七節
見学
「良いんですか杜大佐?」
「見学って事でさぁ……良いんじゃない? まぁDIAさんは私と来て下さい」
とアッサリ許可。
「はぁ、連隊長より許可が取れました。見学ならどうぞ。ただし帳簿は先程も説明した通りに」
「プライバシー、了解です。アリガトウゴザイマス」
さてさて、向こうのお偉いさんはこっちのお偉いさんに任せて、俺は一人でスニーキングと洒落込むかね。正直例の白い女が怖くないと言ったら嘘になるが、もし出くわしたら問答無用で撃ち殺す。この為に態々サプレッサー付きのМP7を持って来た。恐怖を飼い馴らすことが出来なければ、スペシャルフォース失格だ。単独で少し歩き、ざっと周囲を見渡すが特変は無い。至って普通の難民キャンプなのだが、難民の目線が痛い。やはりNATOを、特にアメリカ人を良く思っていない様子だ。気にしても仕方がないが、居心地は良くない。俺はお目当ての足跡を探せば……あった。
「ビンゴ」
子供用登山ブーツの痕。この風化具合、十二時間以内のモノだな。やはり難民としてキャンプ内に逃げ込んだんだろう。あの女性兵士とは親しげだったが、だからこそ自爆テロに繋がりかねん……早く処理せねばな。
俺は無線機で官僚二名に、やはりここは怪しいので時間を稼いでくれの旨を伝える。受信機には〝ザザ〟とノイズでの返信。頼んだぞ官僚の腕の見せ所だ。当の俺は、居心地の悪い殺意にも似た視線を浴びながら、キャンプ内を散策する。
「なぁ桜井よ。アメリカにDIAなんて組織有るのか? てっきりCIAの間違いかと思ったが、向こうは類似品が多いな」
「自分も初耳です。ですがペンタゴンの職員だと考えて接すれば、問題ないでしょう」
難民名簿の閲覧は諦めてもらい一安心。石塚少佐の懸念も理解できるが、同盟国の見学は断れない。まして正規の書類を持っていたのだから。
「日本人でも、未だに海軍と海保を間違える人間が多いじゃないですか。それと一緒ですよ」
石塚は妙に納得し、その通りだと桜井を褒め称えた。
登山ブーツの足跡は、天幕に続いていた。
やはりいるな。あの天幕の中か、どうする? いくら同盟国とはいえいきなり覗くのは不味い。何か理由付けが必要だが、天幕の入り口にMPが二名。どうする。うーむ、MPの二人は若いな……なら古い手でいこう。
「Can you speak English?」
「イエスオフコース」
訛りが酷いが英語だ。
「あー。この中を見学したいんだが、無理かなぁ?」
二人に階級をさり気なく見せ付ける。途端の敬礼。
「許可が取れるか聞いてきます」
一人は中に入り残ったもう一人。彼はMPとしての自覚が足りないようだ。
「ここは元々MPの取調室なんですが、現在はカウンセリングに利用されているんです」
「カウンセリング? それは難民のかい?」
「勿論それもありますが。つい最近に別口で女の子を保護しまして、それが他の難民と違う場所で保護されたんで、何でそこに居たのか事情を聞いているんです」
君は喋り過ぎた。俺の疑問は確信へと昇華し、拳を握り締める。
「お待たせしました。陸上防衛軍憲兵隊の五十嵐と申します。キャンプへようこそ」
これはまた。ドラマに出てくる日本人そのものって感じ、黒縁眼鏡に身長5.4フィート前後、カメラを持たせれば観光客にしか見えない。階級は大尉か。面倒な雰囲気を纏っているな。
