第82話 ニコルの実力
★
「ねえ、ニコルさん。1回戦勝ちあがってるわよ」
先輩職員に声を掛けられてサロメは振り返った。彼女は通信の魔導具を通じて闘技大会の結果をリアルタイムで確認している最中だった。
「…………本当に参加したんですね」
微妙に嫌そうな声を出すと彼女は溜息を吐いた。
それと言うのも、ニコルが王都で闘技大会に参加しているのは自分の一言が原因だったからだ。
王都から届いたチラシを見せ「こういう大会で優勝するような強い男の人って憧れるよね」と呟き、それを真に受けたニコルが王都に向かったのだ。
「どうするの、ここで彼が優勝しようものなら戻ってきて今まで以上に付きまとわれると思うわよ?」
「ううう、それなんですよね。王都で可愛い子にモテているだろうに、どうして私なんですかね?」
心底嫌そうな顔をするサロメに先輩職員は冷たい視線を投げかける。
「あんたさ……そのうち妬みを買って襲われるわよ?」
先輩職員の冷めた声が突き刺さる。この街の冒険者ギルドでもニコルの人気は高く、彼に想いを寄せる女性は大勢いるのだ。
「き、気を付けます……」
先輩職員の真剣な言葉に恐縮する。
実際に襲われた場合返り討ちにするのだが、サロメは身体を縮こまらせた。
「あーあ、誰かニコル君の優勝を阻止してくれませんかねぇ」
王都の闘技大会とはいえ中規模なので本当に強い人間はそれほど参加していない。
Aランク冒険者で装備も充実しているニコルが有利なのは間違いないのだ。
「そんなこと言うのなら自分で参加すれば良かったんじゃない?」
先輩職員の皮肉交じりの言葉に、
「流石に一線を退いてるので厳しいですって」
不可能と言わないあたりに恐ろしさを感じる。
「まあ、そうなったらそうなったで覚悟を決めますよ。面倒だけど……」
サロメは溜息を吐くと、仕事へと戻るのだった。
★
「うん?」
一瞬、サロメさんの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか?
「そんなことよりも目の前の試合に集中しないとな……」
一回戦を勝ち抜いた俺は、他の参加者の試合を見学していた。
参加者は騎士であったり冒険者であったりと装備から実力までてんでバラバラで、一方的な試合になる場合もあればお互いの実力が拮抗しているため長引くこともある。
「ははは、どうしたもっと撃ってこい」
リングの中央で盾を構えながら相手を挑発しているのはニコルさん。
白銀の鎧に赤いマントを身に着ける様はどこからどう見ても物語に出てくる騎士そのもの。
彼の試合になってから女性の観客が増えており、ニコルさんが何か言葉を発するたびに黄色い歓声が聞こえて集中できない。
これだけモテるのだからファンの貴族令嬢と付き合えばいいのに……。
「くそっ! バッシュっ!」
「おっと!」
対戦相手が放つバッシュを盾で受け止める。相手も1回戦を勝ち進んでいるのでそれなりに腕が立つはずなのだが、バッシュを受けても微動だにしなかった。
どうやら、ああして防御に徹してカウンターを狙うのがニコルさんのスタイルらしい。
冒険者としてパーティーでダンジョンに挑んでいたらしいので、おそらくタンクのような役割を果たしていたのではなかろうか?
「くっ! こうなったら、せめてその綺麗な顔に傷だけでもつけさせてもらうっ!」
試合開始から既に十分が経ち、見世物にされていて痺れを切らした対戦相手が剣を大きく振りかぶる。
次の瞬間、試合開始から一歩も動くことがなかったニコルさんが足を踏み出す。
『シールドバッシュ』
盾を前面に突進し、相手の攻撃の威力を上乗せしてはじき返す。
「ぐわあああああっ!」
対戦相手は吹き飛ばされ、リングの端で倒れた。
「勝者、ニコル!」
「「「キャアアアアアアアアアアアアアアア」」」
審判の勝利宣言とともに、そこら中から歓声が上がった。
俺は咄嗟に耳を塞ぐ。
「皆、応援ありがとう! 次の試合も楽しみにしていてくれよな!」
ファンサービスもばっちりのようだ。自分が勝つことを疑っていないのか笑顔を振り撒いている。
実際、今の試合。彼は力をほとんど出すことなく勝ってみせた。この大会の優勝候補は間違いなくニコルさんだろう。
「さて、どうするか……?」
だからと言ってあんな軽薄な男にガーネットを任せる気にはならない。
俺は真剣な顔をしながら、その後も彼の試合を観戦していくのだった。
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