第83話 ニコルVSティム~決勝戦前半~
「やっぱり『筋力』を重視しておくべきだったか? スキルはどうしようか?」
闘技大会の初日が終わった。
全部で256人いた参加者も今日の試合で16人まで絞り込まれた。
俺は4回の対戦を終えどうにかその中に残ることができた。
それまでに都合3回ニコルさんの戦う姿を見たのだが、戦闘スタイルは防御からのカウンター狙いがすべて。
冒険者で稼いだ資金で入手しているであろう鎧と盾。生半可な攻撃では傷一つ付けることができず、今のところ彼にダメージを与えられた対戦相手はいない。
これまでの準備期間、俺は『戦士』をレベル40まで上げてスキルを取得し、次の職業を予定通り斥候にした。
そこで得たステータスポイントも、今回の大会のためではなく先の冒険者活動を見越して計画通りに振っていた。
事前情報ではそこまで強い参加者がいないと聞いていたのに、Aランク冒険者がいるというのは大きな誤算だった。
「嘆いても仕方ない。こういう時はスキルの組み合わせで工夫するしかないよな」
幸いなことに、俺の『ステータス操作』取得するスキルの組み合わせ次第では相手に合わせることができる。
明日一日、彼の動きをみて弱点を探るのもありだろう。
俺はそう判断すると、今日はゆっくりと休むことにした。
「まさか、本当にここまで勝ち上がってくるとは……、彼女の目も曇っていたわけではないようだ」
周囲を大歓声が包み込む。
闘技大会はいよいよ最終日をむかえ、勝ち上がった俺とニコルさんがリングの上で対峙していた。
これまでの試合、ニコルさんは対戦相手から一撃ももらうことなく圧倒的な強さで勝ち上がってきた。
対して俺は、職業を変更したりスキルを変更したり、戦闘スタイルを変えて見たり。今日のために色々と実験していたせいもあってか辛勝しているように見えていたはず。
お蔭で会場はニコルさんのファンで埋め尽くされており、彼らが期待しているのはニコルさんが俺を完封して完全勝利で大会を終えることだろう。
「ティムせんぱーーーい! 頑張ってくださーーい!」
声がする方を見ると、ガーネットが貴賓席にいた。その両側にはパセラ伯爵と伯爵夫人の姿もある。
初日には見かけなかったことから、最終日に彼女の婚約者がどのような戦いっぷりをするのか観にきたということだろう。
「俺は、負けませんよ」
ニコルさんの言うように、彼女の眼は曇っていない。
勝てばガーネットは冒険者を続けられるようになり、サロメさんからの依頼も達成させることができる。
「それでは、決勝戦を開始します!」
審判の合図と同時に、俺とニコルさんは戦闘を開始した。
――ギイイイイイイイイイイイイン――
「なにっ!」
目の前には驚いた顔をしたニコルさんの姿がある。
俺は試合開始と同時に飛び込み剣を振るったのだが、ニコルさんは咄嗟に反応したのか盾で防いだ。
「まだまだっ!」
俺は後方回避を発動させると、即座に右に展開し彼の側面へと回り込む。
「くそっ!」
彼は一瞬で俺を見失うと焦り声をだした。
これまでの戦いで、彼の対戦相手はすべて正面からやり合っていた。
だが、相手が防御を硬めるのなら隙をつくのは当然。これまで観察してきた中で、彼自身の敏捷度はさほど優れているわけでもない。
「バッシュ!」
「ぐはっ!」
背後からの一撃を受けてニコルさんはバランスを崩し膝をつく。
「くそっ!」
そのまま足を止めることなく移動をすると、彼が苦し紛れに振った剣が俺の横を通り過ぎた。
周囲が騒めき始め、観客の声が聞こえてくる。
『おいおい、あいつ一体誰だよ?』
『ニコルが膝をつくの初めて見たぞ』
『ニコル様ーーー! 負けないでください!』
「よし! いけるっ!」
今回、俺は『指定スキル効果倍』に『剣術レベル7』『後方回避レベル5』『バッシュレベル6』をセットしてある。
これのお蔭でスキルレベルが低くてもバッシュは必殺以上の威力になっているし、攻撃も『後方回避』で素早く離れるのでくらうことがない。
「このままたたみかける!」
「くっ! このっ! くそっ!」
リングに金属音とニコルさんの声が響き渡る。
俺は態勢を崩した彼にバッシュを浴びせては距離を取っていた。
「『シールドバッシュ』」
俺の剣が彼の盾へと吸い込まれていく……、いや盾が俺の攻撃に合わせてスムーズに移動したと言った方が正解か?
