十一節
遭遇
場所 ボスニア・ヘルツェコビナ 首都サラエボ郊外 二〇三〇年七月三〇日
我々75thレンジャーが現地入りしてから既に十六日目。状況は芳しくない。民兵の質が変わってきた。明らかに相当の訓練を受けた正規軍と入れ替わっている。任務の性質は、既に治安維持の範疇を超えつつあった。これはもう戦争だ。 各国の兵士が持ち回りでパトロール小隊を編成し、市内の極一部を巡回しているが出動毎一〇〇%襲撃を受け、誰かしらが負傷して帰ってくる。敵はもはや民兵ではない。そんな事実は司令部も理解している。コソボまで入り込んだフランス隊が全滅してから一ヶ月。交戦規定は大幅に見直されたが、ここは本格的航空支援が連日必要なほどに状況が悪化している。だが、ある理由から、それは出来ない。
また負傷者が出た。イタリア隊だ――。気の毒に、彼らは顔も見た事がないであろうコソボ治安維持部隊司令官の尻拭いをさせられている。
フランス外人部隊壊滅の要因を作ったとして、本人は更迭されたがそれで済ますには死人が出すぎた。ここにも外人部隊は派遣されている。少しでも反感を減らすためか、イタリア隊のローテーションは他部隊より三回多い。それがそのまま、彼等の損耗率に反映される。
だがこのクソッタレなパトロールから得られた収穫もある。レンジャーが実施した最初のパトロールで、見てしまったのだ。ロシア兵を……あれは明らかにセルビア軍でもスプルスカ共和国軍(VRS)でもない。ましてや民兵でもない。装備を見れば瞭然、ロシア最新の歩兵装備とは、我々西側と同じ物なのだから。
それを装備し、
何にせよレンジャーも舐められたものだ。そこで兼ねてより企画されていた攻勢作戦が実施される。予定されるこの作戦戦果を確実なものにする為、我々は二週間我慢した。本来なら我々レンジャー到着と同時に実施される予定だった作戦だ。遅すぎる。
セルビア側も背景にロシア軍が居る事を明確に宣伝してから一斉攻勢に出たかった。それは間違いない。だが我々がロシア軍を早期に発見した事により、少なくとも大規模攻勢を押さえ込む事には成功したと推測される。
つまり、セルビア側の準備が整う前に、そのバックボーン。パトロンが誰なのかが我々にばれてしまったと言う訳だ。これは、あくまでも我々NATOと同じく治安維持名目で展開していると主張しているロシア側の嘘がばれた瞬間でもあった。我々に発見された事、それ自体は完全に向こう側のミスだ。奴等にとってまだ時期が早かったのだろう。あそこはロシア兵が居る筈の無い。居てはいけない地域だったのだから。
レンジャーワッペンを見た時の、奴らの顔を思い出すと今でも笑いが止まらない。レンジャーの派遣を察知できなかったらしい。それはそうだろうなぁ。なんと言っても今回は、足を犠牲にしてドイツから二日もかけて来たのだから。
通常――。我々の様な半特殊部隊は、本気を出せば十二時間で世界の何処にでも行ける。機動力重視、故に重たい装備は何も持っていない。そんな我々が、足を犠牲にしてトロトロと二日もかけてここまで来たのには訳がある。欺瞞工作だ。そして成功した。ざまぁみやがれ。
このロシア兵の存在を眼で確認できたグッドニュースにより情報部の予算も潤沢になり、ロシアの協定違反を名目に、UAVによる現地調査も十分に行われた。そして少なくとも今現在、サラエボ市内西側半分にロシア軍らしき影は見えない。チャンスは今しかない。のだが……、少しだけ人権の問題がある。
民間人か兵士か区別がつかない連中への攻撃は非常に難しいが、その見分けがつかない事を理由に、空爆を実施する大義名分を得る事も出来る。かつてのベトナム戦争、アフガニスタン戦争が良い例だ。民兵か、正規軍か、民間人か区別がつかない場合。非情だが、自国兵士の命を守る為に、怪しいと感じるものは人間、建造物を問わず全てを爆撃する。
が、今回の場合は民兵はもう消えている。なら、問答無用で爆撃しても良いんじゃないのか? と感じるが、実際そうもいかない。それがある理由。原因はは二つある。
