八節
場所 ポーランド NATO軍基地 九月十三日 金曜日
この基地には加盟国ほぼ全てが駐屯しており、その規模から総合基地と称される。因みに今回、一部の難民達をビェリィナから引っ張って来ており、彼らのドイツ受け入れ準備の手続きをする為の基地でもある。敷地は広大で、私達は本部隊舎よりウンと離れの使われなくなって久しい、戦闘機用ハンガーの中。一度に全員を難民申請させる事は出来ない。故に高齢者や身寄りのない子供達が第一次亡命申請者に選ばれた。
その中にはアンリも含まれる。土本技官の説得に応じてくれたんだ。だけども、彼女はドイツへの亡命を拒否。日本に行きたいと言う。理由は「日本人はまだ殺していないから」だそうで。ちょびっとゾッとしたのは内緒。アナベルはドイツ兵もかなり狙撃したらしい。彼女には罪悪感から来る後悔の念が有った。なら、まだ更正は出来る。何よりアナベルが犯した殺人は通常のそれとは全く異なる。無理やり兵士にさせられ、逆らえば殺される。そんな環境に居れば、従うほか無い。私怨が無いと言えば嘘になるのは分かり切っていたけども、だからこそ今後は外務官僚の腕の見せ所になる。いかにして、アナベルが戦争加害者では無く被害者のそれであるか、証明する必要が有るのだ。でないと、いくら十四歳でも無条件の亡命は困難だろう。悲しい世界だ。だから気分を変えよう。
「アンリ。一緒にBBQしましょう? 日本のお肉は美味しいよ」
アナベルは本当に、本当にどこか遠くを虚ろな瞳で眺め、そして呟く。
「アタシに、人並みの生活なんて。冷静に考えたんだけど、二〇〇人は殺してるんだよアタシ」
突然のカミングアウト。流石にゾッとした。二〇〇名……決して少ない数字ではない。
この子。絶対助けないと駄目だ。私は改めてそう決心した。
「ま、まぁ、その事は今は考えないでおきましょう。それよりそんな服しか用意出来なくてごめんなさいね」
キャンプ地では当初、薙雲のOD色のTシャツに黒のジャージ姿に当初より彼女が着ていたオイルジャケット一枚。ジャケットに放射能汚染は無かったが、流石に年頃の女の子にこれは良くないとの事で基地の売店から適当な白いシャツとGパンを購入してきた。一番戦線に近い基地なので、ここがNATO最前線の最大拠点となる。今後は飲食店を充実させてドイツ並みの規模にするらしいが、それは戦いの長期化を意味するので手放しで喜べる状況ではない。
行動指針
「で。分析の結果はでました?」
口径25ミリの青い弾丸を眺めるが、見ていて気持ちの良い物では無い。
「完全に西側の弾丸ですが、弾丸というより弾頭ですね。これは」
「と言うと?」
「まず25ミリと云う規格が東側では一般的じゃ無いですし、これは空中炸裂弾です」
「では対空砲弾? 私の知識だとブッシュマスターの25ミリ位しか思い浮かばないが。いや待て、今これは安全なんでしょうね?」
「ご心配なく。信管は死んでいます。それで弾頭ですが、ブッシュマスターとは思えません。それにしては弾頭部が少し短い。これは多分ペイロードライフルです」
つまりゲテモノか、運用国も最早分かり切っていたが、一応尋ねる。
「勿論アメリカです」
そうだよなぁ――。参った。どうしてアメリカが薙雲を狙撃したんだ? まさか標的は少女? だとしたら連隊長が追い払った例のエージェントが犯人? それを考えると護衛の兵士の方が怪しいが、何にせよ軽率な判断は出来ない事に変わりは無い。焦りは禁物だ。
「では引き続き分析をお願いするよ」
国防装備庁の技官に分析を任せて、私は次の現場に向かう。これが肝なんだよ。NATOの人間が殆ど集まっている。そんな重要な会議に呼んでくれると云う事は、一応日本を信用してくれていると云う事か。先般の難民キャンプ襲撃で奇跡的に死者を出さなかった事も評価されたみたいだし、これは幸先が良い――、と思った私が馬鹿だったよ。
議題は到底日本にとって受け入れられる内容では無かった。前線を拡張しサラエボからモンテネグロ共和国を抜け、コソボ自治州まで侵攻しているセルビア軍を排除。つまり現状非武装地帯である『ゾーン』を主戦場とし、四十二時間以内にボスニア・ヘルツェコビナ及びコソボ自治州とセルビア共和国を分断する反抗作戦。それは理解できる。先般のサラエボ奪還作戦が失敗した今、世界大戦を回避する為に、ロシアに諦めてもらう為には汚染区域で戦闘してでもこの紛争を紛争の段階で終わらせる必要がある。幸運な事に、既に世論は「戦争」と報道しておりNATOが何をしても「戦争だから仕方ないね」と大多数が納得してくれる状況は出来ている。
だがこれは話が違う……それも大いに。ノヴァ・アルティアとNATOからの要望は、日本隊の担当をモンテネグロとコソボ自治州境界線のパトロールへ変更して欲しいという無茶なものだった。私は激怒した。周囲のNATO加盟国で、私とほぼ同じ様な仕事をしている連中は俯いたままだ。唯一、上機嫌なのは何故か我が国の外務官僚。あのコソボ自治州だぞ。派遣すれば死傷者が出る事は確定。外務省にとってもメリットなんて無い筈……むしろデメリットの方が――、理解できん!
