六節

チャイルドソルジャー

                          二〇三〇年 八月二十四日


 仕事の時間だ。今回はビイェリア近郊まで遠征する。この地域に新しい敵部隊が入ったという。アタシの狙撃で脅してやれと。けれどあの辺りはまだ敵の勢力が多い筈。とうとう使い捨てられる日が来たのかもしれない。

 現地まで車で二日は掛かるかな。戦前は立派な学園都市だったのに、今は見る影も無い。瓦礫と死体の山だ。勿論セルビア人以外の死体。新しく入った部隊は死体を片付けに来たのか、食事を提供しにきたのか、或いは戦争か。どうでも良い。故郷を吹き飛ばした連中の味方は、全部アタシの敵。


 道中少し眠る事が出来た――。悪夢の無い睡眠は久しぶりだったけど変な夢を見た。真っ白な場所で綺麗な女の人が、悲しげな表情でアタシを見つめている。どのくらいの時間かは解らない。しばらくして女の人は消えてしまい。変わりに鮮やかな、何色かは表現できないけども、鮮やかな蛇みたいな生き物が出てきて、その生き物は何か笑ったような気がしたけども、そこで目が覚めてしまった。何だったんだろう? 


 と考える時間も無い。目的地に到着したようだ。ここからは歩きになる。嫌な大人たちが三人も付いて来る。あの気持ち悪い男も一緒。いよいよ本当に用済みみたい。アタシが毒にやられているのを知っているんだ。昨日の夜から咳に血が混じりだし、歯茎の血は中々止まらなくなった。この仕事を最後にアタシを殺す気だろう。だけどこいつら三人くらいは道連れに出来る。今の内、精々ニヤついていれば良い。

 何より今回の仕事は、前の二回に比べれば簡単そうだ。大人二人が難民達に無差別に発砲。助けに来たどこかしらの部隊をアタシが狙撃。最低でも三人ほど殺して欲しいとの命令だ。気持ち悪い男は指揮官をするらしい。こんな簡単な仕事なのに、腰抜けめ。『大尉』ならこんな奴ら一瞬で殺してしまうだろうに。

 そうこうしている間に、位置取りをする。『大尉』からはこれが一番重要だと教わった。狙いやすさより逃げやすさを優先しろ。どんなに見晴らしの良い場所でも、しっかりとした退路が確保できないのなら、そこには陣取らないほうが良い。そして、絶対に忘れてはいけない、回避できない絶対の法則がある。『敵を狙えるという事は、敵もこちらを狙える』という法則だ。


 けれども例外もある。勝利を掴むには、危険を冒す事も必要だ。その判断は経験を積むうちに、自然と出来るようになると。彼はアタシに教えてくれた。

 アタシは撃つ度に、『大尉』に申し訳なく思う。彼はアタシが弟を守れるくらい強くなれるように、自衛の為に使う事を条件にして狙撃術を教えてくれた。今の状態がこれは自衛じゃない事位はわかる。でも止められない。守るべき人は死んだんだ。

 最初の仕事、フランス人を殺したとき、アタシは浮かれていた。故郷を滅茶苦茶にした大人たちを簡単に、それはもう簡単に、地獄アートへ送れたんだ。簡単すぎて場所を変え忘れた。三人殺して移動する予定だったけど、夢中になりすぎて忘れてしまった。狂ったようにトリガーを引き続けた。撃てば必ず当るといった状況だった。スカッとしたね。でも最後のほう、怖い目を見た。それはアタシの居場所に気が付いて、周りの仲間にそれを伝えだした。慌てて周囲の仲間を皆殺しにしてやったが、怖い目の男は殺し損ねた。そいつ、ずっと怖い眼のままだった。

 二回目のアメリカ人もそう。確かレンジャーとか云ったっけ。スコープ越しに見たあの男の表情は大尉に似ていた。とても怖い目。何人も殺してきた目。でも狂っていない目。それに、なぜ殺される前にあんな事を言える? それも敵に向かって。「オレで最後にしなさい」そう言って、あの男はアタシを止めようとした。どうして? それが怖い。怖いのは嫌だ。だから我慢してでも、殺さないといけないんだ。止められないんだ。

