第68話 「緑山葉はお祭りで探し物をする⑤」

「では、お相手していただきましょうか。いきなさい、マンドレイクアクジョさん」

「えぇ……、やらなきゃダメなんですか……。ダルい……」

「当たり前です。引き籠ったら地面に除草剤撒きます」

「やめてぇ……、そんなことしたらここら辺一帯に影響が……」

「ならとっとと始めなさい」

「はい……」

 再び地面にマンドレイクアクジョが引き籠ったと思いきや、ひゅん! と次々に根っこが伸びてきた。

「また何か伸びてくる系? 芸がない……」

 と、僕が一瞬油断すると、

 バシッ!

 と一瞬のうちに僕の足首に根っこが纏わりついた。

「捕まえました……」

「しまっ……」

 と驚く間もなく、地面に引きずり込まれていきそうになる。

 なんとか僕は地面にしがみつきながらあがこうとするけど、いかんせん相手の方が力が強い。

 しかも――、

「まだまだいく……」

 根っこがまたもや数本、地面から生えてきた。

 くっ、と僕は一瞬耐えた後、懐から緑色の口紅を取り出した。

「お、漢気奮発ッ! 蒲公英ダンデライオン!」

 僕はルージュを塗りたくり、GODMSの粒を周囲に集める。

 粒は真っ白な綿毛へと変貌し、辺り一帯に散っていく。そして……、


 ドガン!

 と大きな音を立てて、次々と爆発していった。

「う、うう……」

 か弱い声が地中から聞こえてくる。同時に、僕の足首に絡まった根っこもなんとか緩んでいった。

「漢気奮発! 南瓜パンプキン!」

 すかさず僕はもう一本のルージュを塗り、GODMSの粒を集めて手から蔓を出す。それを近くの木の枝に引っ掛けて、そのままワイヤーアクションのように木に飛び乗った。

「メンドくさいな……。早く終わらせて引きこもりたいのに」

 相変わらず地中からぶつくさと何か言っている。

「だったらこんな真似やめてくれないかな? 今なら見逃してあげないこともないけど」

「やだ……。この人たちの漢気を抜いて女性にしたら、身ぐるみひん剥いて裸にしてもうあられもない姿をじっくり観察して妄想膨らませるんだ……。そんで、更に、ぐひひひ……」


 ……。


 あの……。


 何を言っているんですか、この人?

「意味が分かりませんの」

「分からなくて大丈夫ですよ、パールラさん」

 あ、パールラも分からないんだ。

「そういうわけだから、その……、アンタも尊い犠牲になってもらう……」

 何が尊いんだろうか、ワケが分からないけど……。

 早いところこの闇乙女族を倒さないと更にとんでもないことになりそうだ。ワケが分からないけど。

 さて――、

 どうやって攻撃を当てるか。

 地面に引きこもっている状態じゃ、僕の攻撃は届きそうにない。かと言って、地面に潜るとかできっこない。

 僕は木の上から地面とにらめっこしながらしばらく考え込んだ。

「あのぉ……、出てきてください」

「……いや。地面に引きこもる。あ、言っておくけど無理矢理引き出そうとしたら大声挙げるからね。私の悲鳴を聞いたら、それこそここら一帯にいる人たちが一瞬で漢気全部抜かれるから。マジだから。それだけ忠告しとく」

「こらッ! そういうことはバラさないでおくものです!」

 ――うぅん、ダメか。

 緊張感のない物言いとは裏腹に、闇乙女族の能力は相当なものみたいだ。

「……というわけで、邪魔だから。アンタとっとと片付ける」

 と、再び根っこが僕の方へ伸びてきた。

 ――マズい!

 一瞬呆けて隙をつくってしまった。


 その瞬間――、


 ひゅッ!


「えっ……」

 僕の目前を何かが掠めた。と思いきや、根っこの先端が瞬時に分裂して、動きが止まる。

 これは一体……。

「お待たせッ!」

 上空から誰かの声が聞こえてきた。

「ったく、なんか物騒なことになってきてんな!」

「ウイングさん……、クローさん……」

 上空からゆっくりと羽を下ろすように着地していく、オトメリッサ・ウイングさんとクローさん――、つまり翼さんと爪さんがそこにいた。

「闇乙女族の反応があったからボクが呼んできたメ!」

 ついでにメパーの姿もそこにあった。全く気が付かなかったけど、来ていたのか。

「折角の祭りだってのに、空気読まない奴だな」

「地面の中から攻撃してくるのか、厄介だね」

「なんとかして引きずりだしてやるか……」

「それが、ダメみたいで……。無理矢理出したら周囲の人たちの漢気を奪う悲鳴を挙げるとか……」

「なんだそりゃ? ったく、これだからヒッキーは」

「自分から出てきてもらうしかないってこと? 難しいなぁ……」

 僕たちはしばらく考え込んだ後、

「こうなりゃあの手しかないな……」

「あの、手?」

 ――なんだろう?

