第79話 冒険者を続ける条件
「それで、ガーネット。話というのはなんだ?」
怒りに任せてか、娘を睨み付けるパセラ伯爵。
こんな雰囲気では彼女も意見を言えるわけがない。まず俺は空気を変えることにした。
「そうだ、その前に贈り物があります」
そう言ってあらかじめ用意しておいた宝石箱と酒が入った瓶をテーブルの上に並べる。
「ほぅ?」
「まぁ?」
パセラ伯爵と伯爵夫人が声を出す。どうやら興味を惹かれたようだ。
「こちらは植物系ダンジョンと水棲系ダンジョンでそれぞれ入手したレアドロップになります。市場でもそれほど出回らない貴重な品物です。どうぞ御納めください」
「まぁ、綺麗ね」
伯爵夫人が宝石箱を開ける。
透き通った水のような透明度に、中を粒子が飛び交っている石が入っていた。
水棲系ダンジョン四層で極まれに遭遇するジュエルスライムからドロップする宝石の一つ『スターアクアマリン』だ。
伯爵夫人は宝石の美しさにうっとりしている。
「これは。希少モンスター『チェリーブロッサム』が極まれにドロップする『チェリーワイン』ではないか?」
ワイン瓶を手に取った伯爵は驚きの表情を浮かべた。
植物系モンスターの『チェリーブロッサム』それほど強くないのだが、ダンジョンを徘徊していてもあまり見かけることがない。
遭遇確率はモンスター5000匹に対して1匹という割合で、ドロップボックスを落とす確率も低いことから、このワインは入手条件が厳しく貴族の間で伝説として語り継がれていた。
パセラ伯爵も伯爵夫人も贈り物に目が釘付けになる。事前にガーネットから聞いておいた情報が役に立ったようだ。
「よ、良いのかね? このような貴重な物を……」
贈り物の効果があったのか、向こうの態度も多少は軟化したようだ。
「ええ、たまたま運よく遭遇して手に入れただけですから……」
実際のところ、市場に出ている程の価値を俺は感じていない。
「そ、そうかね?」
頬がほころんでいる。ここで切り札を使うべきだろう。
「今御二人が手にしている物はガーネットがダンジョンで討伐したモンスターがドロップしたアイテムです」
「何っ?」
「本当なの、ガーネット?」
俺が告げた真実に二人はガーネットを見た。
「はい。お父様、お母様。ティム先輩がおっしゃるようにそちらの2つの品物は私が討伐したモンスターのドロップボックスより排出されました」
両親のガーネットを見る目が先程までと違っている。
怯えが消えたガーネットは二人を見つめるとはっきりと言葉を発した。
「お父様、お母様。私はこの通り冒険者として十分に独り立ちできるほどの成果を出しております。どうかこのまま、彼とともに冒険者を続けるお許しいただけないでしょうか?」
これまでのガーネットは冒険者としても未熟で、道半ばで死ぬ可能性が高かった。
だが、こうして希少アイテムを証明に使うことで、彼らに認めさせることができると考えたのだ。
「む……むぅ……」
元々実利で娘を追い出したパセラ伯爵だ。結婚するよりも大きな利を示してやれば形勢は傾くだろう。ことが狙い通りに進んでいると考えていると……。
「私は反対です」
伯爵夫人は宝石箱を閉じるとスターアクアマリンを返してきた。
「元々、私はガーネットが冒険者になることに反対でした。たとえどれだけ強くなろうと、冒険者は常に危険な状況に身を置くことになるはずです」
伯爵夫人の意外な言葉に驚かされる。
「ガーネット、結婚をしなさい。今回のことはチャンスなのですよ? 相手は伯爵家三男ですが、騎士になるほどの実力があります。贅沢ができる生活までは望めませんが、子をなして女としての幸せを掴むことはできます」
その瞳に嘘偽りはなく、伯爵夫人はどうやら本気でガーネットの身を心配しているらしい。
「あなたもそれでよろしいですわね?」
「う、うむ……」
話の流れが変わる。先程までのような娘を道具としてしか見ていないような発言であればガーネットのために壁になってやることもできるが、親として娘のためと言われてしまえば俺にできることはない。
高価な贈り物を渡し、冒険者を続けさせてもらえればこの先も供給できるとほのめかした直後に切り返されたのだ。
「それでも、私は……冒険者を…………いえ、この方と一緒にいたいのです。お母様」
お互いに目を逸らさず見つめ合う母娘。
パセラ伯爵はワイン瓶を抱き締めながら成り行きを見守っている。
「一つ……条件があります」
「何でしょうか。どのような条件でもおっしゃってください」
このままでは娘が折れないと思ったのか、伯爵夫人は溜息を吐いた。
「今から二週間後、闘技会が開催されます。会場の規模としては中堅程ですが、そこにその騎士も参加する予定です」
王都は広いので、様々な場所にそう言った会場がある。そこで実力を示した人間は国に登用されて兵士になったりするので、中堅とはいえそれなりの人数が参加するはずだ。
伯爵夫人は俺を見ると、
「そこに参加して実力を示してください。あなたがガーネットを守る実力を示したのなら、私は喜んで娘を送り出しましょう」
「えっ? 俺が参加するんですか?」
唐突に話題を振られたので驚いた。
「ティム先輩……」
ガーネットが上目遣いに見つめてくる。瞳を潤ませており、こんな目で見つめられてしまうと落ち着かない。
だが、話の流れとしては悪くない。俺が条件を達成することでガーネットが冒険者を続けられる確約をもらえたのだから。
「1つだけ、こちらから条件を付けさせてください」
「何でしょうか?」
「もし俺がこの闘技会に参加する前に死ぬ、もしくは重傷を負ってしまった場合、無条件で彼女の言い分を通すと約束してください」
鋭い目付きで伯爵夫人を見る。
ここで話を受けさせておきながら妨害工作をしてくることは十分に考えられたからだ。
「それは、当家を信用していないと?」
「残念ながら、俺は一度命を失いかけているもので」
俺が伯爵に視線を向けると、伯爵夫人とガーネットも同様に見る。
「わ、私は知らんぞ!」
相変わらずワイン瓶を抱きかかえたまま、伯爵は焦りを浮かべる。
この様子からして本当に無関係のようだ。
伯爵夫人は頷くと、
「わかりました。その条件で結構です。念のため、婚姻相手の家にも伝えておきます」
俺の意図が伝わったようで伯爵夫人は「これで文句はないのでしょう?」と目で訴えかけてきた。
これで暗殺に備える必要がなくなり安心して活動ができる。
「ティム先輩?」
不安そうにしながら俺の服を掴むガーネット。
「後のことは俺に任せろ」
俺は笑顔を浮かべると彼女に言い聞かせるのだった。
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