五節

グリーンベレーぶらり東欧紀行/2

場所 ビィエリナ難民キャンプ                   一一三〇時


「見つけたぞ」


 フランス隊の調査が終わり。一旦本国へ帰る予定だったが、先月のサラエボでの作戦失敗を受け残留命令が下された。俺は二ヶ月弱、国防情報局DIAの官僚二名と共に、この近辺とドイツを往復し続けている。サポートに来た官僚の殆どは空調の利いたポーランドの基地だ。ムカつくぜ。俺の回収に回ってくれるのはDIAの二人だけ。悲しいぜ。ただ収穫はあった。昨晩、この日本が設営した難民キャンプの直ぐ近くで出来立ての足跡を発見。多分スペシャルフォースだろう。僅かに残された痕跡をトレースしたら、この難民キャンプ近くの小屋にた着た。二階建ての小屋。中には成人男子三名分の致死量に相当する血痕が残されており、何か引っかかった。そして小屋の周囲には日本隊の足跡が点在し、さらに素人臭い民兵の足跡が多分三人分、中の血痕はコイツらのものだろう。そしてその中に四人目の足跡。子供向けの登山ブーツが紛れ込んでたのが一番のネックだった。この難民キャンプには何かある。張り込んでいたら案の定、指名手配の少女が居た。


 何故分かったのかって? それは戦死した72thレンジャーのヘルメットカメラの画像だ。解析されパーソナルフォンに送られてきた画像には、銃を構える少女が一人。今現在俺がスコープに捉えている人物と同一。外人部隊に関しては映像が無いので確認出来ないが、少なくともこの子がレンジャーの、それも階級大尉の大ベテランを処刑した事実は今ここで魂を開放させる要件を満たしている。戦死したレンジャーの中には元部下や上司。そして戦友も含まれている。だが当然死んだ仲間達も、仇討ちなんて望まないだろう。大体、サラエボでの作戦失敗の主原因は狙撃ではなく政治的判断ミス。この子供は関係ない。しかしそれを考慮しても、あの子の更正は恐らく不可能だろう。顔を見れば分かる……あの子が殺した人間の数は二桁じゃ収まるまい。

 正直、少年ではなく少女だった事には驚いた。まだまだ俺も、戦場で学ぶ事が多いらしい。チャイルドソルジャー=少年の固定概念に取り付かれていた様だな。同時にショックも大きい。まさかあんな華奢な少女だったとは、完全に予想外。まぁ、ここで文句を言っても何も解決しない。だがこう云う時こそ、兵士には冷静な判断力が求められる。俺は自分にそう言い聞かせ。あの子はステイツの敵だと、マインドセットする。しかしまぁ、ギリースーツにフェイスペイントは、やはり暑い――聖なる糞でしかない。

 

                   ♢


「どう? アナベルさん。ここの環境にはなれたかな?」


 薙雲は少女、アナベルと共に難民キャンプ内を散歩していた。アナベルの事情を知らない難民達は、皆例外なく核爆発で家族を失った彼女にに好意的に接し、それがアナベルに残された良心を揺さぶる。


「ナグモさん。アタシの名前さ……長くて面倒でしょ? アンリと呼んでよ」

「アンリ? あぁ、アナベルだから省略してか。良いわよ。なら私の事もシュウと呼んでね」


 相変わらず外国人の愛称の基準はわからないわぁ。何か法則あるのかしらね。


「ありがとう。仲の良かった友達は、みんなアンリと呼んでくれてたから、気が楽になった」 


 皆死んでしまったけど。


「明日にはポーランドに行けるから。ここよりずっと快適だよ。楽しみにしててね」


 微笑ましい光景。その緩やかな時間は数秒後、一発の弾丸で脆くも崩れ去る。


                   ♢


 遮蔽物は無し。今なら殺れる。俺は急いで弾を鉄鋼弾から空中炸裂弾、エアバーストに入れ替えた。コイツは人間の体温を感知して空中で炸裂する特殊な弾丸で本来なら移動中の分隊などに撃ち込む物だが、走っている目標等にも有効だ。殺傷半径六メートル。多少狙いがずれても問題ない。もはや弾丸ではなく弾頭と表現する方がシックリ来る位の代物だ。標的まで距離約一五〇〇メートル。後はコンピュータが勝手に照準を合わせてくれる正にペイロード。

 同盟国の施設に撃ち込むのは気が引けるが、それ以上に子供を撃つのは本当に気が引ける。

 グリーンベレーの選抜テストで「敵地侵入中に現地の子供に見つかった。お前はその子をどうする?」という心理テストが有ったのを思い出す。「殺します」と回答した連中は容赦なく原隊に送り返されたっけな。懐かしいなぁ……あの頃は良かった。がむしゃらで。


「人命は、地球よりも重い――か」


 人としては正しいが、それは平時の感性でしかない。巻き添えを食らうのは随伴している女性兵士だけだろう。申し訳ないが、今回はこの弾丸のテストも兼ねてる。さようならお嬢ちゃん達。スコープ越しに少女と目が合った。あと十年もすればエライ美女に成るだろう。だが直後に少女の後ろ、黒いスカーフを纏った女が見えた。いや抱き付いていると言った方が正しいか? なんだ、アレは。構わない……巻き添えが一人増えるだけ。