 爪さんの顔が一瞬いやらしい笑みを浮かべたような気がする。

「あぁ。日本古来より伝わる手段だ」

 僕たちはごくり、と固唾を呑む。

「その手って、一体なんだメ……」

 不安そうにメパーは見つめる。まぁ、そりゃ嫌な予感しかしないよね。

「ふっふっふ……」にやり、とクローさんはほくそ笑みながら、「とりあえず、脱げ!」


 ……。


 ……。

「はい?」

 何を言っているんだろう、この人。

「変態だメ……」

「何とでも言え! いいからとっとと服を脱げ! それから〇〇を〇みながら△△と×××しながら☆☆☆を合わせろ!」

「あの、爪くん……」珍しくウイングさんが冷や汗を垂らしながら、「いくらなんでも、その、不適切にもほどほどってものがあるような……」

「うるせぇッ! コンプライアンスなんて知ったことかッ!」

 ――ええと。

「じゃあさ、こういうのはどうかな? みんなでじゃんけんやって、負けた人が脱いでいくっていうのは」

「なるほど、そいつはかつてない斬新なアイディアだぜ!」

 いえ、それ世間では野球拳って言うと思います。小学生の僕でも知っています。

「……ぬ、ぬぐ、のか」

 ――あれ?

 マンドレイクアクジョがなんだか興味を持っている?

「ちょ、ちょっとマンドレイクアクジョさん! こんな戯言を真に受けないでください……」

「戯言じゃねぇぜ。一枚一枚、じっくり脱いでエロティックな光景を……」

「ぜ……、全部はダメです。せめて、靴下は……」

「問答無用! さぁ、早速始めるぜ!」

「はい、やーきゅうーすーるならーこういう具合にしやさんせー」

 やっぱりその歌知っているんですね。もうアウトです。始めた時点でセーフなんてものは存在しないレベルです。

「も……」

 ――って、あれ?

 意外と食いついている?

「や、やめなさい……」

「もう、辛抱たまりましぇえええええええええええええええええええええんッ!」


 ズサッ!

 という音と共に、マンドレイクアクジョの顔が地面から出てきた。

「かかったなッ!」

 ――そうか。

 まさか今のやり取りって、クローさんがこれを狙ってやったのか。

「今だよ、葉くん!」

「あ、はい!」

 呆けている暇はない。僕はこのチャンスを使い、一気にGODMSを集中させた。

「ぬ、脱いでない、だと……」

「今更気付いても遅いよッ!」僕は手にした斧を思いっきり投げつけた。「オトメリッサ・プラントトマホークッ!」

「う、やっぱ引きこも……」

 と地中に戻ろうとしたのも束の間――、

 ズサッ!

 鈍い音を立てながら、斧はマンドレイクアクジョに当たった。

「うああああああああああああああああッ!」

 斧に纏わりついていた緑のGODMSの粒が、葉っぱの形になっていって更にマンドレイクアクジョの周囲を泳いだ。かと思いきや、素早いスピードで次々と鎌鼬の様に切り裂いていく。

 そして、しばらくの攻撃の後……、

「や、やっぱ、地上は、怖い……」

 という断末魔の叫びと共に、マンドレイクアクジョは光の粒へと散華していった。

「あぁ、もう! 計画倒れではありませんか! 覚えていなさい。次こそは必ず……」

 そう言い放って、アメジラもその場から消えるようにいなくなってしまった。

「や、やった……」

「手ごわい相手だったぜ」

 いや、クローさん、っていうか爪さん。あなた今回良く分からないことを言っていただけのような気がします。

「さぁ、早く祭りに戻らなきゃ……」

 おっとそうだった。もうすぐ花火が始まる時間だ。

 そろそろ根元さんも戻ってくるタイミングのはず……。


「クスス……。お見事、ですの」

 ――えっ?

 すっかり忘れていた、パールラの声が聞こえてきた。

「パールラ、一体どこに……」

「ここ、ですの」

 いつの間にかパールラは、僕たちの対面にある木の枝に登っていた。

「勝負は終わったはずだ。お前、一体何を……」

「いえ、ちょっと計画変更ですの。折角だから、わたくしも遊びたくなってきましたの」

 遊ぶ、だと!?

 パールラを睨みつけた瞬間、僕ははっと目を見開いた。

 彼女の背中から、何本もの棘鞭のような触手が伸びている。地面に向かっているかと思いきや、その先端に何かが括りつけられている。

 あれは、まさか……。

「おい、何で……」

 見覚えのある浴衣姿の少女。

 さっきまで、飲み物を買いに行くって言って、それっきり……。

 それが、何で……。


「ね、根元さんッ!」

 気絶したのか、ぐったりしている根元さんが、パールラの触手に絡みついていた。

「クスス、人質ゲットですの。さぁ、オトメリッサさん。どうしますの?」


 ――またか。

 ――また、コイツは!

 ――僕の、大事な人を奪おうというのかッ!


 歯を食いしばりながら、僕はひたすらパールラを睨みつけていた。

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