十二節
事前会談。或いは協議、要望事項 セシリア・シルバーマン大佐の憂鬱
場所 アメリカ合衆国 ワシントンD・C 二〇三〇年七月某日
書類が舞い荒れ狂うデスク。怒鳴り散らし、飛び散るドーナツ混じりの唾液。それを一身に浴びる私。彼はご乱心だ。まぁ理由はハッキリしているし、普段は紳士でセクハラも無いので我慢しよう。全てクソイワンの所為だ。つい先日ボスニアで行われた市街地戦。ほぼ完全な布陣で行われた本作戦は見事に失敗した。何がほぼかと言うと、大規模な空爆を実施する事が不可能だったからだ。理由は土地柄にある。観光資源に成り下がった歴史ある建造物群。我がステイツが建国されるより以前からあるそれら文化財を破壊する訳にはいかないと。正直知った事ではないが、本作戦の下準備として実施されたベオグラード夜間爆撃において、世界遺産、それも教会を吹き飛ばしてしまった事が尾を引いた形だ。だが、誤爆したのはフランスであって我々ではない。クソガエルが。ともかく。十分な航空支援を行えず大損害を出し。撤退まで追い込まれたのはクソ大統領の所為であって、目の前のクソ小太りはさして関係ない。完全に制空権が取れていない状況で
現場の兵士は無駄死にだ。82空挺を始め、72thレンジャーやNATO各国の兵は最後まで奮戦したが、今度は戦車と歩兵が足りなかった。人件費節約のクソ副作用だ。
「コーヒーでも煎れましょうか」
ああ。煎れてくれ。砂糖たっぷりでな! と怒鳴り散らす。大佐の私がお茶酌みか、まぁいい。自分で蒔いた種だ。コーヒーを飲んでようやく落ち着いたクソ小太り。当たり前だ。この私がクソ丁寧に丹精こめて豆から挽いたクソ最高級なコーヒーに文句がある奴は大統領でも殺す。絶対殺す。この時代、地球環境悪化はクソアジア大戦の影響か、二十世紀後半の予想以上にクソ進行し、世界的に寒暖の差がクソ大きくなっている。夏は極端にクソ暑く。冬は極端にクソ寒い。来年はもっと酷くなり氷河期が到来するとかどうとか。私は戦況より、南米のコーヒー農家の行く末の方が遥かに心配だった。
「いったい何人死んだ? 遺族への補償金だけで世界大戦が起こせるぞ!」
実際そんな訳ないのだが、現代戦では人権が最大の障害である事は間違いない。だがそもそも、軍人とは死ぬ事も業務内容に含まれているのだ。死ぬたびにカネを支払う理由が、私には理解できない。国の為に戦い死ぬ。得られるのは永遠不動の名誉。それで十分じゃないか。
「では。私は会談の方へ行きますので。何かあればメールを」
小太りは何か言いたそうだったが、こっちも時間が押している。ジャップは時間に煩い。折角、それなりの兵力を我々に借款してくれるのだ。見返りのエンジン技術提供の書類も用意しなくてはならない。面倒な話――。事務次官級会談に何故私が出席せねばならんのだ。それは隠れ蓑なんだろうが、理解に苦しむね。早く前線に戻りたい。
会議室にはブービーで登場。こちら側のクソ役人は遅れた私に内心怒り心頭の表情だが、サルどもはにこやかだ。腹立たしい。何もかもが。私は簡単な謝意を伝え、クソ役人どもの目線を無視し座席に座る。会議での私の役目は単純明快だ。サルどもに現地の様子を包み隠さずレクチャーする事。もう一つは、航空機用エンジンの図面を軍人である私から直接手渡しする。これはポーズも兼ねる。こんな事は前例がない筈だ。まぁそんな事はいい。向こうは国防次官二名に三軍の将官がそれぞれ一名か、驚く事に全員が大将だ。本国をカラにしても大丈夫なのか? あぁ、敵が消えたんだったか。軍隊モドキ三名は私の階級が大佐である事に不満なようだ。それも軍からは一名だけの出席。女という理由で不満なのなら全員殺す必ずだ。
役人共が私の経歴を説明した途端、不満げな表情が消えた。チクショウめ。憎たらしい。そもそも、私はこの会議にお呼びじゃない。本来の予定では此方も大将を据える筈だった。が、先日の作戦失敗をクソ大統領にクソ懇切丁寧にクソ説明するため。本日はお休み。スケジュールの都合上。会談日程は今日しか無いので、現場を知る私が、いやクソ暇している私が呼ばれたのだ。大将が無理なら中将でも少将でも良いだろうが、クソ共め。肝心の陸軍やサポートに回った海兵隊の将官どもも同じく大統領の尻拭いに躍起になっている。世界大戦前夜? 知った事ではない。起こせるものなら起こしてみろ。
当たり障り無い会話の後、いよいよ話は本題に入った。私は状況説明を求められる。だから任務通り、包み隠さず全て教えてやった。話すにつれ青ざめるジャップの表情。こちらの役人どもも「そこまで教える許可が出ているのか?」といった表情だ。教えなきゃなにも始まらないだろうに。まぁいい。私は私の話を始めるだけだ。まず過去のデータなんぞ当てにならない事を伝える。
もし日本が今までと同じ感覚で部隊を派遣する気なら、残念だが大勢死人が出るだろう。ミリ単位で綺麗に野営地を構築する技術やサーカスの如き砲術、異常な程に型にはまり過ぎた各種技能は戦地ではクソの役にも立たないし、こちらには守ってやる兵力も無い事をクソ丁寧に伝えた。更に先日の作戦が見事失敗した件。クソイワンと全面戦争になる。つまり世界大戦になる可能性が高い旨を話したところで、こちらのクソ役人が遂にキレた。いや。よく今まで我慢したよホントにクソッタレが、止めるなら「ミリ単位で」の辺りで止めとけクソが。両手で手を挙げ降参のポーズをした後、アタッシュケースから例の図面を出す。エアーモンキーの目の色が変わった。そうだろう。お前はこれが欲しいのだ。アメリカから機密をとうとう引き出した英雄として、精々チヤホヤされるがいい。
「おめでとうございます大将。これでライセンス生産費が浮きますね」
場が凍りついた。だから本音で語らないと、ねぇ?