 狙撃位置の確保完了。この間だけ、アタシは独りになれる。心地よい――、孤独。程なくして銃声――。大人たちが難民に向かって撃ちだした。この街がNATOの勢力圏にあるから安心していた割には、みんな逃げるのがうまい。そういえば、あの気持ち悪い男が言っていた。難民連中は基本的にNATOなんぞ信用していない。前の戦争も、その前の戦争もNATOは彼らを見捨てたからだという。NATOを信頼していない。じゃあ今撃っている難民達はいったいどの民族だろう? セルビア人では無いはずだけど。そしてあの難民を守っているのかどうかも良くわからない連中は? いつぞやのオランダ軍に比べて随分動きが鈍い。まぁなんでもいい。もう考えたくもない。どうでもいい――。殺せばいい。


 現着した際、日防軍は思いのほか歓迎された。難民の代表者は、やっと話のわかる軍隊が来たと色めき立っていた。だが難民の好感触をよそに、石塚中隊長は内心焦っていた。この町はまだキャンプ化されていないんだ。難民を保護する鉄条網も見張り台も、検問所も何も無い。これから造ろうという矢先に、想定を超える数の難民が流れ込んできた。どうやら町の建造物ではなく、周囲の雑木林に隠れていたらしい。日の丸を見たとたんに大手を振ってぞろぞろ現れた……彼らは良くも悪くもプロの難民だったんだ。逃げ慣れているというか何というか何というか。かつて、NATOは民兵が隠れていそうな建造物を形振り構わず爆撃しまくった。その所為か彼らは経験上、建造物には近づく事は無いらしい。この予想外の難民のおかげで、糧食班と施設科は大忙しだ。完成した天幕に子供、ケガ人、女性、高齢者を優先的に入れていく。彼らはとにかく座って休みたいはずだ。期待に答えなくてはいけない。


 福田中隊長は血気盛んな青年達の対応に苦慮している様子だった。作業を手伝おうと、難民の中からいかにもな感じの男達が何人か出てきた。丁重にお断りしたが。彼らは元々徴兵制の軍人だったようで、天幕の構造は熟知しているというので手伝わせろと言う。同行したイタリア軍の通訳が本当に驚いた様子で話す。こんな事は見た事が無い。難民がNATOに協力するなんて。始めて見ました。だとさ。普段どんんだけ嫌われてるんだ?

 愚痴ばかりな本部管理中隊、福田中隊長殿も流石に無碍にする事が出来ない状況になり、結局難民も作業に参加している。予定より早くに雇用が生まれてしまった。どうすんだろうなこれは。まぁ旧自衛隊式の型にはまった少佐殿には良い薬だろうね。

 程なくして宿営地はほぼ完成。日本が得意とする冷暖房付きの仮設住宅やプレハブ小屋は九月一日に来る第三、四中隊が持って来てくれる予定で難民用の物はまだ無い。まさかこんなに沢山の難民が潜んでいたとは、完全に想定外だった。事前に状況を把握していたら、一次派遣隊の私達が仮設住宅を持ってきたのに。

 まぁ難民キャンプ出入り口には伝家の宝刀、27式CWMC。パーソナルネーム、スキナー1が一輌。自爆テロ防止ブロックもばっちり。四方の見張り台も四つを完備。宿営所にも併せ九つの塔を設置。設営と同時にキャンプ周辺に仕掛けた胴体探知機により索敵も行われたが感なし。まだ敵は来ていない様だが安心は出来ない。作業も一段落し、私は暇な時間を利用してこの地域の歴史を学んでいる。この土地で行われた虐殺行為も知った。当時はオランダ軍が居たらしいが、彼らも大変な思いをしたのだろう。目の前で虐殺を放置せざるを得ない状況に追い詰められたのだから。だが今回は大丈夫。兵力は十分あるし。明日にはカナダ隊が到着する。これを襲撃するバカなんているわけない――。とたんの銃声。期待は裏切られた。


