十節

 少女と体力き章


 状況は芳しくない。薙雲は既に腕を三回切られている。幸い防護衣を着用していたおかげで動脈はそれたが、腱や神経を狙っているのは明らかだ。

 なんだこの子。システマか? 動きはシステマに近い。まいったなこりゃ。

 実際、薙雲は焦っていた。相手が未成年で本気を出せないというのもあるが、少女の動きは完全に訓練されたそれだった。少女の初動。右手にメス。そのまま薙雲の左脇を狙い突き上げる。薙雲はそれを両腕をクロスさせた状態で、自分の手首を相手の手首に叩きつけ止める。勿論、少女の運動エネルギーを薙雲からみて左側に流す事は必須だ。ど素人相手なら、これだけで凶器は手を離れ、身体は横転する。

 確実にメスは手を離れる―――。本来ならこれで終わるはずだった。


「――っ!?」


 だが少女は怯むどころか、薙雲の打撃による運動エネルギーを逆に利用し、左腕下をくぐり更に距離を詰めた。一連の動作の中で、薙雲は更に左上腕の内側を斬られた。

 この少女の予想外の行動により薙雲は一瞬だが意識が完全な軍人に切り替わり、少女の呼吸を一時的にストップさせる為、右ストライクを放つ。偶然にも薙雲自身、システマを嗜む程度に学んでいた。

 ロシアンアイキドーなどと称されるシステマには、決まった型は無く構えも無い。彼女が放ったストライクと呼ばれるシステマ特有の突きに予備動作は一切無く、空手やボクシングのそれとは異なり腕だけが飛んでいくイメージだ。これだけ聞けば、この突きには一見して何の威力もない様に思える。事実、ストライクとは全身が脱力した状態で放たれるにも拘らず、熟練者のそれは異常に重い。このシステマとは、他の軍隊術と違い人体の破壊を主眼に置いていない。勿論、ナイフ等を利用した殺傷のみに特化する技術も存在するが、それは相手の動きを制御、即ちコントロールした上の結果、殺せる状況へ相手を誘導したに過ぎない。相手を反撃不可能な状況へ誘導し、その上で好きに料理すれば良い。という理論。故に逮捕術等、警察向け、民間人用の護身向け技術も豊富に存在する。システマとは相手を相手の意図に反し、こちらの思う通りに操る技術の総称とも言えるのだ。なので決まった型が無い摩訶不思議まかふしぎな技術。


 今、薙雲が少女の呼吸を止める為に放ったとは、そういう意味での事だ。少女を傷つける事が第一目的ではない。その突きを、あろう事か少女は流れるように左手一本、肘を使ってクルリと受け流し、薙雲の右上腕を二度斬りつけ、それに飽き足らずそのまま頚動脈を狙ってきたのは冗談になく薙雲を驚かせた。咄嗟に体幹をずらし受け流す事に成功したが、あれが医療用メスでなくコンバットナイフの類だったら、薙雲の右腕は障害が残る程の深手を負っていただろう。そして今現在。少女と薙雲の間には四メートル程の距離がある。

 護身術の域を超えてる。子供……そう思わないほうが、良いの?


「本当に落ち着いて、私達は敵じゃない」


 せめて警棒でもあれば。いや、それさえ過剰だ。「敵じゃない」こう宣言したからには絶対に武器は使えない。徒手で望むしかないけど、相手は未成年で推定民間人……よね?

 軍人と言うものは、映画と違って汚いんだよ。その気になれば身近なもの全てを凶器に出来る。この状況ではそれも止む無しかもだけど、どう考えてもこの子は十五歳以下にしか見えない。日本では中学生。もっと幼くも見える――、本気にはなれない。病人だしなお更だけど。

 というか、さっきからなんか眠いな。


「いやぁ。もうこれしかないと思いまして。薙雲軍曹には申し訳ありませんが」


 突然に医官の女性が、どこと無く申し訳なさそうに、笑顔で語りだす。確か麻酔医の高橋中尉だったか。申し訳ないのはあなた方の練度で―――。いや、おかしい。マジで眠い。

 薙雲は高橋中尉が全身麻酔薬気化器の元栓を開けているのに気が付いた。


「なんて馬鹿な真似を!?」

「大丈夫。その子とあなたじゃ体重が違うから」


 クソっ。確かに少女の足が震えだしたが、この使い方は倫理的にどうなんだ?