これに対し自称外務次官、ケースオフィサーである佐藤情報分析官は淡々と答える。
「宮瀬大佐。この作戦に参加する事がそんなに――」
「我が軍は今回の派遣で六〇〇名しか派遣してないんですよ!? それをこんな……何とかパトロールは可能かもしれんが、アレと正面から殴り合う戦力はありません! アンタまさか、財務省の入れ知恵か?」
財務省は我々軍人からすれば国賊も同じ。今回の派遣隊において、大量の死傷者が発生すれば世論の後押しで撤退も有りえる。そうなれば海外派兵分の国防予算削減を咎(とが)める者はいるまい。結果、財務省は国費節約に貢献したとして、今後その発言力は更に増す事だろう。
「宮瀬大佐。今回のこの判断には本国の意向が強く反映されています」
本国の意向? 財務省では無いのか? だが今の総理がそんな事を判断できる訳が無い。アレは飾りだ。なら佐賀田か? 統合参謀総長は腑抜けのペーパードライバー。ならば佐賀田が最有力だ。だが余りにもハイリスクローリターン。何故こんな判断を? まさか東原中将か? 奴は佐賀田大将とは犬猿の仲だ。意図的に死傷者を出して佐賀田の面子を潰しに掛かるなんて事も考えられる。だがそうなると奴にも少なからず責任が……。
「日本の懸念は理解出来ます。ですが今は我々NATOの一員として、その義務を果たして頂きたい」
米国務省の若造。全てを見透かした風に社交辞令を交えた上でさり気なく要望を付け加える。
それは単なる命令だった。「現状の戦力を倍にせよ。優秀な日本なら出来る」だと? 無茶だ。今回の六〇〇余名はあくまでも先遣隊のそれに近い。第二次派遣隊の、いやそれ以降の派遣隊が円滑に活動出来る様に、下準備をするのが主任務だったんだぞ。それが不可能な事は、米国が一番良く理解している筈。まさか我々を囮に? これも有色人種故に有り得ない話ではない。このままでは手詰まりだ。
どうする?『S』は何とか戦えるが……駄目だ。今現在の派遣部隊の戦闘職種の割合は少ない。インフラ整備用の施設科も実質戦闘職種でその能力は高いが、戦車、戦闘機、攻撃機、攻撃ヘリがそもそも無いのだ。装甲車に毛が生えた程度のタンクモドキが一輌。ATMも十分な数が揃っていない。何よりロシア機甲師団の動きも気掛かりだ。衛生写真では旧式ではあるが鉄道輸送されるT‐90とT‐72が映し出されている。偽装されて無い風晒しで輸送してる所を見るに、世界大戦が近い事は理解できる。隠す必要がもう無いのだ。だがロシアのこの自信は何処から来る?
「勿論。貴国のみでやれと言っているのではない。NATO各国がバックアップに付く」
どうだ? これでも大分譲歩しているんだぞジャップが。そんな声が聞こえてきてもおかしくない。
そんな中、ついに最悪の一方。「ロシア機甲師団群壊滅」恐らくロシアは開戦に踏み切るだろう。報告を受け、初老の米軍将校の目の色が変わる。
彼は全面核戦争を防ぐ為に、NATO本部をローマに移したいと言う。ベルギー代表がブリュセルでは不満が有るのかと噛み付いたが、瞬時に顔色が変わる。何故か? 日本人である私にはピンと来なかったが、ローマにはバチカン共和国がある。それを聞いただけで、このアメリカ代表に信仰心なんてモノが微塵も無い事が理解出来た。『彼』を盾に使うのだ。当然、イタリア代表は激怒し、フランスまでもがNATO脱退をチラつかせる始末。イタリア代表は今にも殴り掛かる寸前。私はそれを押さえ間に割って入る。
「もう止めましょう! NATO=アメリカではないでしょう!?」
「いいや宮瀬大佐。NATOとはアメリカであって、アメリカとはワールドスタンダードを現す一種の単語に過ぎない。つまり、アメリカとは世界そのものを指す標語なのだ」
なんだこの男? なんなんだこの男? まるで旧中国じゃないか。まるで同じ考え方だ。世界の中心は我々アメリカで、他の国はどうなっても良いと宣言したも同じだ。
そして我々は、なし崩し的に『ゾーン』の巡回偵察を担当する羽目になった。もう終わりだ。戦死者は確実に出る――。私は腹を切る事になるだろう。
其れからと云うもの、私は毎日遺書の内容ばかりを考えるようになった。ため息ばかり出る。嫌な世界だ。項垂れる私に、フランス代表が声を掛ける。
「本国に更なる増援を要請し働きかけてみる。正直。我々も兵が足りない状況だ。イタリアも同じ考えなのは確認したがドイツの回答は煮え切らんものがある。第一あのアメリカ人は真の意味で戦況を理解していない。今の日本にそれが出来ない事はアメリカが一番良く理解している筈なんだが、この戦争は何かおかしい。戦争自体が異常行動だが、過去のケースに照らし合わせても異常だ。お互い、背中には気をつけよう」
「増援に関しては、なんとか本国に掛け合ってみます。英国は?」
これは一番気になる部分だ。本来ならあの国は戦争に介入したがる。特にアメリカ絡みの戦争なら尚の事だ。ここまで来て、一切部隊を派遣していないのは正直納得できない。
「奴等は良くわからんのだ。国内世論は介入派と傍観派で割れているが、軍は介入したがっている。それが伝統だそうで、一昔前ならその辺り一体にユニオンジャックがはためいているよ」
私は最大限の謝意を伝え、その場を後にした。戦死者は二桁では納まらないかもしれない。
777m 忘れられた地で AD2030 Angel war sala @sala_119
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