三節

出撃。特別編成治安維持連隊に栄光あれ

場所 日本 横田基地                  二〇三〇年八月十八日


 先般のセルビア軍核兵器使用との一報は二〇三〇年現在、極東地域最後のフロンティアであり、世界唯一の被爆国であった日本にも当然届いた。それもお茶の間へのダイレクトアタックという最悪の形で。

 これにより国会は兼ねてより派遣予定だったPKFを中止するか、強行させるかで揉めに揉めた。軍部の殆どは派遣に反対していた。戦死者が出る事を恐れたのだ。だが普段仕事をしない筈の外務省が派遣の有用性を国会で熱弁。東アジア核大戦で失われた唯一被爆国というブランドを取り戻すべく、多少の犠牲止むなしと、外務省内のほぼ全ての派閥が派遣賛成に傾いていた。米国を含むNATO諸国からの圧力は当然有ったのだろう。現に国連は日本の派遣を望んでいるむねをいち早く伝えて来た。


「先進国としての義務を果たせ」と。


 結果、だらだらと手続きは進行し派遣決定――今に至る。私の予想は良く当たるんだ。でも怖いよ? 戦争だよ?


 恐れるな。そう言い聞かせタラップを上る。

 現地への移動は隊員数が多いので、今回は政府専用機、軍のC‐3戦略輸送機に加え西ウクライナからのチャーター機を使用した。当然、武器や機材は軍の輸送機とチャーター機だ。私は運よく居住性の良い政府専用機に乗れた。ドイツまで十二時間、半日の辛抱だ。


 私たちに事前提供された情報は、この五つ。



一、炸裂したのは旧ソ連製の十二キロトン級核弾頭六発。セルビアからボスニア・へ

  ルツェコビナ一部国境をなぞる様に地表で使用されたが、今のところどちらが使

  用したかは不明。

  米国務省は名指しこそ避けたが、実質ロシアを批難した。


二、放射能濃度は落ち着いている。爆心地、グラウンド・ゼロより半径一五キロ圏内

  は『ゾーン』と呼ばれ立ち入りは制限、非武装地域に指定された。


三、現地の治安は急速に悪化。暴徒、テロリスト、民兵、セルビア正規軍、NATO

  軍、国連PKF部隊、PMCが入り乱れ。現地住民が数千人規模で拉致されたと

  の未確認情報あり。


四、ロシア軍の影響。現地治安維持を名目にセルビアを支援、一部地域に駐屯。首都

  ベオグラードより東側は完全に彼等の支配下にあり、この数週間サラエボ近辺で

  の動きが活発化しており様警戒。またロシア軍との交戦、接触は絶対に控えろと

  の厳命。


五、NATO治安維持部隊は加盟各国が兵力の出し惜しみを図り機能不全。国連査察

  団の受け容れも困難な様相を呈しNATOその物が形骸化しつつある。これに呼

  応するように、欧州連合部隊EUFORの権限が強化され、ボスニア治安維

  持連合軍アルティアを筆頭にロシア軍封じ込めを実施。何故か、英国は傍観を決

  め込んだ。



 専門家は現在の状況を、第三次世界大戦前夜とし警鐘を鳴らす。世界滅亡時計は残り三〇秒まで針を進めた。私達日防軍の任務は、形骸化しつつあるNATO軍のサポート。米国に顔が利き、なおかつロシアを除いたヨーロッパ諸国との軋轢が特に無い日本だからこそ出来る任務だそうで。俗に言う平和安定化部隊SFOR。これに参加するんだけど、NATO未加入国で非白人圏の国がこれに参加する事は、特に珍しくは無い。過去の例を挙げると九五年のボスニア・ヘルツェコビナ紛争の際、マレーシアやモロッコ等が参加していた経緯があるとか。今回私達が参加するのはノヴァ・アルティアとか云うよく分からん部隊。厳密には、SFORとは違う昔造った部隊のリメイクらしいけどね。でもラテン語の部隊ってカッコイイなぁ。

