七節
拾い物。それはなに?
А/2
見えなくなった。まだ座席に座っているんだろうけど、見えなくなった敵は撃つな。の教えを守らないと、弾が無駄になるだけだ。
「キミ。もういいから、難民を撃ちなさい」
いつの間にか、アタシの真後ろに立つ気持ち悪いデブの言葉に、アタシは耳を疑った。難民を――、撃つ?
「難民ですか? でもあの人たちは武器を……それに煙が邪魔で」
いいから撃てと怒鳴り散らす気持ち悪い男。でもそんな事、出来ないよ。アタシは武器を持った人間以外撃たない。それが大尉との約束。それだけは守らないと。
少女の懸念はもっともだ。第一、射角がとれない。明らかにあの廃墟に何人かいる様だが、装甲車は少女から見て真正面を向いているので、後部ハッチは物理的に見えないのだ。撃ち様が無いし、そろそろこちらの射撃位置がばれる頃合だ。あの重機関銃を撃てば無力化できる可能性もあるが、今自分が持っている銃では一〇〇%の保証が無い事は少女も理解していた。
「とっとと撃て! マヌケが!」
わき腹を蹴られた。普段ならこれ位なんて事は無い。だけど口から血が止まらない。ゴホゴホと咽る。気持ち悪い男は苛立ちながら、無線で作戦終了を伝える。私は動けなくなり。担ぎ上げられてどこかへ運ばれた。
♢
派遣後初の襲撃。各人が物思いに耽っていると、偵察隊(レコン)から報告が入った。彼我不明の足跡が四つ。内一つは子供と思われる。報告を聴くなり、いきなり薙雲3曹が具申。捜索隊を組織して子供を助けようと。まるで子供みたいな発言だが本当にそう言った。各中隊長と二個中隊を纏める大隊長の加藤中佐は苦悩した。普通なら無視だ。あの程度の襲撃の場合は深追いすればかえって危険な場合が多い。待ち伏せされている可能性大。しかし子供の足跡は気になる。戦争犯罪ならなお更だ。
それに先ほどの襲撃、威力偵察にしては余りにも貧弱。火線は三つ。小銃2と狙撃1。特殊部隊ならその程度の単位で動く事も無くは無いだろうが、今回のは射撃精度がお粗末の極み。さてどうするかと、歩く正義感こと石塚中隊長が思案していると、通信より知らせが入る。銃撃の止んだ直後に奇妙な無線をキャッチしたとの内容。民間仕様らしく、なんら暗号化処置が行われていない。おそらく市販のトランシーバーで、会話内容のそれは筒抜けだった。録音した内容を聞いた通訳のイタリア兵は怪訝な表情で。
「処刑がどうとか言ってます。もう……用済み? 後半は聞き取れません」
事後の行動は確定した。レスキュー部隊を編成。拉致された子供? を救出する。選抜は言い出しっぺの薙雲3曹所属の第二中隊、第二小隊第一分隊を筆頭に先方として展開。二分隊と三分隊は援護に回る。本国の許可は先程の陸軍参謀総長、佐賀田勉大将が作戦承認しすんなり許可された。
「肩慣らしがてらに助けて来い。編成は石塚、貴官に一任する」
との事であったが、事実上の現場への、私への丸投げだ。私は中隊長で階級は少佐だが今回の件では最悪――。政治的判断が必要になる場合がある為、若い小隊長の少尉や中尉には任せられない。故に随伴する。その判断が迫られる場面には遭遇したくないが。
♢
気が付いたらアタシは廃墟の中、かな? あ、銃が無い。『大尉』から貰った大切な銃が無い。タバコを吹かしながらヒョロヒョロと立っている二人に聞く。アタシの銃はどこ。
「もう使わないから良いじゃねぇか。それより良い声で鳴いておくれよ」
くそ。やっぱりこいつら、アタシを殺す気だ。異民族にやった同じ手口で殺す気だ。
両手は暖房器具に手錠を括られ身動きが取れない。対して片足だけが自由なのが、これから何が始まるのか嫌でも理解させられる。
クソッ! 嫌だ。ガチガチと手錠を鳴らすが外れる気配は全くない。
「キミには期待していたんだがねぇ。アンリ」
「アンリと呼ばないで!」
と叫びまた吐血。取り巻きの二名は小太りに、ホントに変な病気じゃないんでしょうね? などとズボンを下ろしながら聞いている。
「原爆症。爆心地に余りにも近かったため、大量の放射線を浴び。今のキミは立派な白血病患者だ。戦えなくなったのなら、我々の戦意向上に一役かってくれないか」
上着を破かれる。
「それが女の務めだろ」
嫌だ。嫌だ。イヤダ イヤダ イヤダ イヤダ イヤダ アタシは沢山殺した。その報いか、こんな豚の様な男達に犯されて無様に死ぬのか。大勢殺したアタシに助けを呼ぶ資格なんて無いのか? でもどうせ死ぬんだから、アタシは必死に抵抗した。せめて一撃。