「だからマスクを外すなと言った」

 医官の少佐が、それはそれは冷たく言い放つ。


「あっ。宮内さん」


 桜井は喫煙所で彼に声を掛ける。今回の一件での最大の功労者だ。元特殊作戦群。それも大陸帰りの彼は他とは一線を画く存在。勿論、今回の派遣には特選群上がりが彼以外にも沢山紛れ込んでいる。

 現職の連中は今はまだオーストリアにて待機中だが、多分嘘だろう。もう何かしてる筈だ。


「あれ。お前タバコ吸ったんけ?」


 宮内は気だるそうに尋ねる。


「タバコは止めた方がいいぞ。ウチが言ってもしゃあないけど」


 宮内は見た事のない銘柄のタバコを吸っていた。難民と物々交換した現地のタバコだそうだ。

 この人は直ぐにルールを破る。難民との、そういった接触は禁止されていたはず。


「薙雲を見ませんでしたか?」


 宮内が指差した先には、放射能粉塵下でも活動できる新型の野外手術車。


「さっきまでカカシみたいに突っ立てたんやがな。今は知らんよ」


 あまり気が乗らないが、一人で行くよりかは良いと思い俺は宮内2曹を見舞いに誘った。


「なんや。用があるんは薙雲じゃなくて女の子の方か」


 宮内は暫く考えた上でこれを承諾。見舞い品にとキャラメルを持っていく。とても食べれる状態とは思えないが。さっき医官二名が向かったらしい、もしかしたら目が覚めたのかもしれない。薙雲は中で女子トークに花を咲かせているかもしれない。


「むさい面子だけどしゃあないなぁ――。そうそう桜井。お前、なんでワイの命令無視したん?」


 二次被爆の件か。


「お前は若いんや。危ないのは年寄りに任しとき」

「お言葉ですが、わたしは広島生まれです。それに結局だいじ――」

「それは結果論だ。第一、広島生まれを言い訳にするんじゃない。あんま舐めてると死ぬぞ。お前も、周りも、だ」


 標準語が出るときは不機嫌な証。面倒な男。俺は特殊部隊というモノが嫌いだ。一見して華やかだし、ハリウッド映画では彼らはいつでもヒーロー。だが現実は違う。国益を盾にして非合法を合法へと変える彼らは、アンダーワールドの住人。日の光を浴びる権利など無い。とは言い過ぎかもしれないが、俺にとって特殊部隊とは、国際法破り常習な殺し屋のイメージしかない。


「雨が降りそうやね」


 東の空に雨雲。狸め、話題を逸らすのに天気の話をするのは昔からの常套手段だ。


「この国は星が綺麗や。東京じゃ観れへんロケーションやで。あの女の子が回復してたらBBQでもやるか」


 おいおい。雨の話はどうなったんだ? まぁ天幕の下でなら出来るか?

 呆れた桜井をよそに、テクテク歩く宮内。ため息をしたその時――。突然、宮内が中腰になり、ヒップホルスターからけん銃を抜いた。桜井は一瞬驚いたが、自身もレッグホルスターからけん銃を抜き、周囲を警戒する。宮内はギリギリまで銃を撃たない事で部内では有名だ。その彼が、告知無く抜いた。近くに何か脅威があるのだろうか? 桜井にも緊張が走る。


「宮内2曹?」


 宮内は険しい表情で手術車を凝視している。


「静かにし……聞こえないか?」


 耳を澄ます桜井。何も聞こえない。そんな桜井を他所に、宮内は中腰姿勢のまま、ゆっくり前進しては止まって前進するを繰り返す。銃口は常に正面。目だけを動かし周囲を確認する。四メートル間隔で後に着く桜井。二人から言葉は消えハンドシグナルだけになった。


[ドアを開けろ。俺が突入する]


 目の前には重厚な野外手術車のドア。ここまで近いたら嫌でも気がつく。中で異常事態が起きている。桜井は己を恥じた。中で薙雲が何かと戦っているのに、この距離でようやく気が付いたのだから。


[応援は?]