 正式名称〝European Union Force Nova Althea〟 欧州連合軍ノヴァ・アルティア

 チョーカッコイイねっ! あれだね! なんたら病ってヤツ! にしても今回の派遣、これは政治的判断によるものが大きいらしい。本来なら参加する必要も無い。というより、ロシアと事実上の領土問題を抱える日本は政治的に参加したくないのが本音だが国連から要請があったのは事実だし、なにより最初の被爆国として参加せざるを得ないという国内の妙な空気。加えて国そのものの技術力の高さ、資金力、アジア圏最強の自負、プライド、常任理事国入りへの布石として――。とにかくいやらしい理由も含まれるが、なし崩し的に派遣が確定した以上、任務は遂行しなくてはならない。これはほぼ予想通りだった。


 これが一九六〇年代なら大変だ。飛び交う火炎瓶。街は暴徒と機動隊員で溢れかえる。でも、もうそんな事は起きない。皆自分の財布で頭が一杯だから。疲れてまで実りの無い事はしなのだ。世界を見回すには首が必要だが、その首が回らない懐事情では意味が無い。これが良い事なのか、悪い事なのかは解らない。けど日本は平和になった。それは確かだね。

 今は、その平和を皆で享受出来れば、それで良いんじゃないか? 私は究極的には軍隊は不要だと思う。全ての世界が分かち合い。全ての確執が取り払われ、国境の概念が消えたとき、軍事組織は自然と消滅するだろう。宇宙人でも攻めてくれば、話は変わってくるのかな?


 この広い宇宙。私達は独りのまま、最後の時を迎えるだろう。誰も彼も、殆どの人間が、一万年後に人類が存命とは思っていない。不思議な生き物。遠い未来には絶滅しているから、先の事など考えず。地球を喰らい尽くしても構わないとでも言うのか。

 けれども、人類が滅亡するのは。もっと、もっと先だと思うな。そんな先も観て見たい。そう。遠い、遠い先の未来。私達軍人――。いえ、世界中の軍人達が戦い夢見たその先に何が有るか。私は知りたい。だって軍人の本質は人間を守る事なんだ。世界の滅亡なんて望んでいない。一番平和を愛しているのは軍人なのだから。自分達が命を掛け手に入れたものを、愛さない筈が無い。


 まただ。私は少し考え込むと頭が変になる。桜井は、それは大事な才能だから気にするなと言う。何の才能と尋ねると、「繊細なんだよ」だと。意味が解らないよ。本当に。


「また物思いか」


 隣の桜井がチャチャを入れる。その通り。頭ん中、木星辺りを飛んでたよ。


「まぁ程ほどにな。突然だが、今回の布陣、どう思う」

「そうねぇ。私は狙撃手育成過程が終了して直ぐの派遣だから、それは心配ね」


 実際、かなり簡略化された教育しか受けていない。


「それもそうだが、装備の話だよ」


 フム。私は戦車が無い事を不満に上げる。戦車は威圧感もあり、自爆テロ抑制効果はイラクやアフガニスタンで証明されている。現にアフガニスタン紛争当時、作戦に参加したカナダ軍には戦車が無かったのだが、やはり必要という事になり、ドイツから中古車を緊急輸入しているしねぇ。何故、戦車が自爆テロ抑止になるかといえば、相手がアレは攻撃しても無駄と判断し、戦車が駐屯している国境ゲート等は自然と攻撃目標から外れる傾向にある。勿論絶対ではないけどそれ程に、戦車というものは地上戦に関しては強い――。正に陸戦の王。


 今回は当然なし。てかそんな余裕は今の日本に無い。代わりに戦車とは云い難い。ちょっと高性能な戦闘装輪機動車CWMCが四輌だけ。装甲車や高機動車二型改、偵察バイク関連は充実している。ヘリは旧式のチヌークが二機だけ、オスプレイは虎の子なので派遣リストから外れた。


「こんなんじゃ難民を助けられないよ。あーあー。政治家さんにもっと物分りのいい人間が居ればなぁ」

「財務省が反対したらしいぜ? 新型を派遣して、万が一にでも大破なんてしたら補充にまた金が掛かるだろう? それが嫌なんだとさ。俺達の命は装甲材以下だ」


 命とは、セラミック装甲よりずっと脆く、尊いのにねぇ。ぐじぐじ考えても仕方ない。もう寝よう。プンスカピーだっ。


 その先に何が有るかも知らず。十人十色の様々な淡い希望を抱き、突き進む。ただ唯一、この派遣が世界平和に繋がると信じ。


 これはそんな特別編成治安維持連隊。第一次派遣隊、六〇〇余名の物語。


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