六節

報告

場所 ポーランドNATO軍総合基地 米軍基地A塔地下一階 会議室    

                                八月三十一日


「まず。任務とはいえ嫌な仕事を押し付けた事は申し訳ないと思う。だが銃は疑問だな」


 この場にはマイク直属の上司である大佐も含めて、米欧州軍の佐官クラスが六名、戦略情報局から二名、宇宙軍団から三名。国家地球空間情報局NGA国家偵察局NROの顧問の連中まで勢ぞろいだ。大規模とはいえこんな前線基地まで出張るとは、ただ事じゃないな。超現場主義と云えば聴こえは良いが、案の定。俺は報告という名の尋問を受ける。


「何度も聞くがマスターチーフ。確かに君の言う通り、ライフルは原因不明の故障により使用不能だった。特に外的異常が無いのに発砲不可能とは通常では有り得ない。現在、銃を詳しく分析しているが未だに発砲不能だ。画像データも喪失しているが、ターゲットが居たのは間違いないんだな?」


 役人やマイクの上官が、何度も確認作業を行うのには訳がある。本来であれば、作戦中の映像はスコープに搭載された録画装置で記録されているのだが、何故かそのデータは消えていた。発砲前から録画を開始していたのに、これは奇妙だ。大佐は大きく天井を仰いで、厳重にロックされたケースからマイクロカードを取り出す。


「これを見たまえ。君が展開していた地域をUAVで撮影した動画だ。再生してくれ」


 了解と、隣にいる少佐がPCをいじる。会議室の大型液晶画面に画像が映し出される。


「これは?」

「その黒い円の中心から約一五〇〇メートル地点にあるこの影が君で間違いないな?」

「はい。確かに私はその位置から目標を狙撃しました」

「しかし空中炸裂弾の信管が作動しなかったと?」

「その通りです」

「そこまでは信じられるんだが、あれは新兵器とは云えこんな致命的な欠陥は無い筈」

「しかし雷管は」

「それも解る。何にせよ、君程のスナイパーを実験台にしたのは間違いだった。試せる戦場は他にいくらでも有るのにな」


 本当に解ってんのかあんた?


「動画再生します」


 全員の視線が画面に注がれる。


「この部分だ。君が発砲した瞬間、この黒い円は出現した」


 確かに発砲と同時に、だがコレは何だ? ECM? 太陽フレア? 


「しかし、あー巻き戻してくれ。この部分だ。発砲前の画像では黒い円は確認出来ない。例のターゲットは撮れているんだが、真上からなんで当然顔は分からん。そして円の半径は666メートルジャスト。全く意味が分からんのだが――、本国のUAV操縦員はどう云う訳か直後に精神が崩壊した。」


 もう良いのでは? と宇宙軍団の大佐。


「話しすぎか? まぁいい。マスターチーフ――。解っていると思うがこの事は最重要機密だ。誰にも話すな。良いな? 君の今後の処遇は此方で検討する。もう良いぞ」


 俺は会議室を出るべく踵を返す。てか早く出たい。


「それとチーフ。君の進言通り、一度正攻法で日本隊のキャンプをDIAに訪問させる。何らかの情報が得られる可能性が高い。行動しないよりかはずっとマシだろう」

「ありがとうございます大佐。それではまた」


 残された面々は、不機嫌そのもの。


「ロシアがこんな高度なECMを子供に使わせるわけがない。嫌な仕事が増えそうだ」


 万一、これがロシアのECMなら完全に米軍を超えた事になる。この場に居る面々はこれが量産されていない事を祈るばかりだった。


「日本のECMの可能性は無いのか? いや――この場合、ハッキングというべきか」

「とっくに検討したが、我が軍のネットワークに介入できる技術はまだ無いとの結論だ」


 これは真の意味でのECMではない。UAVには当然高度計が通常の航空機と同じく搭載されている。それがこの円が出現した瞬間、全ての数値がゼロになった。それは気圧計や温度計まで含め文字通り全てのセンサーがだ。こんな事が出来る技術は、何処の国にも無い。


「神にでも祈ってみるか?」

「ネガティブ。イラクでもアフガンでも、祈ってみたが同僚は皆死んだ」

「特科の宗教組の耳に入ったら不味いな。今の発言」


 笑い声に満ちる会議室。


 哀れなコピー達。我が主の最後の慈悲を無下にするだけの事は有る。

 そんな事を考えつつ、彼女はその会話に耳を立て、発言した。


「何て傲慢な生物」


 声のした方向へ会議室に居た全員の目が注がれる。だが誰も居ない。


「女性の声。気のせい――、か?」

「この部屋に女性は居ない」

「……気のせいですよね」

「昨日観たジャパンホラーのせいかな?」

「止めてくれ、夢に出てくる」

「皆疲れてるんだろう。今日はもう解散しよう」


 こうして大した進展も無いまま、無意味な取調べ兼、会議は終了した。

 翌日、日本大宿営地にDIA職員二名と共に出向く事が決定……馬鹿が、だ。タイミング的に、怪しまれるどころではない。それ程、焦っているというのか? 我がステイツが? それはそれで、信じたくは無い。

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