第105話 オークション会場

 目の前では、タキシードやドレスに身を包んだ男性あるいは女性が開場を待っている。


 ここは奴隷館のロビーに当たるのだが、その豪華な造りに俺は驚かされ、周囲の客層をみて納得する。


 奴隷を買いに来るような人種は金持ちがほとんどだ。そんな相手に対して汚いフロアや殺伐とした印象を与えるのはオークションを開催する側にとってデメリットでしかない。


 自分たちが選ばれた者として振る舞う意味でも、こうした演出が必要なのだろう。


「ティムさん、どうされたのですか?」


 ガーネットが話し掛けてくる。彼女はドレスに身を包んでいて、それがとてもよく似合っている。


 今回、オークションに参加する人間はドレスコートが必須となっており、俺のタキシードはパセラ伯爵が昔着ていた物を仕立て直している。


「いや、まるでパーティーみたいだなと思ってな」


 そこら中ではオークション参加者たちがグラスを片手に談笑をしている。


 ちらほら聞こえてくる会話では「今日狙っている奴隷が誰か?」とか「家の奴隷パーティーがダンジョンの五層を突破した」とか。


 中には投資目的で奴隷を買い、ダンジョンに差し向けて稼ぐ商人なんかもいるようだった。


「お酒が入れば人は気が大きくなりますから。オークション前にこうして料理とお酒を無料で振る舞うことで、お互いに狙っている奴隷が誰なのか話、競い合わせる目的もあるようです」


「それだと、談合して譲り合うこともあるんじゃないのか?」


 俺もグラスを持っていて、少し酒を呑んでいる。パセラ伯爵家で呑むワインと違い、口当たりの良い甘い果実酒だ。


「それはあるかもしれませんけど、狙っているのが一人だけとは限りませんから。結局数人がその奴隷を狙っている場合、談合したところで意味がないです。オークションを盛り上げるにはここで気持ちよくさせておいた方が得なのでしょうね」


 確かに、その通りだろう。


「それにしても、噂に聞くオークションに比べて、少し人が少ないきがするのですけど?」


 ガーネットは疑問を浮かべると首を傾げる。


「ああ、それなら想定通りだよ」


「どういうことでしょうか?」


 俺の答えに彼女は首を傾げた。


「俺たちがダンジョンで収集した希少アイテムがあっただろ。あれを買ったのは、普段このオークションによく参加している貴族や商人が多い。直前に散財しているから今回のオークションは見送ったんだろうな」


 俺は理由について話してやる。

 狙う人間が多くなればなるほど、オークションは盛り上がり、落札価格が上がっていってしまう。


 俺は潜在的ライバルになりそうな相手を事前に減らしておいたのだ。


「なるほど、だから色々なダンジョンを回ったのですね。あれ? でもそうすると、売買をお願いしていたお父様たちも……?」


 少し話過ぎてしまったようだ。彼女が両親の意図に気付いてしまう。


「そ、それでもっ! 排除できない人物もいたんだけどな」


 彼女の気を惹くために大きな声を上げる。

 ガーネットは俺の声に反応し、考えるのを止めた。


「見てみろ」


 俺が目線で示したのは明らかにここの客層からして異質な男女だった。


 奴隷館側の警備員と言われた方がしっくりくる筋肉質な男と、イブニングドレスに身を包んだ妖艶な雰囲気の女性。


「知っている方なのですか?」


「あの二人は王都で活躍しているAランククランの団長と副団長だな」


 俺はガーネットの質問にそう答えた。


「他にも、あっちと……あの人も」


 ガーネットにだけわかるように視線を向けていく。


 そこにいるのは怪しい雰囲気の男と、嗜虐的な笑みを浮かべた女だった。


 男の方は錬金術に手を染めている貴族の研究者。女の方は他人をいたぶることに快感を覚えるという貴族夫人。


 パセラ伯爵夫人から『要注意人物』と言われて警戒していた人物だ。


 彼らは目的が戦闘奴隷だったり、実験対象だったりとはっきりしているので、希少アイテムで資金を削ることができなかったのだ。


 もし彼らがフローネを狙ってくるようなことがあれば、熾烈な争いになることは間違いない。できれば競合したくない相手だ。


 俺は緊張してゴクリと喉を鳴らすと……。


「そろそろ会場入りできるようです」


 気が付けば会場のドアが開いており、順番に名前が呼ばれ席へと案内されていた。


 こういったオークションでは座る場所もある程度決まっている。入場料は金貨5枚と一律なのだが、参加回数が多い方が良い席に座ることができるらしい。


 俺とガーネットはかなり後の方になってから名前を呼ばれるのだった。






『本日は、当オークション会場にお越しいただき誠にありがとうございます』


 舞台の上ではタキシード姿をした男がマイクを持って挨拶をしている。彼は奴隷館側の司会なのだろう。


『まずは、それぞれの席にある番号札を御確認ください』


 俺とガーネットの席の横にテーブルがあり、そこのプレートに番号が書かれていた。俺たちは98番らしく、左端なのであまり舞台が良く見えない席だったりする。


『そちらがオークションに参加する際の御客様の番号になります。参加する場合はプレートを掲げながら入札金額をコールしてください』


 司会がルールを説明していると、ガーネットが顔を寄せ囁いてきた。


「どうやら、初参加ということでかなり悪い席のようです」


 初参加の人間は場の空気に慣れておらず、たびたび水を差すことがあるとパセラ伯爵から聞かされている。


 そう言った人間が何かやらかした際、すぐに退出させるためにこうした場所に配置されるのだとか……。


 先程のメンバーは常連なのか、中央とまではいかずとも良い席に座っている。


 俺は中央を見る。いかにも良い物ばかり食べていて運動不足な腹の男が目に映る。


 彼は常連なのか、テーブルに酒やらツマミを持ち込んでバリボリ食べながら楽しそうにしている。


 彼はルールなどとっくに知っているとばかりに司会の言葉を聞き流していた。


 俺たちにとっては重要なこと。俺とガーネットは司会の言葉に耳を傾けた。


 それからしばらくして、入札の決まり事を司会が説明し終えると、


『それでは、ただいまよりオークションを開始します。当店が皆様にとって運命の出会いの場であることを祈っております』


 会場中の照明が消えるのだった。




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