「これは丁寧どうも。実は米軍では難民キャンプにこういった憲兵用の設備を持ってくる風習が余り無くて、コーバンと云うのでしょうか? 差し支えなければ少し中を覗きたいのですが」
この場に臨床心理士の土本……彼女が居れば、この申し出は断固拒否しただろう。それこそプライバシーを理由にして。だが、この大尉は「日防軍が他国に比較して遅れている」と思われるのを恐れた。故に、彼の権限においてマイクを中に入れてしまった。
少女。アナベルは大分落ち着いた様子だ。女性隊員や技官の女性臨床心理士の土本技官にも心を開き始めていた。良い兆候が見られる。今は、まだ国は決まっていないが亡命を真剣に考え出してくれており、これは薙雲の説得の成果でもある。
今現在、天幕の中には薙雲が再び呼び出され、現在憲兵の大尉とアナベルの三人で、今後の方針について話し合っていた。本来、3等軍曹の薙雲はこの場に居る必要は無いが、女性という事でアナベルの話し相手になっている。これは情報収集も兼ねてだ。土本技官は同行した外務省職員と亡命申請に関してのすり合せをしている。書類上、アナベルをPTSDとして特例を付与。治療を受ける権利。という裏技だ。これで、少なくとも戦争犯罪云々を問われる可能性は下がる。
「薙雲3曹。ちょっと米軍の曹長が見学したいそうだ。アナベルさんも大丈夫だね?」
一瞬、アナベルは硬直した。彼女は米兵も大勢殺しているので、緊張するのは当たり前なのだが、この時点で心中を察する事が出来る人間は居ない。
「大丈夫よアンリ。単なる見学だから、何も聞かれる事は無いわ。何かあったら私が必ず守る」
アナベルは力なく頷いた。
「オジャマシマース……オウ」
改めてまじかで見ると、少女の幼さに戦意が削がれた。スコープ越しとはまるで違う印象だ。
参ったなこれは。クソッ……俺はペドフェリアでは無いが、この子は可憐過ぎる。
対するアナベルも、マイクが通常の兵士でない事を本能的に理解。この男は『大尉』と同じ特殊部隊員だ。急に怯えだすアナベル。薙雲はそれを宥めるが効果が無い。
「アタシを、殺しに……来たの?」
少女は震えた声でマイクに尋ねた。
「へ? 殺すとか何で?」
薙雲が状況を理解出来無いのも無理は無い。
「君がフランス外人部隊を壊滅に追いやり、我が陸軍に損害を与えた張本人ならば、残念ながらその可能性もある。が、今ならそれは無い。それに君は、自分がNATOから指名手配された挙句、懸賞金を賭けられ世界中の兵士や傭兵から狙われている事を知っているか? 大人しく我々米軍の保護下に入る事を薦める。悪い様にはしない。それは保障する」
何だって? このアメリカ人どこで情報を?
「待って下さい曹長! それは私が許さない!」
薙雲はアナベルとマイクの間に立ち塞がる。
「軍曹。君は状況を理解しているのか? 確かに、まだこの子が犯人と決まったわけじゃない。だが君達日本軍の対応は、それを肯定しているに等しい。大体、そのドラグノフは何だ? 何故ここにそれがある?」
痛いところを突かれた。宮内さん――本当に恨むよ。今頼れるのは憲兵の中年大尉だけなんだから、何とかしてよ大尉。憲兵隊でしょ!?
