴隷契約書になります。初年度の税金に関しては近日中に住居に送りますのでご確認ください」


 奴隷館の人間が立ち去ると、俺たちはフローネと再会を果たした。


「おひさしぶりです、フローネさん」


「ガーネットさん……。いえ、お嬢様。御無沙汰しております」


 ガーネットが声を掛けると一瞬安心した表情を浮かべたフローネだったが、すぐに感情を消し御辞儀をしてみせた。


「今までのように、ガーネットとお呼びください」


「いえ、今の私はあのころとは立場が違いますので」


 自身が奴隷だということを強く意識しているようだ。フローネは口元をキュッと結ぶとその申し出を断った。


「大変だったみたいだな、フローネ」


 納得できない様子で眉根を寄せるガーネットだったが、このまま話していてもフローネが折れることはないだろう。


「御主人様、この度は私をお買い上げくださりありがとうございます。身分に見合わぬ大金を使わせてしまい申し訳ありません。誠心誠意お仕えいたしますので、末永くよろしくお願いいたします」


 奴隷館の教育もあるのだろうが、元々の性格もあってか洗練された動きで御辞儀をされる。


「勘違いしないでくれ。俺もガーネットも君をそのままにしておくつもりはない。資金を回収した後で奴隷から解放すると約束しよう」


「フローネさんは何も心配されなくて平気です」


「資金を……回収……ですか?」


 フローネは戸惑う。無理もない、金貨100枚で奴隷落ちした彼女にしてみれば「どうやって稼ぐのか?」という疑問が浮かんでいることだろう。



「とりあえず、今日は良いじゃないですか。早速、我が家に向かいましょう」


 立ち話もなんなので、俺たちはパセラ伯爵家に戻るのだった。




 翌日になり、俺はフローネを連れて街を歩いていた。


「本日はどうされるのですか、御主人様?」


 彼女が身に着けているのはパセラ伯爵家のメイド服だ。上質な生地に白のエプロンと清潔さを兼ね備えており、スカートの丈は膝より上と動きやすそうな恰好をしている。


 その内俺の方でも衣類を用意しなければならないが、伯爵夫人から「この辺を奴隷一人で歩くのなら当家のメイド服が良いですよ」と言っていた。


 このメイド服を着ていれば、パセラ伯爵家に仕えているとわかるので、市場などで要らぬトラブルに巻き込まれたり、商人に侮られたりすることがなくなるとか。


 俺は冒険者ギルドの扉を開けると、彼女の質問に答える。


「まず君には冒険者登録してもらうつもりだ」


「ぼ、冒険者……。スキルを持たない私がですか……?」


 フローネは戸惑う様子を見せる。無理もない、先日奴隷として買われたばかりでこれまで一度もやったことのない冒険者になれと言われたのだから。


 だが、現時点で俺の能力を説明するわけにもいかない。


 俺は彼女を連れてカウンターに向かうと、フローネの冒険者登録を行った。


 ガーネットと相談して決めたのだが『ステータス操作』があればステータスポイントを振り分けることができる。


 ステータスを振ることができれば、フローネの身の安全が少しでも良くなる。


「フローネさんは、ティムさんの奴隷ということですので、ティムさんのパーティーに加入することになります。また、フローネさんがもし犯罪行為などを行った場合、その罪は主人であるティムさんが負うことになりますがよろしいでしょうか?」


「それで問題ありません」


 受付嬢の説明に俺は頷く。


 奴隷に悪事を働かせておきながら「奴隷が勝手にやったこと」と言い張る所有者が過去に多く存在したため、奴隷が犯した罪は所有者が背負うという法が存在している。


 ダンジョン内ではそれでなくとも冒険者同士のトラブルも多い。奴隷にモンスターを引っ張ってこさせて狩りをしたりと、少々マナーに問題がある冒険者もいるので、口を酸っぱくして言いすぎるくらいがちょうどよいのだ。


 俺とフローネは冒険者カードができるまでの間、併設されている酒場でそれぞれ飲み物を注文しながら待つ。


「あの……、御主人様。私に冒険者などつとまるのでしょうか?」


 先日とは違い、怯えた表情をフローネは浮かべていた。


「ああ、安心してくれ。あくまで今後を考えて冒険者登録するだけだから」


 レベルを確認して、ステータスポイントが余っていたら振り分ける。


 それだけで、他の人間よりも楽に労働をこなせるようになるだろうと踏んでいる。


 俺もガーネットも、フローネを無理やりダンジョンに連れて行くつもりはないのだ。


 そのことを説明すると「でしたらどうして冒険者登録を?」とフローネが首を傾げる。隠し事があると説明もままならないが、その辺に関してはガーネットが上手く話してくれるのに期待しよう。


 昨日より若干緊張が解けたのか、ぽつぽつと言葉を交わしていると……。


「お待たせしました。こちらがフローネさんの冒険者カードになります。尚、奴隷が所属している場合、パーティーを解散させることはできませんので、御了承ください」


「はい、ありがとうございます」


 フローネが冒険者カードを受け取る。これで準備ができた。


 用事を済ませた俺とフローネは冒険者ギルドを出ると屋敷へと戻る。


「あっ、お帰りなさい」


 すると、ガーネットが出迎えてくれた。


「客室は流石に駄目だとお母様に叱られてしまいましたので、フローネさんのお部屋は、従業員用の相部屋になります」


「ありがとうございます。お嬢様」


 冒険者登録にガーネットがついてこなかったのは、屋敷で色々と準備をしていたからだ。


「ひとまず、フローネさんはメイド長のところへ向かってください。屋敷の仕事の説明がありますので」


「かしこまりました、お嬢様」


 深々と御辞儀をして去っていくフローネ。


「それで、登録は問題なく?」


 ガーネットは近づいてくると耳元で囁いた。


「ああ、今から早速確認してみようと思っていたところだ」


 フローネのいる前でステータス画面を凝視するのは流石にはばかられた。


 彼女は奴隷なので『公言するな』と言えば口止め可能なのだが、俺が『ステータス操作』をできることに関してはもうしばらく様子を見てから話すべきだとガーネットとも結論を出している。


「それじゃあ、ティムさんの部屋に行きましょう」


 フローネのステータスが気になるのか、ガーネットはそう言うと俺の後に続き、部屋の中に入ってきた。


 彼女は部屋に入るなり紅茶の準備を始める。最近では夜になると部屋を訪れて同じようにしているので慣れた動きだ。


 紅茶を淹れ準備が整うと……。


「さて、もういいよな? 見てみるからな?」


 俺とガーネットはフローネのステータスを確認するのだった。

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