何とかして、一撃。逸し報いたい。体力の限り、暴れつくしたけど。もう駄目だ。本当に疲れた。アタシはここで死ぬ。途端、ヌルリと――、熱い鉄くさい液体が、アタシの顔面を覆う。
何かが、目の前を通り過ぎた……それは黒い。黒い―――。殺意。
深く暗い森の中。足跡を辿り、我々が山小屋に毛が生えた程度の、一応二階建てだがまさに小屋と言うべき建造物を確認するまでに、そう時間は掛からなかった。足跡は小屋に続く。だが妙だ。人の気配が無い。報告にあった三名は確かにこの中だろうが、一応部隊を周囲に展開させ状況を確認。まず狙撃手の薙雲に小屋の外周を確認させたが特変無く静かなものとの報。ただし木々が多く射界が取れないと付け加えられる。小屋の一階、二階共に明かりは無く人影も無ければ物音もしない。だが足跡の痕跡だけある。小屋から出た形跡も無い。実に奇妙だ。案の定、嫌な予感は当たった。第二分隊長である元SFGp。特殊作戦群出身者の宮内2曹から報告。多分二階に誰か居ると。だが、第一分隊長の佐藤曹長から報告は更に奇妙だった。
「動体探知機、建物内部感なし」
これが意味するところは何だ? この動体探知機は心音や呼吸音で生物を探知する。つまり災害派遣用機材なのだが、富士トレーニングセンター《FTC》にて対抗部隊(仮想敵国に扮した部隊)が「これ索敵に使えんじゃね?」と思い立ち試してみた所……良好な戦績を収めた為、戦闘用に急遽アレンジ。探知距離は短いが、そこそこ精度は良く一部は米軍やイギリス軍にも納品されている。しかし、建造物内は無人? そんなはずは無い。
後方の第三分隊からは特変なしの報告。仮に何らかの軍事組織が小屋内部に居るとして、セオリーなら今の我々と同じように、全員を小屋の中に入れたりしない。見張りの兵を立てるのは会計科の隊員ですら知識として有する軍事の常識。しかしその見張りが見当たらない。では小屋の外か? いや、それも無いだろう。現在、小屋近辺に展開中の我が方隊員十二名の半数には、暗視装置を装着させている。これは光量増幅式とサーモグラフィー式を一体化させ、複合的に視覚化させる第四世代プラス型。並みの隠れ方では逃れられないが、反応は無い。動体センサーの空間感知距離は半径二十五メートル。友軍の心音等はIFFタグにより画面からは除外される。野戦向きの装備ではないが、ある程度の参考にはなるし一~三分隊はそれぞれ二個づつ装備し、等間隔で配置。三角形を描き最大効果範囲での索敵を可能としている。全に感無しだ。
この状況を受けて、私は無線使用許可を後悔した。これは待ち伏せの常套手段ではないのか? 軍用無線と云うものは当然に暗号化されているが、こと隠密活動に際してそれは大して重要ではない。暗号化のいかんを問わずに、電波が飛んだ事は必ず敵に察知される。解読出来るかどうかとは別問題なのだ。故に先進国レベルの軍相手には、徹底した無線統制が必要となる。
当初、石塚は相手が民生品のトランシーバーを使用した事から、練度の低い民兵だろうと決め付けた。その程度の部隊であれば電波検知機など携帯している訳が無いと高を括ったのだ。だが後悔後先に立たず。今後はロシア兵に待ち伏せされている事を配慮し、行動しなければならない。万が一、ロシア兵が隠れているなら相当に上級の部隊。少なくとも暗号無線を使う軍事組織が入り込んだ。それが暴露し、状況によっては返り討ちにあう可能性さえある。
私は展開中の部隊を下げるか否かの判断に迫られた。そもそも、新ソ連軍との戦闘は絶対禁止であり、接触すら御法度なのだ。だが他の隊員はともかく、あの薙雲やそれに乗じた桜井を納得させるのは難しい。幸いにして一番小うるさい薙雲は狙撃手である為、今は後方で小屋周辺の警戒に当たらせている。桜井は第二分隊副分隊長として小屋のクリアリングを担当。これが吉と出るか凶と出るか。とりあえず周囲に無線封鎖せよとの合図を送る。手遅れかもしれんが、しないよりマシだ。数秒の後、状況を察した宮内2曹から進言。無線は使用せず、自分が何に気が付いた風も無く。さり気なく全員を巡回し、直に現状を伝え撤退の指示を出すとの事。暗に小屋への突入を拒否している。私も拒否したい。何故なら傍受した無線内容。たった一人。もう殺されているかもしれない子供一人に、一個小隊を危険に晒す価値があるか。正直、無いといえる。この場にマスコミでも居れば話は別だが、この状況では子供を救う価値は無い。世界とは非情だ。感情論で動けば、その非情を上回る惨事を招きかねない。そもそも本当に子供かどうかも解らないというのに。
