第107話 フローネの売買

「ひとまず、他の参加者の目的がニコルだとわかったのは良かったな」


 狂錬金術士も、変態貴族婦人も、クランの団長たちも、ニコルを見に来ていたことが発覚した。


 他の参加者たちも万遍なくオークションに参加しているので、フローネを狙っている参加者がいたとしても競合相手は数組に絞られるだろう。


 自身の嫌な予感が外れたことに俺がほっとしていると、次の奴隷が舞台へと連れてこられた。


『それでは次の奴隷になります。技能は家事全般になりますが、真の価値はこの整った容姿と素晴らしいプロポーション。許されるなら私が落札して色々と奉仕をさせたい。借金により奴隷になったフローネです!』


 参加者の劣情を煽る言葉を司会は口にする。


 事実、何人かの目の色が変わり、厭らしい視線を彼女へと向けた。


『それではアピールをどうぞ!』


 会場中が静まりかえり、フローネが口を開く。


「私は、与えられた仕事がなんであれ御主人様にお仕えする次第です」


 以前、楽しそうに料理について語った彼女の面影はなく、どこか諦めにも似た表情を浮かべている。


 そんな彼女の言葉を「性的な奉仕も問題なし」と受け取ったのか、数名の参加者が入札を開始した。


『金貨200枚!』


『金貨205枚!』


『金貨215枚!』


『…………!』


 先程のニコルの時とは大違いだ。会場が大いに盛り上がり始めた。


「ティムさん。早く入札しないと!」


 ガーネットは焦ると俺の腕を掴んできた。


「いや、ひとまず彼らの入札が落ち着くまで待つんだ」


 このくらいの値上げは想定内だ。値上げ幅の低さから考えてもこのままなら金貨300枚程で止まるだろう。


 パセラ伯爵にオークション参加の際のテクニックとしてレクチャーを受けたのだが、落札するコツは入札がいったん落ち着き静まり返ったタイミングで高めに被せることだと聞いている。


 今のところの値上げ幅が金貨5枚単位なのでその5倍の25枚も上乗せしてやれば、余程その奴隷に固執でもしていない限り引き下がるとのことだ。


 しばらく様子を見ていると、


『……金貨310枚!』


『金貨……315枚!』


 勢いがなくなってきた。ガーネットと目を合わせ、そろそろかと頷き手を挙げて参加しようとしたところ……。


「金貨400枚だ! ぐふふふふふ」


「わあああああああっ!」っと会場が湧いた。


 入札したのは会場中央の席に座る太った男だ。


「あの方は……」


「知っているのか、ガーネット?」


「ええ、王都で商会を経営しているメタボという男です。ライバル商会にゴロツキをけしかけて嫌がらせをしたり、綺麗な女性を見かけては言い寄ったり、あまり良い噂を聞かない相手です」


 ガーネットは嫌悪感を出しながら俺に説明をした。


「どうされますか?」


 一気に金貨85枚も上乗せしてきたメタボのせいで、こちらの計画が崩された。


 ガーネットから聞いた噂話が本当なら、やつが落札した場合、フローネは間違いなく不幸になるだろう。


「ここで引くくらいなら、最初から救うなんて言葉にしない」


「それでこそ、ティムさんです」


 俺は挙手すると、舞台の司会に聞こえるように叫ぶ。


「金貨500枚!」


「なんだとっ!」


 誰も入札しないと思っていたのか、メタボが目を見開きこちらを見た。


 敵意が籠ったその目を俺は正面から見返す。


『おおっと! 本日最高価格が出ました! 98番の御客様は初参加です! これは他の御客様も負けてはいられないか?』


 オークションを煽りたいのか、司会が余計な一言をそえる。


「おのれっ! 邪魔をしおって! 金貨520枚!」


「金貨550枚!」


 メタボの入札に俺は間髪入れずに被せる。絶対に引くつもりはないという意志を示して見せたのだ。


「金貨570枚!」


「金貨600枚!」


「くそっ! 金貨640……いや、700枚だ!」


 とうとう100枚の値上げをしてきた。会場の盛り上がりが本日最高潮を迎えた。


 あまりにも途方もない金額に、俺は一瞬黙り込んでしまう。


『さて、現在の入札は金貨700枚です! 他にありませんか?』


 もちろんこのままで終わらせるつもりはない。いくら被せればメタボの心を折ることができるか、俺が考えていると……。


「もうおやめください!!」


 フローネが叫んだ。


「これ以上、私なんかに無駄なお金を使うことはありません」


 その言葉は俺とガーネットに向けられていた。


 聡い彼女は俺たちがオークションに参加している理由を察したのだろう。


「ティムさん」


 ガーネットが袖を掴む。俺は彼女に頷くと……。


「金貨1400枚だ!」


『『『『『『わあああああああああああああああああああああ!!!』』』』』


 次の瞬間、会場が壊れるのではないかという程の声が響き渡った。


『おおおおおおおっと! 凄いぞっ! まさかの倍額の入札だ! これは決まったか⁉』


 会場の期待が俺とメタボへと集中する。


「くそおおおおおおおおっ! 金貨1500枚だあああああああっ!」


『『『『『『わあああああああああああああああああああああ!!!』』』』』


「くっ!」


 さらに被せてくるメタボ。今度は俺の方が追い詰められる。


 一体、やつはどこまで積んでくるつもりなのか、上限が見えなくなったからだ。


「ティムさん!」


 ガーネットが腕を握り締めてくる。彼女も緊張しているらしく、手が震えていた。


「こうなったらいけるところまで行くしかない……」


 用意してある金貨にも限界がある。だけど、ここで諦めたらフローネは……。


 俺が、再度入札しようとしていると、舞台袖から男が出てきて司会に耳打ちした。


『オークションが盛り上がっているところ申し訳ありませんが、一端中断をさせていただきます』


 ほっと息を吐く。一度冷静になる時間がもらえたのはでかい。


 俺たちは視界の言葉に耳を傾けた。


『ただいまの、7番の御客様の入札は無効となります』


「なんだとっ! なぜだっ!」


 目を大きく見開き、メタボが司会に怒鳴りつけた。


 司会は言葉を続ける。


『詳細な金額をお伝えするとこの後のオークションに影響があるので申し上げませんが、7番の御客様が提出した口座上限を超えてしまったからです』


「なっ!」


 オークション参加者はあらかじめ入札上限を運営側に提示している。メタボの予算は今の俺の入札額より下だったらしい。


「馬鹿なっ! 金ならあるっ! 私の商会には何十万枚もの金貨があるんだぞっ!」


『規則は規則ですので……』


 例外を認めてしまえば他の参加者に示しがつかない。司会はメタボの言葉を受け入れなかった。


「誰かっ! 私に金を貸してくれっ! 後で必ず返すっ!」


 焦ったメタボは周囲を見渡すのだが、その場にいた人間は顔を逸らした。


 彼らの中にはメタボの商売敵もいるのだろう。入札できずに狼狽えているメタボにたいして失笑している者もいた。


『他に、どなたか入札される方はいらっしゃいませんか?』


 俺とガーネットは手を握り締め、その瞬間を待つ。


『それでは、98番の御客様が金貨1400枚での落札となります!』


「そんな……ばかな……、せっかくここまで……」


 何やらぶつぶつと呟いてメタボがうなだれた。何と言ったのかはわからないが、呆然とした表情を浮かべている。


「やりましたね。ティムさん」


「ああ、良かったな。ガーネット」


 想定していたよりも高い落札になったが、フローネを助けられたことに安心した俺は息を吐くのだった。

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