 難民が発砲を受けている報告は直ぐに指揮所へ入った。ほんの数百メートル先。ここにいて発砲音が聞こえる。悲鳴が無いのを見るに、やはり難民等は慣れている。

 私は即座に隊員に戦闘態勢をとらせ、本国へのテレビ回線を開いた。こんな筈じゃなかった。情報ではもっと戦火は遠いと、だから安心していいと聞かされていた。だが、これは何だ? 今難民を助けに行けば、負傷者が出る可能性は高い。だが全てを私の責任にはさせないさ。大体、私は本管中隊の人間なんだぞ? 現場とのすり合わせ目的で来ただけなのに……こうなったら本国でぬくぬくしている将官や官僚共も道連れだ。指示を仰ぎ、一人でも多く巻き込んで責任を分散させてやる。が、対応はアッサリしていた。陸軍参謀総長が全責任を負うと自ら公言した。なら良い実に良い。我々はアメリカンコミックよろしく難民の眼前へ颯爽さっそうと出現し、彼らを救助する。負傷者上等。日本万歳。だがM2は使わせん。あれは貫通が怖いからなぁ。


「状況は?」


 26式装輪装甲車WAPC。パーソナルネーム、ガットフック2に次々乗り込む仲間達。この光景を見るだけで士気が上がるね。全員が揃い小隊長の安藤中尉より説明が入る。町の東側から散発的に銃撃。無差別に難民を攻撃している。まず本車を用いこれを盾として運用。後部ハッチより、逃げ遅れ家屋に取り残された難民を救出。

 発砲に関しては最小限度で抑えろとの厳命だった。陸が軍になって十二年経つが、日防軍的にこれは発砲禁止の意に近いんだよねぇ。結局、軍に成っても何も変わらないのか……。


「命の危険を感じたら撃て撃て。責任は全部俺が持つ。それで良いですね? 安藤さん」


 と、ベテラン軍曹の藤村さん。痺れるね。判断を振られた若干二十六歳の安藤中尉は、緊張を隠しきれない様子。


「構わないですが、責任は私がとります。一応指揮官なんだから」

「おし。許可が出た! 行くぞ!」


 嫌でもみんな緊張する。だが眼前の犯罪行為を見逃す程に、お人好しではない。

 この時、見張り台の要員は索敵に躍起になっていた。当然、事前に仕掛けられた動体探知機は、東からの銃撃を感知したが、肝心の狙撃手の射撃位置が全く解らない。機械に頼り過ぎてはいけないのだ。当然の様に彼も狙撃されたが、何とか防弾ガラスがこれを防いでいる。


「おい若井! 安全運転で行けよ!」


 藤本が叫ぶが、半ば冗談交じりだ。本来のドライバーは佐久間2曹。だが今後、ドライバーに何かあるとも限らない。その為、今はWAPCの操縦MOSを持つ若井が代理で運転している。これは安藤中隊長の計らいでもあり、今後チョクチョクと他にも操縦MOSを持つ隊員に、危険度の低いミッションでは積極的に運転させていく方針だ。勿論、すぐ後ろには正規の運転手である佐久間さんが付き、アドバイスは欠かさない。


「サーチライトを点けろ! 敵をこっちに集中させる!」

「いや待って! 藤本2曹それは余りにも危険だ! 彼我ひがを被害担当車にするきか!?」

「しかし安藤さん。このままじゃ難民に死人が出る。もう出てるかもしれない」

 煮え切らない安藤。当然だ。相手が対戦車火器を有していたら最後なのだから。

「大丈夫です。コイツの装甲なら対戦車ミサイル《ATM》が出てこない限り何とかなる。今出て来ないなら相手はATMを持っていない。持ってるならとっくに使ってるはずですよ」


 と佐久間が助言する。一般的に、装甲車の装甲は戦車に比べて貧弱だ。この27WAPCも正面装甲はなんとか25ミリ機関砲や条件付での軽迫撃砲の直撃に耐えるが、側面や真上は精々五〇口径の単発射撃に耐える程度、鉄鋼弾で長時間連続射撃されればアウト。旧式のソ連製RPGであれば、側面装甲でも籠状装甲スラット・アーマーを着けているのでなんとか耐えるが過信は出来ない。


「よし。わかった。やってやろうじゃないか。ライト点灯!」


 時に思い切りの良さが、重要な局面を打破する事もある。


「中村車長! アイポッドを使う! 伸ばしてくれ」


 このアイポッドとは索敵カメラの一種でカメラを搭載したポッドを潜望鏡の原理で車体から伸ばす所謂ガンカメラ。因みに部隊内での愛称で、音楽プレイヤーとは何の関係も無い。車載のM2重機関銃と連動しての射撃も可能だ。