――ガンッ!――
「くうっ……!」
俺の攻撃が盾で押し返され衝撃が身体にそのまま伝わってくる。
「はぁはぁはぁ、何度も同じ攻撃ばかりされれば流石に慣れるさ」
今の『シールドバッシュ』で俺にも結構なダメージが入った。
だが、ニコルさんの方が蓄積しているダメージは大きい。
「ならば、対処しきられる前に倒すだけ!」
このままいけば押し切れる。総合的にみてそう判断すると、
「くはははははは!」
「何がおかしいんですか?」
自身の劣勢を自覚していないわけではないだろう?
奥の手を残しているのか、何とも不気味な雰囲気がある。
「『ヒーリング!』」
「なっ!」
彼が魔法を唱えるとこれまで与えた傷が修復していく。
「さらに『スピードアップ』『スタミナアップ』」
続けざまに魔法を唱えると敏捷度と体力を増加させた。
「し、審判っ! これはルール違反じゃないんですか?」
あまりにも堂々としたニコルさんの不正に、俺は審判へと声を掛けた。
「闘技大会のルールで禁じているのは『魔法による攻撃』だ。あくまで武技を競ってもらうのがこの大会の意義だからな。外部からの支援魔法は反則になるが、彼自身が使う支援魔法ならば問題はない」
「そんなルールだったなんて……」
大会の決勝戦まで誰も支援魔法など使っていなかった。それと言うのも、自分のスタイルにあった系統のスキルを伸ばし続けるのが鍛錬の基本だからだ。
異なる系統のスキルを扱うのは多大な労力を要するので、よほど努力をする人間でなければ不可能だ。
目の前のニコルさんはAランク冒険者。それができていてもおかしくはなかった。
せっかく攻撃で削って倒す算段を立てていたというのに『ヒーリング』で元に戻ってしまった。
付け加えると敏捷度が上がっているので簡単に回り込むこともできず、体力も増えているので倒しきるのにもこれまで以上に時間がかかる。
「君も良くやった方だとは思う。この大会で俺にダメージを負わせたのは君が初めてだし、動けることは知っていたがここまでできるとは予想していなかったよ」
余裕を取り戻したのか、ニコルさんは観客を意識した笑顔を浮かべると俺に話し掛けてきた。
「だが、見ての通り。私には『ヒーリング』などの支援魔法がある。ネズミのように動き回って攻撃したところでもはや倒すことはできないよ?」
確かに彼の言う通り、今のままでは厳しいだろう。
「加えて言うと、俺はまだ奥の手を二つ残している。これを発動すれば君は確実にその身を血に染めることになる。彼女から手を引くのなら降参を認めて上げても構わないぞ?」
徐々に目を細め俺を見る。その言葉はどう考えても降参を促すものではなく、俺をなぶりたいと考えているものだった。
「奥の手が二つ……ですか?」
おそらく他の職業のスキルをいくつか取得しているのだろう。
「『ヒーリング』『スピードアップ』『スタミナアップ』」
俺も自分に支援魔法を掛ける。
『『『『『『『なっ!!!』』』』』』』
観客と審判、そしてニコルさんが目玉を飛び出しかねない勢いで驚いている。
「それなら俺だって幾つかもってますよ」
魔法がありだというのならいくらでも……。
「さて、戦闘を続けましょうか」
お互いに身体能力が上がった状態で、俺達は戦闘を再開するのだった。
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