五節

戦争加害者或いは被害者

А/1 ある少女の憂鬱。

 オレンジが食べれない。アタシはオレンジを食べる事が出来ない。何故だろう。


「レーフ」


 アタシは弟の名を呼んでいる。


「もうオジサンの所には行かないで」


 オジサン。叔父さんは死んだ。ああ『大尉』の事か。


「オジサンじゃなくて大尉でしょ」


 レーフは俯いている。


「ぼくはおねぇちゃんに人殺しになってほしくない」


 またその話?


「あなたを守る為に必要なの。父さんも母さんも死んで、だれがあなたを守るの」


 何度も言わせないでよ。アタシは弟と話している?


「それでも嫌だよ。てっぽうを練習してどうするの? みんなみたいに戦うの?」


 この子はやさしい子。だから最後まで守る。守る?

 

『守れなかっただろ?』


 弟は俯いたままだ。

 何故だか怖い――。顔を上げてと頼むけども、上げる気配は無い。そうかケガをしてたんだ。それで痛いんだ。それで俯いているんだ――。あれ? ケガ?


「――――。」


 何か言ってよレーフ。レーフ? 直後、弟はうめき声を上げ。アタシの名前を叫び。顔を上げた。その顔は、両目から蛆虫がボトボトと涙の様に落ち――。全身はケロイドになって、顔面の皮膚が剥がれ落ち、顎からぶら下がっている――。弟は叫ぶ。


「どうして助けてくれなかったの!?」


 違う! 私の所為じゃない! 叫んで起きる。いつもの日課だ。毎日この夢ばかり。

 もうウンザリ――。どうしてこんな事に。

 相変わらずだねぇキミは。と耳障りの悪い声。嫌なヤツが来た。ここ何日か毎日来る。髭も剃らない、歯も磨かない中年デブ。あたしは五月蝿くして御免なさいと謝る。


「いいんだいいんだ。君の予想外の働きには我々も驚いている。フランス軍に続き、先日のヤンキー討伐。実に見事だったよ」


 芝居がかったいやらしい動き。肩に手が触れる。


「着替えるので、すいませんが」

「おっと失礼。オジサンは退出しますよー」


 利用価値がある間は殺さない気か。犯されて殺される位なら自殺するけどね。

 何故だか、アタシには個室があてがわれている。だが気分は晴れない。

 窓の外――、絶景とは言いがたい死体の山。今日も見せしめに燃やすのだろう。少し奥の通りでまた通りで誰か撃たれた。もうどの人種が撃たれたのかもよく判らない。私には関係が無いけども。良い気分じゃない。ここから抜け出したいと考えた事はある。一緒に居た何人かは逃げ出してアッサリ殺された。アタシもそうなった方が楽かもしれない。でもここに居れば敵を殺せる。それも無尽蔵に大量に。けどまだ足りない。弟の命には届かない。もっと殺す。もっともっと殺して。殺した全員をレーフの目の前で謝罪させる。でも時間が無い。最近、歯茎から血が出るようになった。 

 多分、毒にやられたんだろう。永くない様な気がする。だから一人でも多く殺す。殺して殺して殺しつくす。

 家族の居ない世界なんて滅べば良いんだ。


 アタシの町は消えてしまった。この国ではそこそこ有名な観光地で、とても綺麗な町並みだったのになくなってしまった。三ヶ月前、私の弟は死んだ……内戦の中、両親も失い、最後に残った唯一の肉親――。守ると誓ったのに、守れなかった。あの爆発、アタシたちの家も爆風で吹き飛んだ。アタシは顔を洗う為に運良く一階に居た。だから何とか助かった。二階に居たら死んでいただろう。階段を下り切った直後、世界が白く染まった――。とても怖かった。でも恐怖を感じるよりずっと早く、反射的に目を瞑り、開けた時には何故だか空が見えていて、朝八時だというのに空は輝いて、それは見た事もないオレンジ色だった。


 本当に――、見た事が無い空……思い出した。これでアタシは、オレンジ色をした果物が食べれなくなったんだ。

 吹き飛ばされて、アタシは瓦礫の中から這い出し弟を捜しに町に出たけど、町なんて無くなっていた。あたり一面が瓦礫の山、死体もちらほらと見える。途中、人間とすれ違った。けど人間には到底見えなかった――。まるでゾンビ。それを見てパニックになったアタシは、弟の名前を叫び続け走った。なんに追われているでも無いのに、何かから逃げるように、必死に走った。

 程なくして弟を見つけたが、もう死んでいた。弟の遺体は爆心地から四〇〇メートル程の所でうつ伏せに、全身が焼け爛れ、ケロイド状になっていたが靴だけが焼けずに残って、コーラビンの様な物が溶けて手とくっついて倒れていた。ここで倒れるまで家に向かって歩いたのだろうか、爆心地の方から足跡が続いてコーラは町に残った唯一の売店から買って来たのだろう。アタシの為に、弟は炭酸水が苦手だった。

 守れなかった。あの朝、アタシがもっと早く起きていれば弟は――。アタシは弟の亡骸を背負い家に戻った。武器を取りに……幸い『大尉』から貰った銃は無事だった。弟の遺体はなるべく教会に近い場所に埋めた――。教会もボロボロだ。美しかったステンドグラスは跡形も無くなり、マリア像は半分溶けていた。

 外には黒い雨が、空しく降っていたが別に不快には感じなかった。むしろ心地よい雨だった。でも何故か涙が止まらなかった――、止まらなかったんだ。これが私の戦う理由――。これが全て。水を飲み気分を落ち着かせる。


「でも大丈夫だよレーフ……アタシも毒にやられてるから、もう直ぐにそっちにいける。だから入り口で待っていて、私は天国ニェーボには行けないけど――。待っていて」

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