第62話 ティムからの提案

「なるほど、犯人は見つからず……ですか」


「ええ、ギルドの総力を挙げて探索したんだけど……」


 サロメさんは気落ちした様子を見せた。


 現在、部屋の中には俺とサロメさんの他にはガーネットに残ってもらっている。


 それというのも、今回の事件について、どうしても話しておかなければならないことがあったからだ。


「無理もありませんよ、相手は手練れな上に認識阻害の魔導具まで使っていたんですから」


 見張りを置いたとしても、ダンジョンに入る人間を監視していたわけではない。


 何日か潜伏しておき、魔導具を外して何食わぬ顔で出てこられたら見つけようがないのだ。


 むしろ、徒労に終わると考えながらも俺のためにそこまでしてくれたユーゴさんやサロメさんは感謝しかない。


「それで、ティムさん。私たちに話というのは?」


 ガーネットの方を見る。彼女は膝に手を添えて俯いており、唇をきゅっと噛んでいる。


 俺は息を大きく吐くと二人に向けて重要な情報を告げる。


「俺を襲撃してきた相手が言っていました『手を引け』と」


「……それってつまりっ!」


 サロメさんは口元に手を当てると驚いた。


 ガーネットの様子を見ると、彼女は小刻みに肩を震わせていた。


「ええ、まず間違いなく今受けている依頼が関わっているでしょうね」


 どの依頼か言わない。言葉にせずとも明白だからだ。


「取り逃がしたということは、俺が生きていると知ればまた襲ってくるでしょう」


 複数で襲撃してきたことから、相手は組織の可能性が高い。


 そんな奴らに狙われている状況だと、安心してダンジョンに潜ることはできない。


 ガーネットが顔を上げる、彼女は瞳を潤ませながら俺を見ている。口を開きなにか伝えようとするのだが、しばらく見ていると目を逸らしてしまった。


「こうなると厄介ですね、まさかティムさんに護衛を付けるわけにも……いきませんよね?」


「そうですね、パーティーを組めないと言ったのと同じ理由になりますし、そいつらが本当に信用できるかもわかりませんから」


 護衛に潜り込んでダンジョン内で誘導して俺を殺したあと、モンスターに殺されたと報告すればよい。


「いずれにせよ、このままだと俺は冒険者として活動できないし、サロメさんから頼まれた件を果たすことができません」


 俺が単独行動するまで襲ってこなかった点から考えて、ガーネットに危害を加えることはないはずだ。ならこの状況を解決する方法は一つしかない。


「ええ、こちらとしてもこうなるとティムさんの命が大事ですから。仕方ありませんね……」


 俺とサロメさんが目を向けるとガーネットはスカートを強く握りギュッと目を閉じる。


「――ティムさんにした依頼は取り消しということで」


「――ガーネットを連れて彼女の実家に行ってきます」


「「「えっ?」」」


 その場の全員が一斉に同じ言葉を口にした。





「ど、どういうことでしょうか? ティム先輩」


「そうですよ、どうしてそんな結論に?」


 二人から質問攻めにあう。


「そもそも、襲撃の目的はガーネットに冒険者を諦めさせるためでしょう」


 そのために俺に接触してきたに違いない。断られた時のことを考えてわざわざダンジョン内で行った理由については身をもって体験している。


「仮にあいつらを返り討ちにしたところで解決するわけじゃない」


 相手が全部で何人なのかもわかっていないのだ。四六時中命を狙われるという状況がどれだけ負担になることか……。


「だからこそ、私はティムさんはこの件から手を引くべきだと思います。命まで懸けさせるわけにはいきませんから」


 今回の件で彼女も後悔しているのだろう。サロメさんの顔は苦渋に満ちていた。


「それこそいまさらですよ、俺は今回本気で死にかけました。ユーゴさんたちに助けられ、ガーネットにエクスポーションをもらう。度重なる幸運がなければ確実に死んでいました」


 取得した『深く眠る』のスキルも生き残った要素の一つだ。


「俺を殺そうとしておきながら、今頃のうのうと過ごしている連中に一言言わなければ気が済まないんですよ」


 ここで引けば、俺はこのことを一生引きずるに違いない。


 だからこそ大元に抗議して決着をつけなければいけないのだ。


「ガーネット、俺と一緒に行こう。そして両親の前で自分の意志をはっきり伝えるんだ」


 最初からこうするべきだったのだ。何より一番大切なのは彼女が冒険者を続けたいと両親に言うこと。


 ガーネットが不安そうに俺を見る。理不尽な命令をしてくる両親と相対するのが怖いのだろう。


「安心しろ、俺が必ず守るから」


 ガーネットに向かって右手を差し出す。しばらくすると彼女の冷たい手が俺に触れた。


「……先輩。よろしくお願いします」


 こうして俺とガーネットは王都にあるパメラ本家の屋敷へ向かうことを決めた。

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