第二章 一節
重い腰
場所 アメリカ合衆国 ワシントン州 ホワイトハウス地下
シチュエーションルーム 二〇三〇年 八月二十五日
「日本隊が設営した難民キャンプに襲撃?」
昨日発生したビエリェナでの事件は、この星の最高権力者? たるアメリカ合衆国大統領の耳にも勿論入った。
「日の丸効果は望めなかったか、まぁいい。死人は?」
「特に何も。幸い難民にも重大な被害は無いようですが、これが与える日本世論への影響は不明です。今のところ大手メディア各社は、報道こそしていますが、それだけです」
「それは良かった。じゃあルーシー。取り合えず向こうの総理に電話を――、おっと向こうは夜か、総理も忙しいだろう。もう少し後で――」
「大体、彼らは戦力が少なすぎる上に楽観論者(オプチニズム)が多すぎるんですよ閣下。派遣部隊にせよこちらは一二〇〇名以上を要求したが、一次派遣隊は六〇〇名と少し。やる気が感じられんですよ全く。その癖に連隊と名乗っている」
海兵隊はこれだから……また話しを遮られた。今この会議室は私以外にも人間が、それこそ蟻の様に出ては入りを繰り返し、テーブルに群がっている。狭いのになぁ。
「陸軍には関係ないが、見返りが更なる軍備増強許可と――。確か八八艦隊計画だったか、それと旧式エンジンの図面だけではねぇ。どうせ制空権の完全返還には応じないんだろう?」
「あたりまえだ! 東アジア大戦以降、制空権だけが奴らに対する我々の最後のカードだぞ! とうとう空母機動艦隊を復活させてしまった。それだけでも気に入らんのに! 八八艦隊だと!? 空母4に加えアーネスト・キング4など正気の沙汰ではない!」
「それに関しては海軍も賛成だ。陸軍の貴官も、アーネスト・キング級の仕様は知っているだろう。現状で日本は一隻保有。二隻目は建造中だ。もう二隻追加に加えて空母を三隻追加では、西太平洋からインド洋まで、我が海軍の存在意義が無くなる。空母はローテーションに配慮しても、追加で一隻に留めて貰いたいものだな。二隻目は進水はしてるが、圧は掛けたくない」
「空軍には関係ないなぁ。早くF‐35の頭数を揃えてもらいたい。制空権に関しては右に同じ」
四軍の将があーだこーだ言い合っているのを、冷めた目で見つめる大統領と統合本部議長。議長はしばらく好きに話させてやって下さいと目配りする。現在の統合本部のメンバーの特色を一言で現すと、陸親日。海知日。空知日だがあまり興味なし。海兵元親日の反日だ。
「提案があるんだが。そういう話をするなら上の執務室でどうかね? 紅茶でも飲みながら。コーヒーでも良いぞ? 今日は日曜日だしな」
大統領のイラつきも無理はない。今日の議題は極東情勢ではないのだから。ようやく静まり返った会議室を見回し、大統領は本来の議題を進行する。
「出来る限り早期にデフコンを下げたいのだが、具体的プランは何かあるかね。議長?」
合衆国全四軍を統括する最高責任者、第十二代統合参謀本部議長ウィリアム・マレン陸軍大将は、内心本当に面倒な時期に
「第一に言える事は、交渉でしょうな。そこは国務省の管轄ですが、我が軍としてはここで引くと、ロシアに誤ったメッセージを送りかねない。と考えます」
これは軍人なら当然の意見だろう。軍隊の撤退=平和ではない。それは歴史が証明している。
「かといって、今の状態が長引けば、第三次世界大戦に突入する可能性は十分にありますな。そこで空軍からの提案ですが、まずロシアの主要な対空監視レーダー全てにハッキングを仕掛け無力化。時間はもって四〇分と試算していますが、この隙を突いて……」
「まてまて。待ってくれ議長。それでは逆に大戦を誘発しかねないのでは?」
「これでもかなりマイルドな対応です。シリアスに説明しましょうかね?」
議場が凍りついた。空軍の将軍は鼻で笑っている。
