第99話 パセラ家の教育


【名  前】フローネ

【性  別】女性

【年  齢】16歳

【技  能】料理・家事全般

【特  記】純潔

【最低入札】金貨200枚


 掲示板にはそのように書かれている。


 俺は瞬き一つせず固まっているガーネットに、何と声を掛けるべきか悩んでいると……。


「ティムさん、この方ってあのフローネさんでしょうか?」


 俺の方を向いた彼女は動揺しており声が震えていた。


「わからない。フローネなんてよくある名前だし」


 俺は彼女にそう答え、改めて掲示板を見る。


 技能の『料理・家事全般』という部分が引っかかる。俺たちが知るフローネが得意としているものだからだ。


「ど、どうにか確認する方法はないのでしょうか?」


 ガーネットが服を掴んで質問をしてくる。


 掲示板の説明には『オークション奴隷につき面会不可』と書かれている。


 おそらくオークションに掛けられている高額奴隷には接触制限のようなものが設けられているのだろう。


「俺たちじゃあ無理かもしれないけど、君のお父さんなら情報を得られるんじゃないだろうか?」


 俺は思い付きを述べた。


 人脈もある上、貴族としての地位も高い。パセラ伯爵なら情報を得られる可能性は高い。


「……なるほど、早速家に戻りましょう」


 彼女は慌てると、先程の劇に感激していた余韻もなく、俺の手を引っ張って屋敷へと戻るのだった。





「頼まれていた件だが、調べがついたぞ」


 翌日の晩餐の席で、パセラ伯爵は俺とガーネットにそう告げた。


「お父様。やはり本人だったのでしょうか?」


 フォークとナイフをテーブルに落とすと、ガーネットは椅子から立ち上がり、パセラ伯爵の方を向いた。


「ガーネット、食事の席です。マナーがなっていませんよ」


 伯爵夫人はナプキンで口元を拭うと、ガーネットに注意をした。


「で、ですが……」


 確かに彼女が慌てる理由はわかる。ガーネットが助力を求めて俺を見る。


「落ち着いて、座って話を聞こう」


 俺がそう言うと、彼女は不満そうな顔をしつつ椅子に座り直した。


「調査依頼の結果を読む限り、奴隷のフローネとやらは、二人が探している人物で間違いないだろう」


「それは、どうして断定できたのですか?」


 なまじ焦っているガーネットより良いかと思い、俺はパセラ伯爵に断定できた根拠を聞いてみる。


「奴隷になる前の職歴を調べてみた。彼女は乗合馬車の料理担当やレストランでの調理補助などの仕事をしている。働いていた場所、外見、時期まで一致していた」


 そこまで一致しているのならまず間違いないだろう。


「一体、どうして彼女が奴隷に……」


 ガーネットは絶望した表情を浮かべると、ポツリと呟く。


 笑顔で俺たちに料理を手渡してくれたフローネの姿が浮かんでくる。


「どうやら借金をしたらしいんだが、少し妙な部分がある」


 そこについても調べがついているようで、パセラ伯爵が眉根を寄せて調査結果を見ている。


「妙な部分? それは一体どんな?」


「普段の彼女を知る人間に話を聞いたところ、彼女は慎ましい生活をおくっていたらしく、とても高額の借金を抱えるような人間ではなかったと」


 その内容に俺は頷く。俺とガーネットが知っているフローネは、料理が大好きで、自己研鑽をする努力家だったからだ。


「でも、そう見せかけておいて、実は裏で金を使い込んでいたのではないでしょうか? ブランド品に、宝石など。この手の物で身持ちを崩す女性は多いのですよ」


 ところが、伯爵夫人は別な意見を述べる。


 彼女は彼女で多くの人間を見てきたのだろう。


 確かに人には様々な面が存在しているので、フローネとさほど付き合いがあったわけではない俺たちの印象を正にして考えるべきではないだろう。


 彼女がどのような人物であるかは重要ではない、今注目すべきは……。


「ティムさん!」


 ガーネットが俺の名を呼ぶ。彼女の顔を見ると真剣な目で俺を見ていた。


「私、フローネさんを助けたいです」


 彼女の熱意が伝わってくる。短い付き合いながらも、ガーネットとフローネは仲の良い友人だった。


 俺はガーネットに返事をしようと口を開くのだが……。


「ちょっと待て、ガーネット」


「何でしょう? お父様」


 パセラ伯爵が言葉を遮った。


「調査によれば『金貨100枚の借金による奴隷落ち』となっている。本人の自業自得かもしれないのに、お前は個人的な理由で冒険者仲間を巻き込むつもりなのか?」


 パセラ伯爵はそう言ってガーネットを嗜めた。


「確かにティム君は冒険者として優秀だ。それは私も認めよう。そして、彼はお前に甘い。お前が頼みごとをすれば断ることはないだろう」


 思っていたよりも高評価を得ていたことに内心嬉しくなる。パセラ伯爵は言葉を続ける。


「大金欲しさに無茶をして戻らなくなった冒険者を私は知っている。お前の我がままのせいでティム君を死なせるつもりか?」


 フローネの最低落札価格は金貨200枚。途方もない金額だ。


 もし、ガーネットの頼みを聞いて狩りで稼ぐとすると相当な無茶をしなければならないだろう。


「で、ですが……。奴隷となると……買い上げた人次第では……その……」


 彼女は顔を赤くして言い淀んだ。


 俺たちはガーネットが言わんとしていることを理解する。


 国が管理する以上、奴隷にも一定の人権は与えられている。合意を得ない性行為の禁止や犯罪行為の強要などがそれにあたる。


 だが、その手の話にはいくらでも抜け道が存在している。


 性行為に関しては『自由恋愛』と言ってしまえば問題はない。実際に、奴隷との間に絆が芽生えた例も存在しており、国も認めているからだ。


 どこからが本当の自由恋愛で、どこからが強要になるのかわからない以上、周囲が咎めることはできない。


 フローネは見目麗しい美少女なので、落札者が男の場合、高確率でその手の行為を迫られるのは間違いないだろう。


「そ、そうです! でしたら、家の奴隷として買い上げたらどうでしょうか?」


 フローネがそのような目に合うのが耐えきれないのか、ガーネットは顔を上げると伯爵夫人に提案する。


「確かに、もうじき家の奴隷の二人が結婚するので解放する予定です」


 長年勤めた奴隷を祝い事とともに解放する習わしがある。

 もうじき、二人の奴隷がいなくなるので、後釜にとガーネットは提案するのだが……。


「家が買っている奴隷は高くても金貨50枚です。縁もゆかりもない他人に金貨を積むつもりはありません」


「そ、そんな……」


 はっきりと断られたガーネットはショックを受けた。


「ガーネット、貴女は自分の意志で冒険者になったのでしょう?」


「……はい」


「だったら、実家を頼らず、自分の力でどうにかしてみなさい」


 伯爵夫人の言葉に打ちのめされたガーネットは、食事もそこそこに部屋へと引き上げて行った。


「家の娘が申し訳ない」


「ティムさんは気にしないでくださいね」


 パセラ伯爵と、伯爵夫人が揃って頭を下げる。今回の件については娘に対する教育の一つなのだろう。


「いえ、気にしないでください」


 二人の謝罪を受け入れた俺は、


「ところで、御二人に頼みごとがあるのですが……」

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