[ネガティブ。カウント5で開けろ]


 悔しいが、CQBの技術は彼の方が上だ。俺も射撃には自信があるし射撃き章も持っている。だが彼と比べるのはお門違い。2曹は閉所接近戦闘技術を極めているし、階級の問題も。何にせよ素直に従うしかない。

 5――、4――、3――、2――、1――。扉を引いた瞬間、間髪いれずに宮内が突入。


「宮内2曹!? どうして!?」


 最初に反応したのは麻酔科の高橋中尉。


「アホ言ったらあかんよ高橋ちゃん。なして警報鳴らさん? てかその格好はなんや?」


 宮内2曹もP4基準の防護服が気になる様子だったが、二次被爆予防だと判断した様だ。


「おかしいんですよ……とっくに倒れてないと。私の計算は間違っていないはず」


 俺は唖然とした。女子トークどころの騒ぎではない。医官三名が何らかのミスを犯したのは直ぐに理解できた。三人への怒りが湧き上がる。薙雲は手振りで大丈夫と答えるが、意識もうろうなのは明らかだ。


「約束した……武器は使わないで――、お願い」


 見ているだけでも痛々しい、目立つ外傷は無いが、衰弱している? 血が出てるじゃないか。


「そこなべヴューシカ。動くな」


 混乱の中、手術車内の強制排気システムを後ろ手で作動させた宮内は、全てを察している。


「あんまワイを怒らすなや」


 鋭い眼。それは少女が最も恐れる眼。正気の殺人鬼がそこに居た。


 対峙する宮内。目の前の少女が何かしらの軍事訓練を受けているのは直ぐに分かった。それに、明らかに眼がイッテル。典型的なコンバット・ハイの状態。これを静めるのは容易ではない。宮内は高橋中尉が禁じ手を使った事にも一定の理解は示した。

 にしてもすげぇな。自己催眠の一種やろか? 死ぬ覚悟が出来た眼をしとるわ。わいを見たとたんに、姿勢が対拳銃用に切り替わりおった。


「宮内2曹――、お願いです。武器は使わないで」


 アタシは、また怖い目を見た。狂っているのに狂っていない。怖い怖い眼。だから、殺さなきゃいけないんだ。でもロシア語喋れるんだな。てかアタシは幼女じゃない。せめてドーチェと呼べ。だいたい訛りが酷い。キリルはもっと美しいんだよ。 ? アタシはこの時、何か変な感じがした。なんだろう? いやいや! こんなんじゃダメだ! 速く逃げないと!

 少女は頭を振るい、『大尉』の言葉を思い出す。


「必ずしも銃というものは、戦闘に際して有用ではない。これは武器全般にいえる。余り道具に頼りすぎてはいけない――。という意味だよ。世の中、米軍みたいに予算が無いからね」


 アタシはメスを握りなおし、正気の殺人鬼へステンレス皿を投げつけて踏み込んだ。


「止めてっ!」


 薙雲が最後の力を振り絞り叫ぶ――。それは届かない。宮内は即座にけん銃を両手で保持したまま、鳩尾付近固定し構え直す。相手に対して正面を向くのでなく、横を向いている。宮内は右手に拳銃なので、この場合は左肩が少女に向いている形だ。極至近距離では、けん銃の照門、照星は殆どの場合で使用しない。使用している余裕などないからだ。では何で狙いをつけるのか。この場合、それは肩だ。拳銃を鳩尾付近でガッチリ固定するのには意味がある。こうすれば、嫌でも銃口が向く方向は自身の肩先が向く方向と同じになるので後は肩先を的に向ければ良い。距離五メートル程度であれば、この構え方で的を外す事はまず無い。

 また、鳩尾で固定しているので、拳銃を奪われる危険性も極端に下がるし、銃の反動も抑制できる。しかし良い事尽くめではない。しっかり脇を締めないと、自分の二の腕を吹き飛ばす羽目になる。宮内は完全に少女を殺す気でいたかに見えた。だが引き金は引かない。ガチンと、銃のデコッキングレバーを下げた。そもそも、こんな閉所で発砲すれば鼓膜が痛む。