第一の理由――。やってしまえばロシア兵に被害が出る可能性がある。ファーストコンタクト以降、姿こそ消えたが撤退した保証は何処にもない。西側部隊が、特にアメリカが直接ロシア軍を攻撃すればどうなるか、子供でもわかる。彼らが我々に発砲しなかったのも、我々と同じ理由だ――。ロシア兵が我々に直接手を出せばどうなるか、彼らも同じように理解している。
第二の理由は、少し前のフランス空軍のミスだが、こういった事はよくある。彼らを責めても仕方がない。
暫くたち、上層部はロシア兵が前線に出る可能性は皆無と判断した。本国では大統領の英断などと言われている様だが、たまったもんじゃない。遅すぎる。大方クレムリンの連中と話が纏まった――。ただそれだけの事だろう。向こうもバカじゃない。我々が攻勢に出る日程はおよそ把握されているに決まっている。かつての冷戦宜しく、西側半分を明け渡し分割統治しようとの腹積もりに違いない。スマートじゃない方法だが、双方の面子を立てるには丁度いい。
ここまで来ると先般、散見されたロシア兵に配慮する必要は無い。連中も我々の射程内に入ってくる様なドジはしない。治安維持が嘘だった事がばれたのなら、今度は観戦武官。それに過ぎないというスタンスに切り替えたと考えるのが普通だ。
セルビア軍に関しては、先週に行われた海軍のベオグラード強行爆撃が予想以上に効果を挙げた。現に、奴らセルビア人にとって聖地とも言えるサラエボでこの有様だ。我々も疲れているが向こうも疲れている。だが、敵の兵力は少なくは無い。あくまでサラエボから我々を追い出す戦力が無いだけであって、現状維持程度の戦力は確実に存在する。一個師団規模の部隊が確実にサラエボに陣取っている。VRS気取りのクソ共が眼前に居る。
そして連中は決してサラエボを放棄しない。だからこそこのタイミングでの、少し遅くなったが本作戦成功が、今後の鍵を握る。いわゆる『Dデイ』
「出発だ」
私は先発隊の指揮官。派遣仕様の
初期爆撃は洋上からのタクティカル・トマホークによる拠点の破壊。これには通信施設、対空レーダー及び随伴するランチャーや対空機関砲、各種装甲車両が攻撃対象に含まれている。空母艦載機によるGPS誘導弾を使用した制圧爆撃も予定されたが、住宅地や高層ビルが多過ぎる為、これは却下された。空軍のB‐1ランサー戦略爆撃機による
国際戦時法では降下中の空挺兵への攻撃は禁止されている――が、守るわけがない。そんなお人好しの国は、多分日本位だろう。
アパッチを含むヘリコプター部隊は、作戦開始より常に行動を共にし、各国の即応部隊も似通った編成で市内に流れ込む手はずだ。
晴天。何も問題は無い。あっという間に市街地。間もなく突入する。
数キロ先に旧政府庁舎が見える。資料によれば全面ガラス張りとの事だったが、全て破壊され、かつての面影はない。
「間違っても空港への幹線道路には近づくなよ。あそこは地雷原だからな。あくまで普段とおりのルートを厳守。敵は発砲を受け次第全て撃滅し進行する」
この任務に選ばれた事を誇りに思う。結果次第ではサラエボを完全に制圧出来るかもしれない。大規模な市街地戦闘が予想されるが、致し方ない犠牲として後世に記録される程度で終わるだろう。俺たちはそれで良いんだ。全てはステイツの為に。
数十発のトマホーク、ドローンからのピンポイント爆撃が同時着弾する。
「予想通りだな。初期爆撃で既に目標の九割がスクラップだ」
ラップトップ端末で戦況を確認。予定調和な戦果に満足する。こうなった場合、我々の仕事は白兵戦に近いものになる。つまり敵歩兵戦力の撃滅。古き良き戦争の基本だが、そんなものは教本の中だけで十分。我々はワンサイドゲームを望んでいる。そこで地上での無人兵器――。UGVの登場だ。この分野は空のUAVに比べ開発が遅れた。地上は空よりも複雑だ。障害物やトラップ、兵士と民間人の選別はより困難となり、完全無人で直接機械が人間を殺すという論理的問題も孕む。UAVも同じだがね。その為、当初は爆弾処理や建造物内のクリアリングに使用する警察機関向けの小型の物が主流だった。今回の様なGPSを搭載し、半全自動で動く本格的な無人戦闘車輌の使用はこれが世界初だろう。