「HAHAHA.冗談です。ジョークですよ。ですが、プランとして考える必要のある例とご理解下さい。それでは陸軍の提案ですが――」
合衆国陸軍参謀総長 チック・マーシャル 陸軍大将
「議長。その件については私から直に説明します」
彼はマレン議長の後輩だ。封書から幾つかの写真を取り出す。
「では報告から、今回のサラエボ奪還作戦失敗の一要因である物理的な兵の不足ですが、現状では州軍を送れるレベルのフィールドではありません。無駄死にさせるだけです」
「それは理解している。で、今後の大局的打開策は?」
「陸軍としては、このまま全面戦争を持さず……です。余りにも多くの兵が死にすぎた。世論の爆発も近い。政権支持率や戦死者遺族の心情も鑑みて判断す」
すかさず大統領補佐官が激を飛ばす。
「将軍! 復讐心で戦争を起こすと? それに文官統制を厳守して頂きたい。軍は政治をする必要は無いのだから。貴方は支持率など気にせずに行動して頂きたい」
これは失礼したと、ジェスチャーで答えるチック。
「ルーシー、今はいい。だが、それでは陸軍は空軍のプランに乗ると?」
無言の返答。大統領は彼の眼が怒りで煮えたぎっているのを理解した。それはそうだ。75thレンジャー一個中隊を失い。あまつさえ81空挺までもが大損害を受けたのだから。
「……海軍はどうなんだ?」
合衆国海軍作戦部長 ロバート・モーラー 海軍大将。
限りなく親日派に近い知日派の彼が居なければ、日本の――、特に海軍の再建許可は出せなかっただろう。日本海軍艦隊派と米日防衛産業との取り持ち、すり合せが成功したのも彼の手腕だ。今現在は、第二艦隊と欧州連合艦隊との調整にその手腕を発揮している。なんとか妙案を出してくれると良いが。
「我々としては、平和的プランであるなら、第二艦隊を主軸として空母打撃群を擁した海上封鎖による砲艦外交。攻勢に出るのであれば、ほぼ空軍のプランと同じになります。今のところロシア黒海艦隊に動きは見られません。事前通告し、戦略原潜から黒海中央への核攻撃も脅しとしては一定の効果が見込めますが、国際世論の反発は必死です。特に、実行すれば日本からの支援が難しくなる可能性があります」
もう少し期待していたが、確かに今は情報が足りん。彼の口から「情報不足」という単語が出なかっただけでもありがたいが……しかし難しいな。なるべくなら強制外交はやりたくない。
「――、では海兵隊は?」
合衆国海兵隊総司令官 カール・B・ベイト 大将。
彼は絵に描いた理想的な海兵隊員だ。そんな彼からは、やはり絵に描いた様な解り切った答えが返ってきた。徹底抗戦。視界に入るものは全て破壊撃滅。通った後には死体しか残らない。綺麗サッパリ片付けてご覧に入れます。と断言した。私は大きくため息をつき、周囲を見渡す。
「それは最後に取っておこう。ダグラス君、空軍の君から何か直に意見は無いのかね?」
合衆国空軍参謀長 ラリー・ダグラス 大将。
空軍知日派筆頭だが親日家ではない。今回のエンジン技術提供やライトニングⅡの値下げに最後まで反対し続けたリアリストだ。それに、彼の派閥には危険な佐官が多く存在すると聞く。簡単に言えばタカ派という訳だ。彼の派閥の徹底抗戦により、空自のみ陸海と異なり軍化するのが三年遅れてしまった。お陰で今でも向こうの三軍は仲が悪い。大方は前大統領の所為だが。
「それでは僭越ながら少し。我が空軍が、制空権奪取不可能な地域がこの地球上に存在しない事は、大統領閣下。貴方も十分に理解している筈です。ただやるなら速い方が良い。それは間違いありません。しかしながら我が軍のステルス爆撃機を全て使用しても、ロシアの核戦力全ての無力化は不可能です。なので、海軍と協同で奴らのレドーム全てを無力化。その後NATOの使える戦力全てを使いモスクワ軍管区の軍事施設を片端から全て破壊しつくします。万一、打ち漏らした弾道ミサイルには、AL-2B戦略レーザー迎撃システムを使用しこれを無力化。開始から終了まで三時間と試算しています」
