第67話 次の街に到着
『それでは、今日と明日は補給のためこの街に滞在いたします。出発は明後日になりますのでそれまでは自由にお過ごしください』
街を出てから3日が経ち、俺たちは次の街へと来ていた。
現在は、乗合馬車の人間が手配している宿へと到着し、この後の予定を聞いている最中だ。
王都に続く街道のところどころに街が点在しているのだが、とある事情のせいで次の街までの距離は差がある。
ここに来るまでの間、旅人が自由に使えるベースキャンプ地で野営をしている。
野営とは言っても、食事は用意してもらえるし、寝るときは馬車の中で、毛布もある。
見張りも護衛の冒険者が雇われているのでモンスターや盗賊などに対し周囲を警戒する必要がない。
金で快適さと安全を買っているのだから当然なのだが、普段は冒険者側だけに、自分たちだけ寛いでいる状況に、なんとも申し訳ない気分になった。
他の乗客たちは早々に用意された部屋へと引き上げて行く。
疲労が溜まっているようで、欠伸をしている。
馬車の中はそれなりに広いのだが、自分以外に他人がいる場所と言うのはぐっすり眠るには不向きらしい。
寝がえりの音や、誰かの寝言などが聞こえるたびに眠りが浅くなったりするようで、ガーネットもそれを気にしては目を開き周囲を確認していた。
一方、俺に関しては問題なかった。遊び人の『眠る』スキルのお蔭だろう。
このスキルは眠っていれば自動で体力回復に努めてくれるのだが、ある程度は任意で発動することもできる。
俺が「そろそろ寝たいな」と考えると眠気が発生し、それに身を委ねると心地よく眠ることができるのだ。
お蔭で馬車の移動をストレスなく過ごせていた。
「明後日まで自由行動ですけど、先輩。どうするんですか?」
既に夕方なので、道がわからない夜に街を歩き回るのは止めておいた方が良いだろう。迷ったり、怪しい人間に絡まれてトラブルになる可能性もある。
今夜は食事を摂って身体を休めるべきだと判断し、考えていることガーネットに告げる。
「明日はダンジョンに入ろうと思っている」
「だ、ダンジョンですか……?」
街には最低一つはダンジョンがある。
それと言うのも、生活を成り立たせている基盤はダンジョンから得られる魔石とドロップアイテムだからだ。
「せっかく隣町まできたんだ。この機会にガーネットの力も見ておきたいし」
何より、俺はここ数週間一切戦闘すらしていない。ここいらでダンジョンの空気を吸いに行きたかった。
「わ、わかりました」
いよいよダンジョンデビューということもあり、ガーネットの表情が険しくなる。
「そんなに気追う必要はない。深く潜る気はないし、何かあっても俺が対処するからな」
そう言うと、俺たちもその日は食事をとってぐっすりと眠るのだった。
「さて、早速はいるとするか」
「…………はい」
翌日になり、早朝から俺たちはダンジョンへと来ていた。
俺はまだ入ったことがないダンジョンに新鮮さを覚えて若干気分が高揚している。
「あまり寝てないのか?」
一方、ガーネットはと言うと目の下にくまを作っており、顔色も悪かった。
「はい、これからダンジョンに潜ると考えたらどうにも眠れなくて……うぷっ!」
そう言えば朝食もほとんど手を付けていなかった。今日は延期にすべきか?
そのような考えが一瞬浮かぶが、それではこの先もガーネットが慣れることはないだろう。
可哀想だが、割り切ってもらうしかない。俺は彼女に声を掛けるとダンジョンへと入っていった。
「ううう……。まだ、モンスターは現れないのですか?」
緊張しながら剣を握っている。
俺の持つ剣よりやや短めの、ガーネットの背丈を考慮して作られたミスリルソードはカタカタと音を立て揺れていた。
「まだ潜って数分だ、入り口付近は他の冒険者も通るからモンスターもあまりいないぞ」
『ライト』で作り出した明かりが周囲を照らしている。
自分が初めてダンジョンに潜った時はどうだっただろう?
この明かりを頼りなく感じ、岩の陰からモンスターが襲い掛かってくるのではないかと怯えていなかっただろうか?
俺は毎日ゴブリンを殺していたので、生物の命を絶つことに慣れていたが、ガーネットはまだモンスターを殺したことがない。ましてや初ダンジョンだ。
緊張して当たり前だろう。
「一つ朗報がある」
「な、なんでしょうか、ティム先輩」
「このダンジョン一層に湧くモンスターは俺たちの街のダンジョンと違ってゴブリンではない」
後輩の心のケアは先輩の仕事だろう。
俺は昨晩得たダンジョンの情報を伝えてやる。
「そ、そうですか……。私どうにもあの欲にまみれてギラついた目が怖くて……」
ガーネットの言うことも良くわかる。
ゴブリンやオークと言ったモンスターは繁殖のために女性を攫って犯すことがある。
毎年、村など、規模の小さな集落では被害がでている。
俺たちは冒険者になる際、そう言った現実について嫌になるくらい教え込まれているので、たかがゴブリンだからと言って侮る人間は少ない。
特に女性冒険者は講義を受けた後、ゴブリンを完全に忌避の目でみるようになり、冒険の際も自分の身体を守るため、折り畳みナイフくらいは懐に忍ばせるようになる。
「ああ、まあ……。確かにあの講義は凄惨な内容だったが、そのお蔭で冒険者でゴブリンに被害にあう人間はほとんどいないんだぞ」
昔は「ゴブリンなんて余裕」と言ってろくな準備もせずに森に入り戻らない冒険者が多かったらしく、芽がある若者の犠牲を減らそう! と冒険者ギルドが考えたのが、研修期間なのだ。
そのお蔭で、冒険における基本知識も身に付き、冒険者になりたてで死ぬ人間は減った。
俺がそんな話をガーネットに振ると……。
「えっと、そうなのですか……? ゴブリンが女性を襲う……なんて……あわわわわ」
先程までより恐怖が増幅している。俺は更に怯えるガーネットに、
「いや、まて。ちゃんと習っただろ?」
たとえどの講義を適当に流していても、あれだけは忘れるわけがない。俺が彼女に確認をすると……。
「私は元々家庭教師の下でスキルを取得しておりましたので、王都からあの街に到着するまで数週間。到着したころにはその研修期間が終わっていたので講義を受けていないのです」
「なるほど……そういうことか……」
新しく浮かび上がる事実に、俺はガーネットの目をじっと見てある推測を立てるのだった。
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