「はい。一回死んだよん」

「――ッ! 殺してやる!」


 宮内の安い挑発に乗り、少女は更に距離を詰める。少女は銃の知識は大して持ち合わせていない。どこをどう整備するか、どうやったら相手を殺せるか。戦場ではこれ位の知識で十分だったが、そんな少女でも目の前の男が発砲せずに、デコッキングレバーと呼ばれる『安全に撃鉄を落とす為だけの装置』を使って自分を挑発しているのは理解できた。本来なら、もう六回以上殺されている。手に持ったメスは、けん銃で捌かれ続けもうボロボロだ。それでもなお。メスを握り続ける少女に、宮内は感心していたと同時に、強い怒りを感じる。自分の娘と同い年か、それ以下の子供に、こんなに高度な技術を教え込んだ、顔も知らぬどこかの馬鹿者に対してだ。

 一方の桜井は唖然とし、半ば思考を放棄していた。薙雲に駆け寄る事も出来ず。宮内に加勢する事も出来ず。ただ銃だけを構えて硬直していた。彼が実弾の入った銃を人間に向けるのは、これが初めてだった――。まして相手は助けたはずの少女だ。その子に銃を向けている自分への罪悪感が沸々と湧き上がる。そんな桜井の心情など、少女は知るよしも無い。

 何とかしなきゃ。また殺されるかも……あれ? そもそも、アタシはどうしてここにいるんだろう? 


『それは君が、目の前の彼らに助けられたからだよ』

 頭の中で、何かが――、喋った。

『落ち着いて――私の声が聞こえるかな?』

「は? なに?」

『よかった。まずは聞いて欲しい。私は蛇だ』

「ヘビ?」

『そう蛇だ――。まったく。神というヤツは意地が悪い。君らは神に憧れただけなのになぁ。ちょっと高い塔を造ったらこうなった。本当に酷い話だ。おっと、混乱するのも無理は無い。私自身、こうして人間と話すのは久しぶりで年甲斐も無く、少し緊張している。でも安心して欲しい。言葉の壁は取り払った。彼らの言葉が理解できるだろう? それが君が感じていた違和感だよ。本当、言葉足らずで申し訳ないね』

「ちょっと待って――、アタシは毒でおかしくなったの? 何これ――。キモチワルイ」

『その毒とやらだが、全部吸い取ったよ。身体が軽いだろう? 思考もしっかりしているはずだ。どうだい? 多分今の君は人生の中で、一番快調な状態の筈さ』

「――キモチワルイ」

 頭を抱え、膝から崩れ落ちる。青白い手から、メスは零れ落ちた。

「――キモチワルイ」

『ん? 少し早すぎた様だな。まぁ今は無理せずに休むといいさ。また会おう。私はいつでも君のそばに居るのだから』


 なんや? 様子が変やね。

 宮内は少女から殺意が消えつつある事を感じ取った――。だが銃は下ろさない。


「長瀬少佐――。これはどういう?」


 宮内は例の新薬の副作用かと疑った。宮内の言わんとしている事を感じ取り可能性を提示。


「――断言は出来ないが、有り得なくも無い」


 何と言っても、ろくに臨床試験さえしていない代物だ――。つまり、何が起きるか分からんモノを投与した……一種の人体実験。今回、この少女に投与された放射性物質を体外へ強制排出させる新薬、Jホープは、動物実験では効果ありとされ、これの前身となった薬は二五年の東アジア核大戦でも多量に使用され、世界保健機関(WHO)より効果ありとの評価を受けている。当時報告された副作用は腎機能障害と目眩、一時的視力低下だが、今の少女の状態はこれに該当しない。はっきり言おう。この子は死ぬ予定だった。医学的には死んでもらわないと困る状態だったのだ。それがどうだ? 今じゃ香港ムービー顔負けの殺陣(たて)を演じて見せ、我が軍自慢の体力き章持ちのメスゴリラを一名ダウン――。九割がた麻酔薬の所為だが。

 だが私は宮内クラスの人間に、今回の様な件は知られたくなかった。士官以外には知らされていない情報だが。元特戦群の人間は、全員が佐賀田幕僚長とのホットラインを持っている。特に、この宮内という男は出自に幾らかの疑問符がつく奇妙な男だ。恐らく特殊部隊を引退した事も含めて、2等軍曹という階級さえも全て嘘。推測だが、中尉相当の階級は持っているだろう。仮にそうならさしずめ特務中尉。下手をすれば一介の少佐より立場が上の可能性がある。今回の案件を詳細に報告でもされたら、私の立場はどうなる?