石塚は正義感の塊だが、幸いにして猪突猛進型ではなかった。
「間違いなくいると思うか?」
宮内は心配なら自分一人で、小屋の二階まで全てクリアリングしても良いと回答。有難い申し出だがそれを飲めば、私は中隊長として――、軍人として失格だ。腹を決める時が来た。突入の決を下す。まず第一分隊を突入。続けて第二分隊突入し第一分隊を援護。第一分隊は二分隊突入と同時に二階へ進行し制圧。第三分隊は周囲の警戒及び脱出経路の確保。
「作戦開始」
部隊が小屋になだれ込む――。訓練通りにやれば、制圧までものの一〇秒で済むだろう。
突入部隊の――、特に大戦後に入隊した若い隊員は内部の状況に絶句した。ただ「酷い」と。
倒れている人間は4。その中に顔面血塗れの少女がいた。手遅れだったのか? と、動揺を隠せない一同。だが現場を見るなり、戦闘救護員の桜井が少女に駆け寄る。
まず脈を計り、外見を観察しゆっくりと人工呼吸と同じ要領で下あごを上げ、気道を確保。
「脈拍……弱く浅い。手の発汗湿り気有り、冷たい――。ショック状態だ」
即座に両手に白いメディカルグローブを着け触診する。仰向けに倒れた少女の頭から背中を触り、出血の有無を確かめる為だ。
「出血なし――、目立つ外傷なし――、これは返り血? だな」
次に軽い呼びかけの後、呼吸を見る。少女の口元に耳を当て、胸の上下運動を確認。息があり、左右の肺は正常に動作している。気道も真っ直ぐ正常。この時、軽く呼びかけるのには理由がある。映画の様に、肩を大きく揺さぶり、耳元で「大丈夫か!?」とは叫ばない。その動作、声量でショック死する場合があるからだ。特に頭部に打撲痕等がある人間は絶対に揺さぶってはいけない。勿論、砲弾飛び交う戦場ではこの限りではないのだが。
「ごめんね。服を切るよ」
腹部の内出血の有無を確認する為、シャツを切る。痩せ過ぎた身体――。アバラが浮き出て、素人でも分かる栄養失調。腹部を触診する。
基本を思い出せ桜井。打撲痕があるが……幸い、骨盤骨折も内臓損傷も無さそうだな。
更に――。今度は少し強めに呼びかけを行うが反応が無い。俺は握り拳をつくり、少女の鳩尾付近を圧迫する。
「胸部の圧痛反応なし。振り払い動作なし――、意識レベル三〇〇。不味いぞ」
ゆっくりと回復体位(左側を上にして、身体を横にする)をとらせる。
周囲に担ぎ上げ、搬送する旨を伝える。それはハンドシグナルリレーで、小屋の外の隊員にも伝えられ、現場指揮官の石塚少佐に伝わり彼はそれを許可したが、鉛袋の到着まで待てと指示。だが時間が無い。それじゃ駄目だと、俺は止む無く無線を開き反論する。
「呼吸が毎分9回を下回りつつあります。最優先治療群に該当。待つ余裕は」
担架を持って来なかった事を後悔した。この状況は十分に想定できたはずなのに。少女に負担が掛かるが、担ぐしかない。
そうこう考えていると、少女の目が覚めた。途端に血の混じった嘔吐を繰り返す姿に、俺は驚愕した。意識レベルは大まかに分けて三種類ある。一桁と二桁と三桁だ。三〇〇とは当然三桁であって、外的刺激に反応しない意識不明の重体を示す。民間のトリアージでは赤に該当する極めて危険な状態だ。それが突然目覚めたのだ。前例が無いわけではないが、驚いた。
「殺して……アタシ――、もう戦えない……殺して」
少女はロシア語だろうか? 何か喋ったが、この場にはその意味を正確に理解できる人間はいない。
「――やばい拾いもんかもしれんね」
唯一人、宮内を除き。誰にも聴き取れない程にボソリと呟く。その後、桜井は石塚少佐の指示を現場判断で無視し、少女を担いだ。
宮内の心情を知る人間は、居ない。
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宮内信吾 階級2等軍曹。旧自衛隊特殊作戦群所属で兵庫県出身。元暴走族で入隊後二年で特戦群へ異動。その後十二年間、宮内の名は隊員名簿から消された。何て噂が有る変人。
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