第68話 ホーンラビット

「ティム先輩?」


 俺が立ち止まると、ガーネットは振り向いて首を傾げる。


 俺は今しがた彼女から得た情報を覚えておき、あとで検証しようと考えていた。


「ああ、すまない。行こうか」


 まずは目先のモンスター討伐だ。俺は気を取り直してガーネットに笑いかけるとモンスターを探し始めた。





「きゃああああああああっ!」


 ガーネットの悲鳴が上がる。


 ダンジョン一層に入ってから十数分、俺たちは本日初のモンスターと遭遇していた。

 彼女が悲鳴を上げたのはそのためだ。


「ガーネット、剣の先端を下げるな!」


「は、はいっ! ティム先輩……で、でも……」


 彼女がこうなってしまうのもわかる。


 何せこのダンジョン一層に出てくるモンスターというのは……。


『ホーンラビット』


 額に一本の角を生やした白いウサギだったからだ。


「か、可愛いです……」


 彼女がさきほど悲鳴を上げたのは恐怖からではない。


 目の前で鼻を動かし、くりくりとした赤い瞳をした、柔らかそうな白い毛を生やしたうさぎ。その愛らしい姿に魅了されていたのだ。


「こんな見た目をしているがモンスターだ。額についている角はかなり硬い。木で作った盾や皮鎧なんかは余裕で貫ける。見た目に騙されて亡くなっている冒険者もいるんだぞ」


 可愛らしい見た目とは違い、鋭い角を持つ。ひと撫でしようとして近付くと、見た目からは想像もつかない力強さで飛びかかってこられてそのまま角で刺されてしまう。


 当たり所が悪くて命を落とした冒険者の話は多数存在している。


「ううう、ティム先輩。本当に殺さなければいけないのでしょうか?」


 ガーネットもホーンラビットの見た目のせいで攻撃し辛いようだ。これならゴブリンの方がまだ良かったかもしれない。


「遊びに来ているんじゃないんだぞ?」


 そう考えた俺だが、ガーネットを叱責する。この程度で根を上げるようでは困ってしまうからだ。


 俺がそう言うと、彼女は真剣な目をしてホーンラビットに向き直った。


「い、行きます……」


 ガーネットの身体を黄色い光が包む。おそらく、あれが『オーラ』のスキルなのだろう。


「ご、ごめんなさいっ!」


 ガーネットはホーンラビットに謝りながら突進し、剣を振るった。


『ラビッ!?』


 次の瞬間、ガーネットの剣がホーンラビットを突き刺した。


「手に、嫌な感触がしました……。ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 いまだ剣に刺さったままのホーンラビットに謝るガーネット。


「倒したらすぐに死体を下すんだ。次のモンスターが来たらどうする」


 俺は彼女に指示をだす。


「はい!」


 ガーネットは返事をすると、自分が殺したホーンラビットに触るり死体を地面へと置いた。


「あっ、ティム先輩。ドロップボックスが出ました!?」


 地面に下して少し経つと、ホーンラビットが地面に吸い込まれ、代わりに小型のドロップボックスがその場に残った。


「初討伐で初ドロップボックスとは運がいい。きっと、頑張ったガーネットへの御褒美だな」


 実際のところは俺の『運』が高くてドロップボックスを落とす条件を満たしていたことと、昨晩の思い付きを実行した結果だ。


 俺は、昨日の内に『指定スキル効果解除』を使ってスキルを一つ外し『指定スキル効果倍』に『アイテムドロップ率増加レベル5』をセットしている。


「本当ですか? えへへ、嬉しいです」


 喜びながらドロップボックスを開けるガーネット。

 俺も初めてドロップボックスが出たときは開けるのにドキドキした記憶があるので、その気持ちはわかる。


 なんにせよ、ホーンラビットを殺した罪悪感から意識がそれたのなら良いことだ。


 ダンジョンのモンスターは時間が経つと消えてしまうので死体がなくなり実感が薄れるので、彼女も次第に慣れていくに違いない。


「ティム先輩。見てください【銀の指輪】です」


 ガーネットが嬉しそうに報告しながら、ドロップボックスから出たアイテムを見せてくる。


「良かったな、それは冒険者ギルドで売れば銀貨2枚になるはずだ」


 低ランクモンスターが落とすだけあってあまり形が良くないので、溶かして細工物などに使われるのだが、同等の重さの銀貨2枚と交換してもらえる。


「いえ、これは初討伐の記念にとっておくつもりです」


 冒険者がゲン担ぎに、初めて討伐したモンスターから得たアイテムをお守りにするというのがある。


 俺自身はそんなものを信じていないので、普通に売ってしまったが、女性冒険者は割とそう言う部分にこだわったりすることが多い。


「それにしても……」


 俺はアゴに手を当てて考える。


 今のドロップアイテムは偶然なのだろうか?


 体感と推測になってしまうが、ダンジョンでモンスターがドロップボックスを落とすのはそれぞれの層で必要な運の数値を越える必要がある。


 現在、ガーネットは俺とパーティーを組んでいるので、彼女が倒したモンスターにもそれが適用されているのだろう。


 ここまでは問題ない。


 パーティーを組んだ人間がドロップボックスを落とす時点で、出現するための条件は個人ではなくパーティーの運の合計値となるのだから。


 問題はドロップ確率についてだ。


 普通に狩りをしていた場合、モンスターがドロップボックスを落とすのは100匹に1匹となっている。


 だが、俺は『アイテムドロップ率増加レベル5』のスキルを持っているので、確率が5%上乗せされる。


 現在は『指定スキル効果倍』のスキルにセットしているので11%となる。


「どうされたのですか、ティム先輩。難しい顔をされていますけど?」


「いや、ちょっと重大な問題があってな……」


 俺は彼女に待つように言うと考え事を再開する。

 ガーネットを見ると、彼女は可愛らしく首を傾げながら俺を見ている。


 彼女の行動によって俺がこんなにも心が揺らされているというのに気楽なものだ。


 俺が気になっているのは、先程のドロップボックスは”どちら”かという点についてだ。


 もしガーネットがたまたま1%を引き当てたのなら、彼女は神に愛された幸運の持ち主ということで崇めるしかない。


 だが、俺のスキルの影響だとすると話がまったく変わってくる。


 もし『アイテムドロップ率増加レベル5』が影響を与えているのなら他の『取得系スキル』はどうなのか?


 さらに言うなら、彼女の転職可能職業には商人もある。俺と彼女が同じスキルを取得した上で狩りを行ったらどうなってしまうのか……。


「これは、すぐに検証しておかないといけないな」


 考えている間に段々と楽しくなってきた。


「ガーネット」


 俺は表情を取り繕うと彼女の名前を呼ぶ。


「どうされたのですか、ティム先輩。とても楽しそうですが……?」


 どうやら表情を隠しきれなかったらしい。困惑する彼女に俺は告げる。


「今の感じでとりあえず、100匹くらい狩ってみようか?」


「ええっ~~~!?」


 俺の言葉に、彼女は大声を上げるのだった。

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