四節
歓迎
場所 ドイツ連邦共和国 ミュンヘン国際空港 現地時間二〇三〇年八月十七日
とうとう到着したね――でもみんな元気ない様子だ。そりゃ戦場だから? 違うね。飛行機酔いだよ間違いない。途中でエアスポットに数回落ちたからね。
因みに軍用機組みは、NATO司令部に近いシュトゥットガルト空港へ直接向かった。
しかし、この注目度はなに? 報道人の数が異常だね……いや半端無いよこれ。タラップの先には赤絨毯が敷かれ、中央に何人か陣取っている。ドイツ首相と国防大臣。フランスの大臣。EU大統領も。勿論、事前に彼らが参列し機体をバックに記念撮影するという話は聞いてはいたが、いざその時になると実感が沸かない。今回の派遣、それにより、日本の軍事組織が初めて欧州での大規模作戦行動に参加する。その事を考えると少ない位だと福田中隊長は言っていたが、十分じゃないか。友好を語るのに威厳や威容を示す必要はないのだから。
この福田という男は嫌いだ――。いつも文句ばかり。
パチリと撮影終了。皆、満面の笑みだ。この時使われた機体は、わざわざ撮影のために持ってきたヨーロッパ製の戦闘機や輸送機。勿論、乗ってきた民間機も少し写り込むが、これはメーカーの宣伝を兼ねて、との事らしい。何でもCMに使う商売人根性には脱帽だよ。日本の国防産業も見習った方が良いね。記念撮影も無事終わり。空港を進むがまるで行進だ。観閲式じゃあるまいし。もう少しなんとか成らなかったのか? 派手すぎる。これではモチベーションも上がらない。どうせ難民に食事を与え、手を振るだけなのに。言われているほど大規模な戦場に派遣など、今の国政じゃ期待出来ないというか装備がまるで足りない。
勿論、難民への食糧支援は大切だ。決して簡単な任務ではない。だけど私は本当に困ってる人間を助けたいんだ。難民キャンプまで来れた人はまだ運が良い方じゃないのか? 真に切迫した人々は沢山いる筈だ。彼らに手を伸ばすのは、いったい誰なんだ?
そんな事を考えている内に、行進は終わった。四人掛かりで丁寧に国旗を畳み連隊長へ手渡す。これはまた直ぐに使われる事になるんだけど、まぁ対外向けの演出みたいなものだ。ミュンヘンオリンピック会場でのNATO旗授与式でもう一度使う。
そして日の丸は一時的にではあるが、ベルギーのNATO本部前広場に連なる加盟国旗の中に加えられる。その光景はさぞ圧巻な事だろうね。
現地メディアは「極東よりサムライ来たる。勝利は約束されたも同然」とやたらオーバーに伝えている。これはかなり危険な状態だ。メディアが戦争が起こる事を前提に記事を書き、大衆を煽っている。嫌な空気がヨーロッパ全体を覆っていた。
一通りの儀式が終わり今後、私達は輸送の都合上、二手に分かれ最初の宿営地であるポーランドへ向かう。
中将以下、士官、曹長クラスは今後の調整の為、シュトゥットガルト米欧州軍指令基地で現地軍との合同ブリーフィングに出席。その間、私達には米軍基地でのちょっとしたフリータイムが与えらるのだが――。今回の派遣。なんと中将が随伴している。本来なら連隊長というものは大佐が勤める事が多い上、派遣に際してこれ以上の階級は、少なくとも現場単位では必要ない。だが今回の派遣に際し、日本は珍しく本気を出した。極めて政治的な、高度な判断が必要な場合、佐官級ですら役不足になる。その為、半ば官僚と化した将官の存在が必要不可欠なのだ。故に中将――、師団長クラスをお目付け役として送り込んだ。実際、調整官は文民。つまり文官統制(公務員間の文民統制に近い概念)なのだが、これは国防省のキャリア組みと外務省のキャリア組みから派遣されている。それに加えての、更なる中将の参加だ。大佐の連隊長にとっては負担軽減となる筈だが、これをどう感じるかは個人によって違うだろう。個人的に、私が大隊長の立場ならはっきり言ってこれはウザイ。将官は軍内部限定の政治家に近いのだ。それが自分の近くをウロチョロ? イヤダね。特に今回派遣された東原中将は部内でも
♢
やたら暑いドイツの夏――。日本も暑いが、今日のドイツは特に暑い。現在の気温は摂氏三十八度。湿気がない分、日本よりマシかと思ったが、昨日の嵐の所為か、雨上がり特有の嫌な滑り気が肌に纏わりつく。
気象学者や天文学者が言うには、これが最後の猛暑だそうだ――。信じられない話だが来年以降、地球は二五〇年程続く小氷河期に入るらしい。ますます憂鬱になる。
「散歩する気も失せるね」
会議後、行動指針が発表された。まず先遣隊を編成し、ビイェリアという地域に難民キャンプを設営。周囲の難民を手当たり次第保護する為、安全を重視し先遣隊としては大所帯になる。第一、第二中隊計二六二名を派遣。私は第二中隊なので、現場には一番乗り。ラッキーだね。そもそも会議とは名ばかり、この場所に派遣される事は前から決まってた事。会議で再確認しただけ。
第三、第四中隊、本部管理中隊はスロベニアで待機。特殊作戦群はオーストリアで分かれた以後、何をしているかは解らない……いったい私達は何人死ぬのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます