第98話 奴隷館

「あ……ティムさん。明日の予定についてなのですけど」


 パセラ伯爵家で晩餐を摂っていると、ガーネットが話し掛けてきた。


「ああ、どうかしたか?」


 伯爵と伯爵夫人と壁際には使用人がずらりと整列している。


 会話をしているのが俺とガーネットだけなせいか、全員が俺達の話を聞いている。


「先程武器を点検しましたところ、剣に少しガタ付が見られましたので修理に出したいと思うのですが……」


 彼女が言いよどんだのは前回の休養日からまだ四日目だったからだ。

 通常、冒険者は疲労のピークがくる五日目に武器と防具を預けてから休暇を取る。


「そうだな。万が一があっては困る。武器は万全にしておいた方がいい」


 ただでさえ五層のモンスターは強く身体も硬い。ガーネットは剣聖のスキルを駆使して多くのモンスターを討伐しているので、それだけ武器や防具の損耗も激しくなるというもの。


「そうすると、明日と明後日は休みにしておくか」


 突如決まった休日に何をしようかと思考が逸れていると……。


「ティム君とガーネットは明日は休みなのか、だったら舞台でも見に行ってきてはどうかね?」


 パセラ伯爵が口を開いた。


「舞台……ですか? お父様」


「ああ。知り合いの商人が出資している劇場があってな、チケットをもらいはしたが、都合が付けられなかったんだ。もし良かったら二人で行ってくるとよい」


「どうしますか、ティムさん?」


 ガーネットがチラリと俺を見てくる。その目はキラキラしていて、とても舞台に行きたそうな雰囲気を漂わせていた。


「それじゃあ譲っていただけますか?」


「うむ、構わないとも」


 機嫌よさそうに笑うパセラ伯爵。初対面の時は険悪だったが、毎日酒を酌み交わしているせいか、最近ではとても親し気な様子を見せてくる。


「なるほど、明日は二人のデートなのね。ティムさん。うちの娘をよろしくお願いしますね」


「お、お母様っ! で、デートだなんて……そんな……」


 慌てふためくガーネット。彼女は恥ずかしそうに顔を上げると俺を見た。


「ええ、大切な娘さんをお預かりします」


 箱入り娘だけに心配なのだろう。俺は伯爵夫人に返事をした。




「舞台、凄く良かったです」


 パンフレットを胸に抱いたガーネットは感激した様子で歩いていた。


 パセラ伯爵から譲ってもらったチケットの演劇は、恋愛をテーマにしたもので、王女と兵士の許されざる恋を描く物語だった。


 来客のほとんどが男女の組み合わせで、舞台を見た女性のほとんどが、ガーネットと同様の表情を浮かべてうっとりしている。


「そうだな、面白くて夢中で見てしまったよ」


 俺は普段、ドラゴンを討伐したり、ダンジョンを攻略したりする英雄譚の物語ばかり読んでいるのだが、こういった女性向けの演目も割と嫌いではない。


 一人ではわざわざ劇場まで足を運ぶこともないのだが、今回の劇は結構楽しむことができた。


「この後、どうしましょうか?」


 夕飯を食べていくにしても時間がまだ早い。俺はふと思いつくと、


「そうだ、ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな?」


「ええ、構いませんけど?」


 ついでの用事をガーネットに付き合ってもらうことにした。



「すみません、注文していた品物を取りに来ました」


 大通りを一本はずれた道にある魔導具の店に来ていた。

 それというのも、ある品物が入荷したら取っておいて欲しいを頼んでおいたからだ。


「はいよ、直ぐ取ってくるから」


 店員のお爺さんは俺をチラリと見ると、店の奥へと引っ込んでいく。おそらく俺の頼んだアイテムを取りに行ったのだろう。


「ティムさん、何を注文されたのでしょうか?」


 ガーネットが首を傾げているとお爺さんが戻ってきた。


「はいよ、エクスポーション一瓶金貨50枚だ」


「こちらでお願いします」


 俺は手持ちの金貨を支払うとエクスポーションを受け取り店を出る。


 そして、人気のない場所へと行くと、ガーネットに見張りを頼んでアイテムボックスへと入れた。


「どうして、エクスポーションを買われたのでしょうか?  私が持っておりますよ?」


 ガーネットは不思議そうに首を傾げる。


「万が一何かあった時、ガーネットが意識を失っていてポーションを取り出せないこともあるかもしれないだろ?」


 貴重品はそれぞれにしか触れられないアイテムボックスにしまってある。何らかの不運が重なって、ガーネットが大怪我をした際、彼女しか緊急用のエクスポーションを持っていないのはまずいと思ったのだ。


「ティムさん、そこまで私のことを……」


「大切なパートナーだからな、当然だ」


 両手を前で組み、感激した様子を見せるガーネット。


 今回の金でまた手持ちがなくなってしまったが、彼女と狩りをしていればすぐに貯められるだろう。


 心なしか距離が近くなり、上機嫌な笑みを浮かべた彼女と並んで歩いていると……。


「あれは、奴隷館か?」


 大通りに出る手前の大きな建物。そこにはでかでかと『奴隷館』と書かれていた。


 基本的に、奴隷の売買は国の許可が必要になる。

 奴隷になるのも、借金や刑罰などの理由が必要になり、買った奴隷は個人の資産として登録され、税金の対象になる。


 店の雑用や、屋敷の掃除係などで買われることもあり、パセラ伯爵家にも数人奴隷がいたりする。


 屋敷で働く使用人程扱いは良くなく、馬などの世話や、汚れる仕事をしているが、それでも伯爵家はまだ良い方だ。


 酷いところだと、炭鉱を掘らされたり、空気の悪い場所での労働な上、食事もろくに与えられないとか……。


「どうされたのですか?」


「いや、ニコルの件でね」


 事後処理についてパセラ伯爵夫人から聞いたのだが、あの後逮捕されたニコルと、盗賊ギルド一味は罪状をすべて洗い出され、奴隷落ちすることが決まっていた。


 どこかの奴隷館でオークションにかけられ、落札された金額の中から俺に対する賠償金が支払われるらしいのだが……。


「あそこに、オークションにかけられる人物名と職業が書かれているようだな」


 果たしてちゃんと奴隷になって、俺の目につかない場所に行ってくれているのか気になるのだが……。


「ティムさん。そっちは小規模オークションぽいですね。職業の横に最低落札価格が書かれております」


 基本的に奴隷はそれほど安くない。買ってしまえばいくらでも仕事を任せられるし、支払いについても賃金が掛らない。税金を差し引けばもうけをそっくり手にできるので、結構な需要があるからだ。


「高いのは若い女性と、戦える男か」


 容姿か戦闘能力に優れている者は身の回りの世話をさせたり、ダンジョンに連れて行ったりできるので、価値が高い。


「ダンジョンの二層まで潜れる男の前衛19歳で金貨十五枚だそうです……」


 女性の家事全般が出来る奴隷も金貨二十枚となっていた。


「ニコルがいないか確認してみようと思う」


 ここで名前を見つけることができれば安心できるのだが……。


 俺とガーネットが手分けして、近々出品される奴隷のリストをチェックしていると…………。


「えっ?」


 俺はその名前を見て固まってしまう。


「ティムさん。こちらにはニコルの名前はなかったです」


 ガーネットが近付いてきて話し掛ける。


「どうされたのですか?」


 彼女が俺の肩に触れて質問をするのだが、ガーネットは俺の視線の先を追い、掲示板を見ると……。


「どうして!?」


 口元に手をやり、大きく目を見開いた。


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