何故遅れたのか? 恐らく映画の影響だ――。例のアレ、反乱したAIが世界を滅ぼすってやつ。まぁそれは無いだろうが、上層部には戦争は人間がするものという考えが根強く残っている。特に戦場で最終の決を下す存在は歩兵なのだ。それを考えると、機械を良く思わない考えも理解できなくもない。
今回使用するUGVは用廃となったハンビーを改修したもので、三〇口径のミニガンを一基。精密射撃用にM2HMGが一基。六〇ミリ迫撃砲ユニットが一基。こいつは上空飛び交うドローンとリンクし、攻撃範囲三六〇度、三五〇〇メートル圏内全ての範囲を射程に納める。壁の向こうの見えない敵もイチコロだ。RPG対策にも抜かりない、APS完備。当然、発煙弾も。
因みにパーソナルネームはローズ1。洒落た名前だろう? まずはコイツを先行させる。
先行させてから数分でローズ1の熱動体センサーに感。地上戦闘が始まる。機械の能力は恐ろしい。コントロール画面には戦闘開始一三〇秒で、十二名殺害と表示されている。いずれ人間が不要になる世界が来る事を暗示しているようだ。現在の設定は、GPSを使用し勝手に走り回ってとにかく敵を殺しつつかく乱させる――。敵にとっては悪夢の様な設定となる。我々NATOはヘルメットに付けられた
さて、まだ時間的猶予はあるが、四〇分以内に空挺部隊の降下ポイントを確保したい。今のところ負傷者ゼロ、順調だ。すでに何人かのセルビア兵を葬ったが、肩のワッペンは、今のところ全員がVRSのものだ。
「しかし敵の抵抗が鈍いな」
予想していたより遥かに小規模の戦闘だ。
だが経験から言って、これは待ち構えているパターン。この先の住宅街に確実に潜んでいる。
「本部へ連絡。住宅街への攻撃許可を申請」通信兵に告げる。
ここに住んでいたアルバニア人達はとっくに疎開している。現に住宅街といっても殆ど廃墟。大半の家屋は放火され、良くて半焼。八割以上焼けて全焼扱いになったものが殆どだ。通常なら一々許可を求める程の障害ではないが、民間人の退避が確実なのかどうかの確認もかね、許可を求める。一瞬で許可が出た。私はC4Iシステムを駆使した手元の通信機で、上空に待機中のA‐10パイロットに爆撃要請を出した。一分も経たない内に、目の前のゴーストタウンは焼け爛れた更地となった。呻き声がそこかしこから聞こえる。やはりかなりの人員をここに貼り付けていたらしい。同情の余地は無い。VRSは半分犯罪者集団だ。
「ふむ。大分見通しが良くなったな。ローズ1をディフェンスモードに」
何処からともなく現われ、まるで大型犬のようにそばに寄り添う。弾痕だらけのボディだが機能に支障は無いようだ。よしよし。何人殺したんだとモニターを確認する。
「あー。これマジか? 二六五名だと」
周囲から歓声が上がるが、水増ししてないよな。まぁ識別センサーは日本製だしな。それにこれだけ殺して残弾は五割以上残っている。FCSの性能は相当なものだ。喜びも束の間、MMPVから警告音。
「RPG!」
叫ぶ。伏せる。様子見る。これ基本。ローズ1のAPSが、敵RPGから射出された旧式対戦車弾頭を迎撃。再び上がる歓声と銃声。RPG発射地点に火線を集中させる。
「まだいるぞ! 隊列を延ばして応戦しろ! 敵に休む暇を与えるな!」
本部に連絡――。ほぼ全ての障害を排除。懸念された戦車との接触は無く、トマホークが撃ち漏らした対空砲ももう無いと伝える。すると〝十五分後に82空挺が降下開始。合流後、全兵力を持って市内中央へ向け進撃せよ〟との命令。
「それを待ってたぜ……最高だな」
とつぶやいた直後に真横に立っていた通信兵が倒れた。迂闊だった。ミスだ。すべて私のミスだ。私はあらん限りの声でスナイパーと叫んだ。全員が車輌の陰に隠れる。
「クソがっ! アンテナを!」
的が居なくなった途端にこれだ。車輌のアンテナを狙いだした。古い手口だが戦意を削ぐには良い判断。しかし、アンテナは飾りでしかない。制空権は我々にある。そこかしこに中継機が飛び回っているこの戦場ではなんの問題も無い。
「軍曹! ヘッドカウント!」