 長瀬は出世欲の塊。強欲に足をつけたら長瀬となる……。そんな人間だ。保身に走ると言う意味で腐った側の人間。今回の派兵志願も、部内での売名行為が目的で出世への踏み台程度にしか考えていない。不幸中の幸いか、彼は藪医者ではない。特に放射線障害関連に関しては、見てきた症例が桁違いであり、その経験を買えば優秀と言える。それでも彼は焦っていた。特に直属の上司である市ノ瀬大佐には、この状況を絶対に知られたくない。そうまでして守りたいのは、ニッケル製の星の数が将来増えるであろうという可能性。ただそれだけ、ある意味潔い男。そして突如、長瀬に閃きが走る。

 少女は経緯不明だが暴れられるまでに様態が回復した。これを自分の手柄にすればいい。嘘は付いていない。新薬の投与は自分がした事だ。この事案だって、早とちりし宮内。旧自衛隊普通科出身の筋肉馬鹿の招いた失態だ。高橋の失敗は何とか誤魔化せる範疇……暴れた拍子に麻酔チューブが切れた事にでもすればよい。そろそろこの子供も、限界だろう。

 案の定、少女は倒れた。長瀬少佐は間髪入れずに、


「ひとまず――。これで、解決だな」


 などと発言。ため息をつき呆れる宮内、ここでようやく桜井が薙雲に駆け寄る。意識は失っていないが呼吸が荒い。怒りを隠せない桜井。長瀬を睨みつけ。


「長瀬少佐。この事は大隊長に報こ――」

「報告する必要は無い。これは事故でもなんでもない。この少女は回復した。何の問題があるというのかね?」


 桜井はまたも思考が停止した。


「あんた正気ですか!?」

「桜井。私は、大丈夫だから……」


 今にも長瀬を殺しかねない。それを宮内がそっと押さえ込む。そして耳元で一言。ここから出たら面白いもんが見れる。と、クスクス笑い。


「宮内2曹――。何が可笑しい?」

「いえいえ、少佐殿。まぁとりあえずはその子を寝かせて、市ノ瀬大佐に容体が回復した旨を報告しましょうや」


 長瀬は一瞬怪訝な表情をしたが、それ自体に異論は無い様子であっさり承諾。

「では、取り合えず外に出ましょう。ここは空気がアカン」


 薙雲以外の、その場にいる全員で簡単な清掃を済ませ。少女をベットへ乗せる。一応、本当に回復したかどうかの確認が必要だが、それは市ノ瀬大佐に任せよう。

 清掃終了。手術車外へ出る一同に、聞こえない筈の声が聴こえた。


「全員動くな」


 そこには、まだいる筈の無い本派遣隊の一応の最高指揮官である連隊長。杜(もり)富士夫(ふじお)大佐が居た。後方には27WAPCに加え、複数の武装集団。救出作戦に参加したメンバーが勢揃い。 

 大隊長は明日到着の筈――。まさかカナダ隊が予定を早めたか?

 彼は本来なら明日到着のカナダ隊と共にキャンプ入りする予定だった。カナダと日本の友好関係をアピールする為の政治的判断によるものだ。日本軍は部隊の最高責任者をカナダ軍に預ける程に、カナダと信頼しているという意味を込めて。だが、この早期到着は長瀬少佐にとっても完全な想定外で、動揺を隠せない。周囲の目をはばからず、怒鳴りつける。


「杜大佐! これには訳が!」


 案の定、今回の案件を釈明し、保身に励む。


「いい――。取り合えず全部不問にする」


 桜井は納得していない様子だったが、この状況だ。流されるしかない。


「皆、それぞれの仕事をキチンとこなしなさい――。以上別れ。あと皆。もう暗いから足元に気を付けてね」


 この男、これでも元空挺レンジャー《バケモノ》だ。


「この状況は不味いですね」

〝――あぁ。だが何か影響が有るかね? 君や、私のキャリアに?〟

「いえ何も。例の血液検査の結果は伏せます。どうせ全滅するんでしょう?」

〝多分な。これで時期ポストは――ふっ〟


 クスクス笑いが止まらない。この男はクズだ。クズの私から見ても、十分すぎる程に。単なる星が多いクズに過ぎない。


「……それではまた。中将閣下」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る