第66話 脱出

 馬車が動き出し門を通過する。側面にある覗き窓からはのどかな風景が見える。


 王都行きの馬車は豪華で、同乗している客は裕福な人間しかいなかった。

 見る限り、荒事をしてきたような気配を放つ人間はいないので、俺はこの馬車の中は問題なしと判断した。


 俺たちは無言で顔を合わせて頷くと……。


「どうやら、誰にも気づかれずに脱出できたようだな」


 すっぽりと被っていたフードを外した。


 現在、俺たちは王都へと向かう馬車に乗っている。

 目的は王都にあるガーネットの実家を訪れ、彼女に「貴族との結婚の意志はない」と直談判させるためだ。


「平気だと思いますよ、テ……先輩。だって、まだ意識不明ということになっているじゃないですか」


 名前を言いかけて途中で止める。ガーネットは俺の耳に顔を近付けると、ひそひそと囁いた。

 さきほどまでフードを被っていたのは追手を警戒してのこと。


 俺を襲撃した人間がどこで見張っているともわからない。


 俺たちの目的を知ってしまえば強硬手段に出ることも考えられたので、そうならないために身を隠したのだ。


「サロメさんにも協力してもらったからな。まず大丈夫だろ」


 俺とガーネットは、彼女が手配したチケットの馬車には乗らず、サロメさんが裏で用意しておいてくれた馬車に乗った。


 治療院を出る時も、他の荷物に紛れて出たし、ガーネットの合流にも細心の注意を払っている。


 いくら襲撃者が目を光らせているとはいえ、これだけの手を回しているからには簡単に俺たちに気付くことは不可能だ。


「ふぅ、もうこれ脱いでしまいますね」


 ガーネットがフードを脱ぐと、鎧が姿を現した。


 俺の鎧と同様、ミスリルでできており、関節を動かす時に邪魔にならない作りとなっている。

 全身を覆ってはいないのだが、その分『プロテクション』という防御魔法が付与されており、露出している素足を短剣で斬りつけても跳ね返すくらいの防御力はある。


 その分値段は割高となっているのだが、こればかりは仕方ないだろう。


 俺は新調した鎧に興味を惹かれると、次に自分が買う防具の参考にしようとついジロジロと見ていたのだが……。


「こ、コホン」


 ガーネットが恥ずかしそうにしているので視線を戻した。


「そう言えば、オーラは試したんだっけ?」


 街から離れて数時間が経ち、警戒する必要がなくなった俺はガーネットに質問をした。


「はい。先輩の説明だと『筋力』『敏捷度』『体力』が10ずつ増えるという話でしたが、確かに身体能力が上がったのを実感できました」


「なら良かった、ちなみにどのくらいの時間持続した?」


「……えっと、2分くらいですね」


 スキルレベルが1で2分。この時点で『コンセントレーション』の持続時間とほぼ同じだ。


 スキル説明を信じるなら、持続時間はスキルレベルに応じて長くなる。恐らくレベル2で3分、レベル3で4分とかだろう。


 初期レベルの時点で効果が『コンセントレーション』の2倍という優秀なスキルだ。取得にスキルポイントを10消費したことからもそれはわかっていた。


 もし、これを素直に修行だけで取得しようとした場合、結構な時間を費やす必要があったのだろうと考える。


 以前、ギルドマスターが言っていた『遅れてスキルを覚える人間は大成する』というのは、取得し辛いスキルであっても根気強く続けた結果覚えたということになる。


 大抵の人間はそこに辿り着く前に諦めてしまうので、世の中にはまだまだ潜在能力があるのに生かしきれていない人間もいるのではないだろうか?


 隣を見ると、ガーネットは読書をしていた。


 王都に到着するまで二週間あるのだが、護衛の人間が外を守っているので俺たちの出番はない。


 ガーネットもそれがわかっているからか、鎧を緩めて寛いでいる。


 俺はそんな彼女をから視線を外すと、王都についてからの行動について考えることにした。

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