十五名と返答。今のところ犠牲は通信兵一人。クソ。腹立たしい。銃声の方角は解っているが今頭を上げるのは無理だ。私はローズ1を強制的に選別射撃モードに切り替え、スナイパーを探せと命令した。一〇秒もたたない内に、ローズ1は迫撃砲弾を三発発射。後にM2を単発で六発発砲。この情報は即座に後方司令部へ転送された。無人兵装システムが対スナイパー戦を展開中と。そして情報は遥か上空の静止衛星で電子処理され。該当地域に展開している全ての部隊、その母国語に変換され送信、伝えられる。当然、上空の攻撃ヘリもこれを受信した。これが、米軍が世界最強たるゆえん。絶対的な情報網。進化し続けたC4Iデータリンクシステムの今の形だ。
付近のアパッチがスナイパーの炙り出しに参加。あれの眼から逃れる事は実質不可能だ。そしてスナイパーというものは、こうまでしてでも殺さなければならない程、戦場では危険な存在でもある。
「全員乗車。急げ」
スモークを炊いて全員を乗車させるが、住宅街を破壊したのが裏目に出た。まともな遮蔽物が残っていない。ここは走り抜ける。完全防弾だ。敵の銃が対物ライフルじゃないのは死んだ通信兵を見れば解る。問題ない。幸い走り抜ける予定の住宅街の向こうは駅ビルだ。放棄された列車も含め、遮蔽物は幾らでもある。後続の小隊が到着すれば何の問題も無い。放置された列車、この状況であそこに兵を忍ばせる意味が無い。だが車内はトラップトレインかもしれんので中には入らないが、その奥の駅ビルは非常に怪しいので再びA‐10に支援要請――が、連絡が無い。繋がらない。ECMを疑ったが妨害を受けている形跡が無い。だがこんな事は良くある。故障だ。所詮機械というだけの話。空挺降下までもう時間が無い。彼らの降下を待つか? どうする。
「よし降下と同時に住宅地を車で駆け抜ける。布陣は最初と同じで行く三号車は残って遺体を引き渡した後、合流。一気に攻め込むぞ」
敵が空挺降下に眼を奪われている隙を突く。原始的だが少しは効果があるだろう。
「ボス! 82が来ます! スリーオクロック!」
無線で軍曹が叫ぶ。
来た来た来たっ! 三時の方角から馬鹿でかい輸送機(キャリアー)が二五〇メートルの低空でやって来た。さぁ早くゴツイ天使をケツからたんまりひり出すんだ。
降下開始を確認。
「行くぞ!」
エンジンフルスロットル。先発は愛しのローズ1。五〇マイル以上で突っ切る。駅まで残り半分――おや?
突然、視界が暗くなった。車輌横転。私の乗車している指揮車が落後した。幸い皆生きている。まぁ戦場では良くある話だ。この程度でレンジャーの意志は止められん!
当然IEDを疑ったが、二〇トンを超えるMMPVを横転させるとは――、恐らく大口径榴弾砲を利用した性質の悪いタイプのIEDだろうが、詳しく考察する余裕がなかった。何とか外に這い出すと眼前には墜落したアパッチ。
やられたのか。幸いこちら側に死人は出ていないが――、クソ。パイロットは無事か? 本部にアパッチ・ダウンと現在地を伝える。パイロット二名は戦死(KIA)を確認。首が折れている。
墜落したのはAH‐64Fヴァンガード・アパッチ。強襲に特化した新型機だ。これの生存性能は決して低くない。パイロットを保護する為の工夫が随所に施されている。
例えば、これは初期型からの伝統だがコックピットの真下にある30ミリチェーンガン。なぜこの位置に設置されているのか。それは墜落時のクッションとしての利用だ。
これは自動車が追突時、エンジンをわざと潰して、衝撃を吸収し運転手の生存性を上げるの同じ理屈。搭載武器さえも利用し、極限まで生存性能を高めている。
ロシアのハインドシリーズの生存性も低くは無いが、それと比べるも無い程の機体構造。コックピット周りは従来のセラミック装甲から、チタン合金に切り替えられている。二人の首が折れたのは、残酷だが運が無かったとしか言えない。
「くそっ。どうして上手くいかない?」
急いでシートベルトを切り、パイロットの遺体を引きずり出す。死者であっても、誰も置いていかないのが米軍の信条だ。その作業中、チュンと弾が近くをすり抜けた。まだスナイパーが居るのか? 咄嗟にアパッチの影に隠れる。部隊とほんの数ヤードだが分断された。今の音からして、弾丸は既に亜音速、相手が平均的な銃を使っているなら、概ね九〇〇メートル以上先から撃たれている。
