第104話 企み
「ここまでで、用意できたのは金貨1250枚だな」
「す、凄い……そんなに集まるなんて……」
ガーネットは驚くと、両手で口元を塞ぐ。一週間の狩りの成果を今しがた告げたばかりだ。
「売買に関しては。お父様たちにお願いしてあったから知りませんでしたが、こんなに稼げたんですね……」
リストを効率よく潰して行ったお蔭だ。普通に狩りをしていたら500枚も稼げなかっただろう。
もっとも、ガーネットが予想以上に奮起して素早く敵を倒してくれたので。俺はそっちで驚いていたのだが……。
「これなら、フローネさんを買うことができますよね」
「ああ、フローネくらいの技能持ちなら、高くても金貨1000枚らしいからな。余程のことがないかぎりは平気だろう」
俺がお墨付きを与えると、ガーネットが安心した様子で胸を撫でおろした。
パセラ伯爵家の協力のお蔭もあってか、予想以上の金額を集めた俺たちは、既に目的を達したかのような気の抜けた空気を漂わせていた。
「そういえば、フローネさんの所有者なんですけど……」
ふと、ガーネットは俺を見る。
「同じ女性の方が彼女も安心するだろ。ガーネットが良いんじゃないか?」
俺がそう答えると、彼女は首を横に振った。
「できれば、ティムさんにお願いしたいと思います」
「それはまた、どうして?」
俺はガーネットの言葉に疑問を浮かべる。
「その前に、ティムさんはフローネさんを奴隷から解放されるおつもりでしょうか?」
「そりゃすぐにというわけにはいかないけど、仕事をして稼いでもらって、返済が終わったら解放するつもりだな」
こちらも金を支払う以上は筋を通す必要がある。俺はガーネットに返事をした。
「あれから調べてみたのですが、基本的に奴隷というのは購入してから10年は解放できないようになっているらしいです」
「そうなのか……?」
俺の周りに奴隷を持っていた者がいないので知らなかった。基本的に平民は奴隷を持たないものだから……。
「しかし、10年と言うのは流石に長いな……」
「奴隷の中には食い扶持に困って家族に売られている子どもなどもいます。購入はしたけど、途中で働けない体になったり、主人が税金を支払えなくなったりする場合もあります。その際に勝手に奴隷契約を解除して放り出すような非人道的なことも過去にありましたので、そう定められているのです」
なるほど、奴隷所持は金持ちしかやらないと思っていたが、そういう仕組みだったのか。
「それと俺が所有者になるのに何の関係があるんだ?」
俺はガーネットに理由を尋ねた。
「ところが、奴隷が主人と恋仲になった場合はその限りではないらしいのです。少なくとも数年分の税金は納める必要がありますが、早く解放してあしあげることができます」
「なるほど、その場合ガーネットだと恋人としての申請が通らないってわけか」
彼女は俺の答えに頷いた。
俺はアゴに手を当てて考える。
「もしかして、お嫌でしょうか?」
「いや、俺の方は別に構わないけど。フローネが嫌がるんじゃないかなと思って」
数度話しただけの異性が主人になってそんなことを提案してきたら、裏があると疑うのは当然だろう。
「フローネさんは嫌がらないと思います。ティムさんにそれなりに好意もあるでしょうし」
「そんなわけないだろう。数度話した程度だし」
俺がガーネットの言葉を否定すると……。
「フフフ、それがティム先輩ならありえるんですよね」
悪戯な笑みを浮かべるとそう呟くのだった。
★
「くくくっ! いよいよオークションが迫ってきたのだな……」
閉店した店の奥で男たちが酒を呑んでいた。
「いやいや、まったく苦労しましたよ。冒険時の事故に見せかけて実際にエクスポーションまで使って見せたんですから」
その場にいるメンバーは乗合馬車の護衛役をしていた冒険者が二人、店の店長。そして、小太りの男だった。
「しかし、そこまでしてフローネが欲しいとは、メタボの旦那も執念深い」
冒険者の男が、メタボに話し掛ける。
「良いではないか、貴様らにも成功報酬を支払ってやっただろう」
冒険者の二人と店長はメタボから金を受け取っている。今回の件は周到に仕組まれた罠だったのだ。
「あの女、何度も私が誘いをかけてやったのにすべて断りおって……。ようやく借金漬けにしてやることができたわ」
そのために、腹痛になる料理を持ち込み、実際に怪我までして見せたのだ。
その上で、他の食べ物を口にしていないと言えば、すべての罪はフローネへといく。
「しかし、メタボの旦那。今回の仕掛けに結構金を使ったんじゃ? フローネを落札させる資金は残ってるんですかい?」
冒険者の一人が酒を呑みながら質問する。ここまでしておいて、他の貴族や商人に落札されたら意味がなくなるからだ。
「安心しろ、まだ資金は金貨1000枚残っている。これだけあればまず間違いなく落とせるだろう」
「そ、それで……、落札した後はどうされるんですか?」
店の主人が質問をする。彼はフローネの件が片付けば店を畳み他の場所でやり直す算段を立てており、その後を知り違った。
「ぐふふふ。そのようなこと、聞かれずともわかっておろう?」
メタボがいやらしく笑うと、他の三人も同じような笑みを浮かべる。
「メタボの旦那。その時は俺もよんでくだせぇ。あの女がどんな声で鳴くか楽しみだ」
「ぐふふふ、みるだけならよかろう。決して手は出す出ないぞ?」
薄暗い店内の中、彼らの宴は続いていくのだった。
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