内心冷や汗をかきながら、日本人らしい理論武装を展開する憲兵大尉。
「例のスナイパーの件は我々日防軍も把握しています。だが、この子がその犯人である確証が無い以上。我々は国際戦時法に基づき、彼女を保護します。その狙撃銃は鹵獲品であり、この子とは無関係だ。ファイアリングピンも抜いてある」
憲兵大尉は自身の軽率さを呪った。
「鹵獲品ですか。それは例の小屋での話しですか?」
この男。何故それを知っている? 現状、あれは部内の最高機密扱いだぞ。クソッ。ならば教本通りに対応するしかあるまい。
「我が軍はここに派遣されて以来、狙撃による人的被害を受けていない。従って彼女が手配中のスナイパーだと認識する術が無い。よって国際戦時法及び日本国陸上防衛軍交戦規定に則り、この子を民間人とし保護する義務が生じる。これは近代軍事組織が持つ当然の義務であると私は認識しているが、貴官はどう思うのか?」
典型的な理論武装。やはりこのMP大尉は絵に画いた日本人だな。
さてどうするか――っと。本職が来たな。お手並み拝見といくか。
「後悔しますよ」
突如、背広姿の二人組みが憲兵の静止を振り切り現れた。
不自然な自信に満ち溢れた笑顔は、それだけで日本側を追い詰める程に不気味なものだ。その後ろには杜大佐がいるが、彼は俯いて事態を傍聴するだけ。
「これを見て尚、その子が無罪だといえますか?」
一枚の写真を取り出す。そこには、何かを見下ろすようなアングルで銃を構えたアナベルが居た。憲兵の顔色が変わる。当然、薙雲もだ。
「これは、我が軍の72レンジャー連隊所属兵士のヘルメットカメラから引き出した画像です。さぁ、彼女が無実だと言い張れますか? この兵士は直後に処刑されます」
肩がけでドラグノフ。突きつけたけん銃はそこにある物と同じじゃん。ちょっとこれヤバイじゃない! どうすんのよ!? マジでどうすんの!?
「彼には妻と二人の息子がいました。その子達に――」
こういうお涙頂戴な言い回しは嫌いだ。だが目の前の少女に対して憎しみが無いかと問われたら、それは確かに否定できない。しかしこうも幼いとなぁ。これでは処刑された彼も、絶対に仇討ちは望まないだろう。どうしたものか……この眼は更正の余地が無い様にも見えるが、魂の開放は早計な判断だったか?
「未成年とはいえそんな子供を難民として庇のであれば、それ相応のペナルティを覚悟して頂きたい」
メリケン野郎が。日本人特有の言葉遊びを見せてやろう。
この時、憲兵大尉は切れていた。姪に同い年頃の娘が居たからだ。
「極論申し上げるに――。我が国、日本に対する宣戦布告無き戦闘行動は、正当防衛を除きその全てが戦闘に有らず。引き渡し義務。及びそれに付随する如何なる義務も生じない」
これにはDIA職員も眉をひそめる。だけでは済まなかった。
「貴様――。ここは軍隊モドキがゴッコ遊びしてよい戦場じゃないんだぞ? なんならUNから直に令状を発行させても構わないが、その場合。今だ敵国条項に名を連ねる貴国の立場がどうなるか――」
これは……や、やり過ぎじゃないかしら? 大体、多分に若井を狙撃したのはアンリよね?
「ちょっと待って欲しいな」
ここに来てようやく連隊長が声を出したが、目線は俯いたままだ。
「ここは難民キャンプ兼宿営地なのは、そちらも把握していますね?」
DIAは、勿論と即答。
「宿営地は我が軍の法では、本国の駐屯地と同等の扱いです。つまりここは日本国内と思って頂きたい」
DIAも当然食い下がる。
「杜連隊長。それはかなり苦しい言い訳ですよ。確かに、日本の権利は尊重しますが、これはNATOの――」
「アメリカ=NATOではないでしょう?」
「つまり、引渡しは拒否すると?」
「そう思って頂いて結構。だが我々は、この子に武器を与えて野放しにしする訳でも無い。なら我々は同盟国であるのだから、なんら問題は無いでしょう?」
確かに、問題は無い。NATOの書類には、スナイパーの捜索権利にしか言及されていないんだ。現に犯人を「米軍の管理下に置く」とは何処にも書いていない。
渋々、俺達は引き下がった。しかし本当に東アジア大戦以降、ステイツは日本に甘くなったなぁ。昔なら地位協定を盾に、強硬手段に出た可能性も有る。まぁこれで仕事が終わりという訳では無いし、今は日本の顔を立てよう。
キャンプ内、あの黒い女の気配は何処にも無かった。あれは何だったのだろうか? マイクはキャンプを振り返り、空を仰ぐ。
「今日も暑いな」
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