ローズ1は命令通り。既に線路へと到着し周囲を警戒しているが発砲はしていない。彼女のセンサーをもってしても、スナイパーを発見できない様だ。二号車は我々の近くで周囲のを警戒しつつ、何人かのマークスマンが降車し、スナイパーを捜索。他にも敵が隠れていそうな遮蔽物に対しM2や軽機関銃を用いて牽制を加える。もう一輌、三号車は戦死者の回収の為、
若干だが面白くない状況……どうする? 今手元には情報端末が無い。横転した車の中だ。
「軍曹。状況は?」
余り良くないが、まだ巻き返せる範疇との返答。今はまずスナイパーが危険だ。私は指揮官だが自分ひとりの所為で隊を危険にさらすのは避けたい。軍曹に告げる。敵は自分が指揮官だと気が付いている。私が引き付けておくから居場所を探れと。しかし無線機のノイズが酷い。今になってECMか? セルビアに米軍の通信網にダメージを与える程のシステムが有るだろうか? やはりロシアか? だがそれでは出来レースとは言えない。約束と違う。嫌な予感がするが、ここで考えても埒が明かない。再び指示。
「AMBをこっちにも回してくれ。パイロットを回収したい」
駅ビルの奥へ空挺隊員が吸い込まれているのが見える。一先ず順調そうだが、また狙撃。いいぞ。もっと撃って来い! 撃てば撃つほど、位置を把握しやすい。コイツは私を狙っているが、今のところ空挺降下は順調そうだ。ホッとした矢先。突然軍曹が無線越しに怒鳴る。空挺の連中がおかしいと。何がおかしいんだ? 落ち着いて報告しろと命令する。
どんどん死人が出ているとの回答。このC4Iシステムは友軍の心拍数――。バイタルをモニターしているので、死者が出れば直ぐに分かる。
これに限っては米軍のみの仕様だ。他国も類似のシステムを持っているが、この規格だけは、政治的理由によりNATOの統一規格にならなかった。理由は単純。どの国も自国兵士以外の命は守りたくない。負担が増えるから。
しかし死人が大勢出ている? 対空砲はあらかた破壊した現に発砲していない。妙だ。機体の陰からチラ見する。とたんにまたスナイパーから発砲。
「クソ! 釘付けにするきか」
今見た限りでは何も解らない。だが予想は出来る。これは単純な兵力不足――そんな考えが頭をよぎった。今回のこの攻勢はギリギリの人数。本来なら倍は欲しいが、ロシアに米軍はこの程度の兵力でここの奪取が可能。そうアピールする為にギリギリの要員しか用意していない。そんな中、敵新型戦車発見の報が入る。新型、であるなら大して珍しくも無い。我々も多数の新型を実験感覚で使用しているが、この新型は性能が異常らしい。ドイツ軍のレオパルドで歯が立たない。不味い――対空戦闘能力も高いようだ。主砲でヘリを撃ち落しやがった。
「クソ――少しでも新型の情報を……」
私は敵の新型戦車をヘルメットカメラで撮影し、出来うる限りの情報を本部へ送り続けた。当然、少し身を乗り出した。だから狙撃され、今に至る。プレートの隙間を抜かれた。多分、フレイルチェストだ。一人で処置するのは難しい。
案の定……皆死んだようだ。私だけ生き残った。ローズ1は新型タンクに勇猛果敢に挑んだが、アッサリ破壊された様だ。寒い。任務を遂行せねば、戦死した皆の家族へ手紙を出さなければ。最初に撃たれた通信士は回収されたか? 三号車は無事か? アパッチのパイロットは? そんな事を考え。どれほど時間がたっただろうか――、空が暗い。何か近づいて来る。もう殆ど眼が見えないが、それが子供だと理解でき、身の丈に合わない長い銃を担いでいるのも何となく解った。
「君が、スナイパーか」
返事は無い。拳銃を抜きこちらに向ける。
「いいさ。撃てば良い。だが、俺で最後にしなさ――」
耳鳴り――。キーンという耳鳴りと、頭部の鈍痛。それが、私が最後に経験した感覚だった。
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