会議終了後。国務省のクソ役人から、この件は後日厳重に抗議する。だとよ。見栄やクソのようなプライドは戦時下において判断を曇らすだけだというのに。身内のバカに比べ、あのアーミーの将官は話がわかった様だ。会議終了後に立ち話をしたが、要点を押さえた、いい質問ばかりだった。まぁそれなりの日本人なのだろう。
他は駄目だ。エアフォースはとにかくエンジン図面にしか興味が無い様子だったし、ネイビーは最終的に他人事といった表情だった。クソ猿どもが。
見返りのエンジン図面だが、こいつはステイツが誇るF‐22ラプターのエンジンだ。時期主力戦闘機をどうしても完全国産路線でいきたい日本。今回のセルビア派兵の確約により得られた報酬。他にも幾つか有るのだが、安いものだ。今日はあのマトモな将官と出合った以外にろくな収穫が無かった。名はなんと言ったか。そうだサガタ――。ツトム・サガタ。アストロボーイと似ているので覚えやすい。それにしても、今回のロシアの自身は何処から来る? それが分からない。まさかとは思うが……。
軍人と言うものは、常に最悪の事態を想定して動かねばならない。万が一にもロシアの航空機開発能力が西側を超えていたら、それも大幅に超えていたら。もう手加減が出来なくなる。
♢♢♢
会談終了後の何気ない雑談。あれは恐ろしかった。あんな将校が我が軍にも必要だ。あまり多すぎても困るが。ある程度は欲しい。今の日防軍にはリアリストが少ない。結局、自衛隊時代から何も変わっていないのが現状だ。今回の件にしろ現実を見ていない連中が多すぎる。どんなに対策を講じても、
核だぞ――。六発もの核弾頭が炸裂した地域に兵を送り出すという事が、何を意味するか理解していない。正直、隊員を派遣したくないというのが本音だ。今の我が軍の情勢では耐えられない。海空はまだ良い。以前から能力は折り紙つきだし、実戦経験もある――。だが陸は駄目だ。少なくとも近代的な市街地戦を戦う能力はまだ無い。旧態依然の火砲重視の野戦であればそれなりに戦える。北海道に類似した地形であれば戦車戦も十分に可能だが、市街地戦だけは厳しい。未だに大半の兵は89式を使用しているし、けん銃も全員に行き渡っていない。特戦群かRCFの一部にはそれなりの戦闘能力は備わっている。一次派遣は彼らで良い。だが二次三次はどうする? ろくに戦えもしない兵を送り込む羽目になるのは明白だ――。総理は私の助言など聞かんだろうな。統合参謀総長があのざまではね。本来、陸軍に関しては、私の意見が優先されるのだが……。
現在その職に就いている人間は佐賀田も良く知る人間である。無能ではないが能力は微妙だ。防大主席卒と言えば聞こえがいいが、基本的に総理は統合参謀総長の意見を元に行動するので、ここが無能なら国が危ない。ペーパー試験で、人間の能力は図れるものではないのだから。
曲芸の話は痺れた。確かにその通り。幾ら個々の兵器性能が高くとも、数を揃えられなければ意味が無い。旧軍はそれで滅んだ。
経験などしてもいないのに、伝統とは良いものも悪いものも、一色単に引き継いでしまう。
「最も名誉ある職業が、日本では全く理解されない。どうしてだと思う」
運転手ははぶらかし、何も答えなかった。お前も軍人だろうに……これが日本だ。
帰国後、私は苦肉の策として市街地レンジャー課程なる意味不明なMOSを造った。米軍から購入した最新の市街地戦マニュアルを、一ヶ月で詰め込む荒業。本当は三ヶ月欲しかったが、私の権限を最大限使い今後海外派遣される部隊は全員これを取得させる事を義務付ける。一〇〇キロ以上の長距離行軍に耐える体力は、隊員に自信を持たせる為には必要だが、短期決戦原則の市街地戦で真に必要とされるのは、入組んだ市街地を駆け抜ける瞬発力と瞬時に敵味方を見分ける判断能力だ。
塹壕掘りなど教育隊で数回体験させれば十分。近代戦では人力で掘れる塹壕など一瞬で吹き飛ぶ。徐々に変わりつつあるが、今の軍にはとにかく無駄な
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