第81話 闘技大会1回戦VS名もなき騎士
「おおお、これで中堅どころって本当なのか?」
闘技大会当日。俺は伯爵夫人に指定された大会会場へと足を運んでいた。
向かう途中に、俺と同じように武器や防具に身を包んだ男たちがいた。
彼らは緊張した表情を浮かべていたのだが、無理もない。
今回の闘技大会で活躍すれば城の兵士に取り立ててもらうことも夢ではないのだ。
全員気合の入れようが違うので、生半可な覚悟では初戦の突破すら危ういだろう。
「ティム先輩。頑張ってください」
声がする方を見ると、会場を見下ろす2階の観客席からガーネットが手を振っていた。
貴族としての嗜みなのか、ドレスに身を包んでいる。
この場には他にも着飾った女性もおり、騎士のファンや身内の応援に来ているのだろうが、ガーネットの美しさは群を抜いているので圧倒的に目立っていた。
俺が手を振り返すと、周囲の男たちが注目する。
視線が鋭くなっている気がするが、おそらく大会前で気が立っているのだろう。
「そう言えば、ガーネットの婚約者候補もいるんだっけか?」
伯爵夫人の言葉を信じるなら騎士らしい。
この場にいるのは大体が冒険者なので、騎士鎧を身に着けている人物を探していたところ……。
「えっ? あの人は……?」
多くの参加者がいる中でひときわ目立つ男がいる。
貴族令嬢の表情を蕩かし、輝く鎧にマントと宝飾の施された剣を腰に付けた……。
「ニコル……さん?」
俺の地元の街にいるはずのAランク冒険者がそこにいて、周囲の関心を釘づけにしていた。
「どうして、ここに?」
彼は活動拠点を地元の街に移したはずなので、今頃サロメさんに張り付いているものだと思っていたのだが、予想外の遭遇に他人の空似ではないかと思い凝視してしまった。
すると、俺が見ていたことに気付いたのか、ニコルさんが視線を俺に向けた。
「やはり君だったか……」
彼は近付いてくると憎しみの籠った目で俺を睨み付けてきた。
「えーと、もしかしてあなたが彼女の……?」
王都に知り合いがいない俺に感情をぶつけてくる人間は限られている。
「なるほど、くたばってはいなかったようだな?」
見下すような目で見られる。元の街ではサロメさんの情報規制もあってか意識不明の重体となっているはず。
俺はあの街の冒険者たちに好かれていないのを自覚しているので、彼が俺のことを嫌っていてもなんら不思議はなかった。
このタイミングで彼が現れたのは一つの事実を物語っている。
おそらくニコルさんがガーネットの婚約者と言うことなのだろう。
元の街に戻るまで王都で冒険者をしていたことから、縁談があったという推測もたつ。
「……ええ、彼女をあなたに渡すわけにはいきませんからね」
俺は彼に挑発を返した。
「まあいい、精々私と当たる前に負けないことだな」
彼は踵を返すとその場から立ち去った。
「それでは、1回戦の試合を開始します。お互いに自分に恥じぬ戦いをするように」
俺は難しい表情を浮かべながら考えている。
現在使っているのはサロメさんに見立ててもらったマジックソード。これまでの冒険で活躍し、すっかり手に馴染んでいる俺の愛用の武器だ。
目の前では俺より2つか3つ年上の騎士鎧に身を包んだ男が剣を構えている。
一目見ただけで相当な剣だということがわかる、剣身が赤く輝いていることから魔法剣のようだ。
最近王都の武器屋で同じような剣が金貨500枚で売られているのをみているのでよほどの金持ちに違いない。
先程のニコルさんもそうだが、闘技大会において武器の性能差というのは馬鹿にならない。
「よろしく頼む。負けないからな」
「ああ、いえ。こちらこそよろしくお願いします」
じっと見ていると彼が握手を求めてきた。
右手を握る力が強い、やはり騎士だけあって腕は確かなようで、一見するとあまり強くなさそうな俺に対しても油断はしないつもりらしい。
握手を終え、お互いに離れた場所へ立つと、審判の騎士が合図を告げる。
「試合開始!」
「はぁああああああああっ!」
開始と同時に騎士が剣を抜き俺に斬りかかってくる。
「はっ!」
――キンッ――
あまりにも真っすぐに向かってきたので、俺も自分の剣で受け止めた。
「このっ! くっ! はぁぁぁぁぁっ!」
武器の性能のお陰もあるのだろうが、腕も立つようで重たい斬撃が連続で打ちこまれる。
「はぁはぁはぁ。お、思っているよりやるな……」
だが、レベルを上げてスキルを取得している俺にとって彼くらいの強さは想定内だ。
「今度はこちらから行きますね」
剣を構えると、これまでの練習相手リザードウォーリアを思い出して攻撃に転じる。
――キンキンキンキンキンッ――
先程までより剣がぶつかる音が短く連続して鳴り響く。
「くっ! くっ! くそおおっ!」
最初は俺の剣を受けていた騎士だったが、剣を重ねる回数が増えるにつれ、動きが遅れ始める。
やがて、数十回程剣を合わせると……。
――キィーーン! ガシャッ!――
彼の手から弾かれた剣が地面を転がり滑っていく。
俺は無手になった彼の喉元に剣先を突き付けると……。
「ま、参ったっ!」
彼は両手を上げて降参を宣言した。
「ティム先輩。恰好良かったですっ!」
いつの間にか応援に駆けつけてくれていたガーネットが喜んでいる様子が目に映る。
「くそっ!」
騎士は地面を殴りつけると、目に涙を浮かべながら退場していった。
余程悔しかったのだろう、まるで人生が懸っていたかのような……、事実この大会に入れ込んでいた様子だ。
そんな相手に完勝したわけだが、ここで気を抜くわけにはいかない。
「ガーネットを解放するには最低でもニコルさんよりはよい成績が必要になるからな。はしゃぐのは訳にもいかない」
俺は気を引き締めると、控室へと戻っていくのだった。
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