「小隊長。相手の火力が貧弱すぎて、逆に正確な位置が割り出せない。流石に、曳光弾を使う程間抜けではない無いらしい様ですな」


 この時点で、小隊長の安藤少尉は敵の位置確認を放棄。難民が避難している廃墟に車輌を横付けさせた。


「中村車長。後部ハッチ開放だ! 戦闘員は降車用意! 全員弾込め! 訓練通りやれば大丈夫だ! 行くぞ!」


 四名の小銃手がスタッグ(ムカデのように一列に並ぶ隊形)を組んで、廃墟に突入する。残りは車内で待機。私は待機組みだ。


「あぁ、日本の旦那。すまねぇ……逃げ遅れちまった」


 そこには天幕設営を手伝うと言い出した青年と老夫婦、計三名が肩を寄せて潜んでいた。彼はこの老夫婦を助ける為に、安全圏から引き返したのだ。勇敢だが、これは蛮勇に近い。現に左腕に被弾している。

 一方の若井は肝を冷やしていた。

 防弾ガラスとはいえ安心できない。自分としてはペリスコープに戻して貰いたい。生きて帰れたら絶対進言する。本当なら、このガラス窓式の風防仕様は災害派遣用で防弾機能は無い。だが、ペリスコープ型は「戦車に似ていて威圧感がる」誰かさんの意見で、とかいう意味不明な理由で防弾仕様の特注品を今回に限り使用している。というか、今現在この風防を狙撃されている。とういうかヤバイ。


「オレが代わろう」


 佐久間2曹が席を代われと言うが。


「大丈夫です。やらせて下さい」

「無理はするな。この防弾ガラスは・338クラスにも耐えるが完璧じゃない」


 車長の田宮が無線越しに本部を怒鳴りつける。相手は中村中隊長だ。


「本部! こちらガットフック2! M2重機関銃キャリバーの発砲許可はまだ出ないのか!?」


 米軍ならこの状況、許可を取るまでも無く現場判断でとっくに発砲しているだろう。


〝本部よりガットフック2。現在本国に申請中。現状での発砲は禁ずる。小銃は可とする〟

「攻撃されている! 現在本車輌への被弾は多数! 正当防衛射撃の要件は満たしている! 急ぎ許可を求む!」

〝許可は出来い。小銃及び軽機関銃のみで対処せよ。なお被弾した数、及び箇所を報告せよ〟


 信じられん……何だこの問答は? これじゃ自衛隊時代と同じじゃないか! もしアイポッドを狙撃されたらリモート射撃も出来なくなるんだぞ! 大体おかしいじゃないか、事前の会議で重機関銃までなら本国の許可申請なしで発砲可能と決まった筈なのに、出撃前に一応連絡しろと突然……あの中隊長――、保身に走りやがったな?

 当然、アイポッドの狙撃対策に抜かりは無い。アンチマテリアルライフルか・338クラスでもない限り狙撃でのダメージを受ける可能性は低い状況だが、M2が使えないのなら意味が無い。ガンナーの西村2曹は足を組んで悪態を付く。暇で暇で死人が出そうだクソッタレと。

 ピシリと風防が泣き、蜘蛛の巣状のひび割れが広がる。

 ほらまただ! スナイパーのヤツ、最初と同じ弾痕に何発も当ててくる。凄腕じゃないかチクショウ! でもいまコイツを動かせば難民達が危険に晒される! クソッタレ!


「薙雲さん! ガラスの限界が近いです! 防弾チョッキ一枚取って下さい!」


 ほい。と放り投げられ佐久間さんが受け取り、窓に被せる。なんだかコントみたいだな。まぁコイツの胴体と背中のプレート二枚分なら少しはましになる。幸運な事に防弾チョッキを窓に覆い被せると攻撃はピタリと止んだが、車長の田宮さんは念には念を入れる。


「スモーク展開!」


 これで四〇秒は時間が稼げる。この隙に要救助者三名を救出成功。やったぜ!

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