第70話 フローネ

 ――ゴトンッゴトンッ――


「スースースー」


 馬車が揺れる。


 馬車の中には身なりの良い老夫婦や、高そうな装飾品を身に着けた商人、結婚したばかりだと言っていた男女などがいる。


 補給を済ませ次の街へ向かっている最中なのだが、周囲からの視線はなぜか俺の方へと向いている。


 その理由は……。


「ううん……むにゃむにゃ」


 隣で眠っているガーネットのせいだ。

 彼女は俺にもたれかかると熟睡をしている。


 座席には背もたれがついているのだが、今走っている道がやたらと揺れるため彼女がもたれかかってきてしまうのだ。


 同じ馬車で何日も一緒にいればお互いの素性くらい多少は話してある。


 俺とガーネットは冒険仲間だということにしてあるのだが、周囲の人間はまるで初々しいカップルを見守るような視線を俺たちに向けてきた。


 新婚の男と目が合うと、右手の親指を突き出して応援してくる。女の方も肩を抱くような動きを繰り返して見せるが、そもそも彼女と付き合っているわけでもないのでできるはずもない。


 結局、俺は周囲の視線がきまずく、ガーネットの顔越しに窓の外をの風景を見続けていた。




「も、申し訳ありません。ティム先輩の肩を借りて熟睡してしまうなんて、はしたない……」


 その日の移動が終わり、街道沿いにあるベースキャンプ地に到着すると、目を覚ましたガーネットは頭を下げてきた。


「いや、気にしなくていい。昨日の疲れが出ていたんだろう?」


 初ダンジョンなのに連れまわした俺にも責任はある。


 おれは手を振って問題ないことを伝えた。


「それにしても、まさかここまで疲労するとは考えておりませんでした。ティム先輩は平気なのすか?」


 そう言うと、彼女は俺の身体を心配そうに見る。


「俺は……特に疲労が溜まってもいないな」


「何かコツがあるのでしょうか?」


 彼女は首を傾げる。そこで俺は思い当たることがあったので教えてやる。


「コツと言えばよく『食べる』こと、あとはよく『眠る』ことだな」


 スキルを自動取得したのはこの辺りに理由があったのではないだろうか?

 元々寝つきもよく、金銭に余裕ができてからは結構飯を食べるようになっていたから。


「なるほど……よく食べるですか。参考にさせていただきます」


 『…………クゥ』


 そんなことを話していたからか、ガーネットの腹から可愛らし音が聞こえた。


「えと、これは……その…………」


 慌てた彼女は顔を赤くして恥ずかしそうにする。


「ん、どうかしたか? 今日の料理が楽しみで聞いていなかったんだが?」


 そう言って聞こえていなかった振りをする。

 実際、今も漂ってくる匂いが食欲を刺激しており、ガーネットでなくても空腹を意識せざるを得ない。


 しばらく待っているとどうやら料理が完成したようだ。


 さきほどまで料理をしていた人物が近付いてきた。


「おまたせしました、御客様。食事の準備が整いましたのでこちらへお越しください」


 料理をしていたのは俺と変わらぬ歳の少女だった。彼女に呼ばれ俺たちは用意された席へと座る。


 この料理は俺たちが乗っている馬車の客のほかは、護衛の冒険者しか食べることができない。


 他の馬車に人間は各自自分たちで料理をするなり、保存食をかじるなりしている。


「今日も美味しそうだな……」


 漂ってくる匂いからして想像はしていたが、実際に目の前に料理を盛り付けられると唾をゴクリと飲み込んだ。


「いただきます」


 スプーンで掬ってシチューを口に含む。


「美味しいです。まさか野外でこんなに美味しい料理が食べられるなんて思いませんでした」


 ガーネットの感想に同意だ。野菜の甘味と肉の柔らかさ、香辛料による味付け。

 すべて素晴らしいできで、文句のつけようがない。


 この味は『虹の妖精亭』に匹敵する。事実、俺たちと同じ馬車に乗る人々も美味しそうに食べていた。


 裕福な彼らを唸らせるのだから実力は本物だ。


「あ、ありがとうございます。お客様にそう言っていただけて嬉しいです」


 彼女ははにかむとエプロンをぎゅっと握った。

 俺たちと彼女が話をしていると……。


「おいっ! フローネ! もう料理がねえじゃねえかっ!」


「も、申し訳ありませんっ!」


 護衛の冒険者の一人が怒鳴り声を出し、周囲の空気が凍り付く。


「ったく、日中は馬車の中過ごして、ちょっと料理を作るだけなんだからよ。良い身分だな、おいっ!」


「……もうしわけありません」


 俯きながら同じ言葉を繰り返す。俺は一言言ってやろうかと考えた。


「……大丈夫です。いつものことなので」


 ところが、フローネの言葉を聞いて堪える。

 彼女の言葉から、ひごろから同じようなやりとりが繰り返されているらしい。


 もしここで俺が注意して収まっても、俺たちがいないところで酷い目にあわされるかもしれない。


「けっ、てめぇの不味い料理を食ってやってるのによぉ。これなら露店で買ったツマミの方がまだましってもんだ」


 そう吐き捨てて離れて行った。


「あの人たち最低です。最初から1人につき1杯までって決まっておりますのに。よくあのようなことを申しますね」


 ガーネットが眉根を寄せて護衛の冒険者を見た。


「ありがとうございます。でも、冒険者の方はモンスターと戦うので仕方ないのです」


 フローネはそう言うと悲しそうな笑みを浮かべると、俺たちを見た。


「御二人は冒険者さんなんですよね?」


「ああ」


「ええ、そうです」


 フローネの質問に俺とガーネットは頷く。


「私とそう変わらない歳に見えるのに、冒険者として成功している。それは並外れた努力の結果なんでしょうね」


 彼女は悲しそうな目をしながら言葉を続ける。


「それに比べると、私は料理を作るだけ。あの人たちが言うことは間違っていませんから」


「そんなことないだろう?」


「えっ?」


 俺の言葉に彼女は顔を上げる。


「冒険者を続けるために俺もガーネットも確かに努力はしてきた。途中で周囲から諦めるように言われたけどその言葉を必死に振り払って努力したんだ」


「やはりそうですよね、私なんか……」


「だけどフローネだって努力しているだろう?」


「えっ?」


「野外でこれだけ美味しい料理を作れるんだ。日頃から料理や食べる人のことを考え、料理の腕を磨いてきたんだろ?」


「それは……、でもっ!」


「何かに打ち込むのに冒険も料理も関係ない。ここまでの料理を作れるんだ、少なくとも俺はフローネを尊敬する」


 俺がそう言うと、彼女はあっけにとられ、


「あり……がとう……ございます」


 両手で顔を覆って泣き出してしまった。


 焦る俺は視線でガーネットに助けを求めるのだが……。


「先輩は本当に女性を泣かせるのが好きですね。……まったく」


 なぜか優しい目で俺を見るのだった。

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