報復として、ICBMかSLBMか、何かしらの核ミサイルが発射されるのはさも当然のように話すダグラス。どうでもいいが、彼は何故か旧ソ連時代の軍管区で説明する癖がある。
「皆、ちょっと待ってくれ。それでは全軍が全面戦争を望んでいると? 冗談はよしてくれ。私はあくまでも出来る限り、丸く事を収めたい。勿論、アメリカ大統領としてだ」
沈黙――か、これは良くない兆候だ。ことホワイトハウスではな。
「ロシアとのホットラインが何故不通になったのか、まだ解らないのか?」
まだニューヨークの国連本部にはロシア人スタッフが大勢居る。それを考えると、彼らは事情を知らない可能性がある。我が国に宣戦布告するなら一部を残して、ほぼ全員を本国へ招集する筈だ。何より在ロシア大使館員と正常に連絡が取れるのも奇妙だ。
「閣下。それについては国務省も少なからず懸念している事でして、現在CIAと国土安全保障省が協同で――」
この場に居ない国務長官に代わって、慌ててフォローを入れたがこの時、大統領補佐官ルーシー・マグワイヤは長年の経験から、もう数秒後に、彼の堪忍袋が切れるのを察した。
「少なからずだと!? 我が国の情報網はいったいどうなっているんだ!? 幾ら税金を注ぎ込んだと思っている!? いや、何人死んだと思っている!? 何故この状況を回避できなかった! もういい加減にしてくれ!!」
テーブルに拳を叩きつけ、とうとう大統領がキレた。
「君ら軍人は戦争で勝てばそれで良いかもしれん! 実際本気で戦えば負ける訳が無いんだからな! だが私の、政治家としての立場も少しは考えてくれ! 仮に世界大戦を起こして、戦後処理はどうなる!? それでも世界はアメリカを偉大な国だと言ってくれるか!? そんな訳ないだろう! WWⅢを引き起こした暴君として歴史に刻まれるだけだ!!」
少し、休んだ方がよさそうね。彼はもう何日もろくに寝ていない。先月の独立記念日休暇も無しといって差し支えないスケジュール密度だったのだから。
「皆さん。一息入れましょう。丁度、ランチタイムも近い」
「さっきは少し子供じみていたかな。大統領は相当に疲れている」
喫煙所でタバコを飲む三名。議長と海兵隊のカールはペンタゴンへ帰った。
「彼は無能ではないが、若干キレが悪い。そういう意味では、前の大統領は良かったな」
「冗談は止めてくれラリー。あれで何人が死んだと思っている? 思い出したくも無い」
前の大統領はハーグに収監されてもおかしくない様な破綻者だった。あんな者が自分の上に居たかと思うとゾッとする。当時の参謀議長はNSCから外された上、胃潰瘍で倒れたしなぁ。全ての発端は二〇二〇年一二月のクリスマス。前任者が上手くさばけば、東アジア核大戦は間違いなく防げたが、過ぎた事だ。その代償として、日本には頭が上がらなくなった訳だが。
昼食
「食事の味が薄いな。美味しいのだが、疲れているのだろうか?」
申し訳ありませんと、シェフが謝罪するが、すまない。ちょっと疲れている様だとフォローを入れる。
「とても美味しいよ。ただ年の所為か、味覚がね」
「ならディナーは和食をベースにして、消化が良く、少し濃い目の味付けに致しましょう」
「それは楽しみだ。ありがとう」
第四十六代アメリカ合衆国大統領エドガー・ヴィンゲルは、平和主義者だった。本来、合衆国大統領とはタカ派が国民の支持を得やすい傾向にある。前大統領が良い例だろう。お陰で現在、世界は核兵器使用が完全に合法化、常態化しつつある。故にこの会議でも、信じられない事にセルビア核弾頭使用の件について殆ど話題は出なかった。
「さぁ。腹ごしらえもすんだし、執務室で書類整備だ」
彼は席を立ち、書斎を抜け執務室へと向かう。
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