 トリガーを絞り発砲。着弾まで約1,7秒。この瞬間だ。この瞬間の所為で、スナイパーとはその射撃技術より強靭な精神力が求められる。それは敵が死ぬ瞬間が見えてしまう事と密接に関わっており、切り離す事が出来ない。全ての軍人に云えるが的当て訓練中は別にしても、実戦で映画の様に笑いながら敵を撃つ様な人間は、例外なく二流、三流の兵士だ。しかしあの娘、なんていい笑顔だ。


 撃ちたくない。それがマイクの本音。だが兵士は任務を遂行しなければならない。


                    ♢


 突如、私達の左隣にある給水車に拳大の大穴が開いた。狙撃だ。明らかに私を狙ったものだねと、私は軍人であるので当然そうに違いないと判断した。二秒近く遅れて銃声が聞こえる。一キロ以上先か! アナベルの手を引き、急いで近くの天幕の陰に隠れる。

 かすめた弾頭の信管は、作動しなかった。


「アンリ! 絶対頭を出さないで! 私達が何とかする!」


 ライフルは武器庫の中だ。難民に配慮しキャンプ内では歩哨を除き、極力銃を表に出さないという判断が裏目に出た。が、即座にキャンプ内は臨戦態勢に入る。今回は27CWMCが索敵に加わったので前回の襲撃よりスムーズに対応出来るだろう。

 アンリは震えている。今動くと不味いけど、天幕を遮蔽物にして武器庫まで行けるかな?


 外れた上に不発だと? これだから新兵器はなぁ……銃声もでか過ぎるし、やはりこの銃は問題があるな。使い物にならん。それに、あのストライカーMGSモドキは危険だ。早く場所を移動しなければならない。続けて発砲しようとしたが。俺は奇妙なものを見た。少女が居た場所には、黒いスカーフを纏った女だけが立っており、それは信じがたいが俺を指差した。

 なんだコイツ……白人だが難民じゃないな? 何にせよ指を指されたからには位置がばれてる。不味いと直感したその時、女の口が動いた。

 その途端に、ライフルスコープと連動しているFCSが故障し目標までの距離、風速、湿度、全て不明、システムがダウンした。だが銃本体が故障した訳ではない。まだ撃てるし、何より本能があの黒い女は敵だと叫ぶ。第二射を放つが。カチ、カチカチ。どう云う訳だか不発。この程度で慌ててはクリーンベレー失格だ。俺は急いで撃鉄を起こし弾丸を鉄鋼弾に変更して再装填。標的を少女に変更し、目標が隠れているであろう予測位置へ向け再びトリガーを引いたが……まただ。カチカチと音はするがトリガー制御部内のシアーが正常に動かない? いやいや、撃鉄はファイアリングピンを叩いた筈だ。再び手動排莢し、弾丸裏の雷管を確認したが、ピンの打刻痕(だこくこん)はしっかり付いている。雷管の不良……近年では滅多に起きないトラブルなのだが。


「……偶然だよな? ついてないな」


 嫌な汗が額をなぞる。残り装弾数三発の弾装が空になるまで、同じ動作を繰り返したが、弾が出ない。瞬間、俺は逃げ出していた。最後に見たのはあの女の微笑。アレは人間じゃ無い。そう自分に言い聞かせ――走った。合流地点にはジープが一輌あり、現地人に化けたDIA職員二名と落ち合う。因みに彼らも護身用の銃器は持っており、腕は並みの警官のそれを遥かに超える。車内で、俺は自身の置かれた状況を冷静に分析しようと試みた。銃をチェックしたが、ファイアリングピンに異常は見られない。スコープのFCSは電子機器故に故障する事は理解出来るのだが、銃本体の異常は理解する事が出来ない。こうなっては多分、製造メーカーでも修理は無理だろう。パーツを丸ごと交換するしかない。


 次からはM24SWSに問答無用で代える。何よりコイツは発砲音が大きすぎるぞ。その所為で直ったかどうか、下手に試し撃ちも出来ない。頼りになるのは45口径とナイフだけか。まさかけん銃まで使用不可能になっていたらどうしようかと不安がよぎるが、今はネガティブな考えをしても何も好転しない。何にせよ観た事を報告しなければならない。それが現状俺の最重要任務なのだが、あの女。思い出しただけで背筋が凍りつく。何者だ? とても人間とは思えない。この女の件は伏せておこう。報告した所で薬物検査や脳波検査を受けるだけだろう。加えてもう一つ問題がある。日本の事だ。奴等は間違いなく不発弾頭を回収する。今回使用した弾は勿論、無刻印で製造国すら不明にしてあるが、それでも西側の弾丸だと気が付く筈だ。ステイツは疑われる可能性が少ないが、当然ゼロではない。一度正攻法でキャンプを訪問するのも手だが……何れにせよ相談が必要だ。ふと目の前にDIAから気分転換にとコーヒーを差し出される。そんなに疲労が顔に出ていたのだろうか? 当たり前か、あんな物に対する対処法など、どのマニュアルにも載っていない。


「お前は殺さない」


 スコープを通して見たあの女の口は、確かにそう言った。ぞっとする。


 用意されたコーヒーを啜る。昨年度から新配備された携帯型インスタントコーヒーなのだが、相変わらずクソ甘い。これじゃまるでココアだ。内心悪態を付きつつ、俺は本部へと帰還した。

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