第69話 「緑山葉はお祭りで探し物をする⑥」
「君は一体……?」
「そうそう、貴方たちは初めまして、でしたの。私はパールラ。闇乙女族の幹部ですの。オトメリッサ・ウイングさんにオトメリッサ・クローさん」
「チッ、俺たちのことはとっくに知ってるってことか。それよりも、その人質を放せッ!」
「放せと言われて放すわけがありませんの。クスス……」
やっぱりパールラは笑っている。明らかに僕たちを挑発して楽しんでいる。
「あの捕まっている女の子って、さっき葉くんと一緒にいた……」
「はい……」
僕はそう答えるので精一杯だった。
――それ以上、根元さんに手を出してみろ。
――ただじゃおかないからな。
僕は鋭い視線でパールラにそう念を込めた。パールラはその声なき声を汲み取ったのかいないのか、相変わらず口元を歪めてほくそ笑んでいる。完全に舐め切っていることだけは間違いない。
コイツに対しては、柳田を小さな女の子に変えた恨みがある。それに加えてこんな仕打ちだ。
今日は何もしないと言っていたアレは真っ赤な嘘だった。ちょっとでも信じようと思った自分をひたずら恥じている。
「よ、葉くん……」
ウイング、いや、翼さんが僕を心配そうに見てくる。だけど僕は彼女を睨むのをやめない。今はそれが僕にできる精一杯の抵抗だ。
「おい、お前の目的は漢気じゃねぇのかッ! だったらそのガキは関係ねぇだろッ!」
「話聞いていませんでしたの? 人質、だって言いましたの。脳味噌は猿から進化していないんですの?」
「こ、こんのガキャァ……」
クロー、もとい爪さんはパールラの挑発に乗りかけている。
「何が要求なの?」
「あら、貴方は話が早くて助かりますの。そうですの……、まず皆さんがお持ちのブレスレットと口紅を渡してほしいですの」
「なっ……。そんな要求吞めるわけ……」
「あとは、そう……。もうひとつ欲しいものがありますの」そう言って、パールラはこちらを指差した。「貴方が欲しいですの。緑山葉さん……」
……。
えっ……?
「葉、くん?」
「はい、ですの」
――どういうことだ?
「クソガキッ! ふざけんなッ!」
「ふざけていませんの。真剣ですの。私は緑山葉さんのことがとっても、とっても気に入ってしまったですの。もっと、もっと、素敵な玩具として手元に置いておきたいと思いまして。だから、こちらにください、ですの」
――な。
言葉はもう詰まるしかなかった。
「ください、と言われて簡単に渡せると思う?」
「ふぅん……」
根元さんの四肢に絡みついている茨がギッ、と一層締め付けられる。気絶しているけど、根元さんの表情が苦悶を浮かび上がらせている。
「やめろッ!」
「このままこの子の身体を引き裂くこともできますの。やめて欲しかったら大人しく言うことを聞きますの」
パールラ……。
「葉くん……、顔が怖いよ……」
翼さんが僕を見て不安そうになっている。
だけど、不安なのは僕だって一緒だ。いや、不安なんてレベルじゃない。
この感情、今まで僕が感じたことのない――。
――どうする?
奴の物になるだなんてまっぴら御免だ。だけど、要求に従わなかったら根元さんはどうなる?
このまま差し違える覚悟で奴を倒す? 力が未知数の相手に?
従うフリして寝首を掻いてやるという手もある。だが、奴がそんな手に引っかかるとは到底思えない。
どうする? どうする?
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする……。
「さて、どうしますの? 大人しく要求を……」
その瞬間――、
ブンッ!
何かが弾け飛ぶような音が聞こえる。
「ウッ!」
その“何か”がパールラの右手に当たった瞬間、ほんの少し茨が緩んだ。
――なんだ?
と、呆けている隙もなかった。
誰かが一気に飛び上がり、素早い動きで根元さんのほうへ向かい、あっという間に彼女を抱きかかえた。
「な、何なんだ……」
パールラの足元を見る。当たったであろう小さな弾がいくつか落ちているけど……、これは……、
「コルクの、弾?」
先ほど射的の屋台で見かけた、あのコルクの弾だ。
これはまさか……。
「人質とは愚かな奴め。だが、伝説の前にはそのようなものは通用せん」
根元さんを抱きかかえたその人物は、ゆっくりと僕の方へ近づいてきた。
「あ、あなたは……」
「てめぇ……」
「あ、白龍くん!」
突然現れたのは、さっき射的の屋台で出会った、やたらカッコいいお兄さん――白龍 説さんだ。
「メ……、あれは、もしかすると……」
メパーが彼の姿を見て、何かぶつくさ言っている。
「ほら、貴様の彼女だろ。しっかり守ってやれ」
そう言って、そっと根元さんを僕に渡してきた。
――って、あれ?
僕は今、オトメリッサ・リーフに変身している。けど、その正体をこの人に明かしたことはない。何で一目見て僕だって分かったんだろう?
「クスス……、やってくれましたの」
「貴様も闇乙女族とやらか。また随分とやらかしてくれたようだな」
「えっ?」
この人、闇乙女族のことを知っているの?
「不思議そうな顔をするな。一応、以前そこの金髪が変身したところを見たことがあるだけだ。あのときもオレが助けてやったっけな」
「ぐっ……、その話をするな……」
あぁ、そういうことか。納得した。
「でも、何で僕の正体まで分かったんですか?」
「それぐらい顔を見れば分かる。女に変身したところで目付きと鼻立ちが変わるわけではないからな」
それだけで僕だって見抜いたのか。凄い……。
「クスス、また不思議な方がいらっしゃいましたの。ちょっと分が悪くなってきたようなので、今日のところはおいとまさせていただきますの」
――っと、いけない!
「ふざけんなッ! 逃がしてたまるかッ!」
「あらあら、見た目によらずヤンデレ気質ですのね。怖い怖い」
「待て! まだお前には言いたいことが……」
「充分ですの。お遊びの本番はいずれまた、ですの……」
そう言って――、
パールラは、あっという間に霞のように姿を消してしまった。
――クソッ!
悔しい。また、逃げられてしまった。
根元さんを助けることができた、いや、この人に助けてもらったのだが――、それはともかく、結局何も一泡吹かせることもなく、無傷で逃がしてしまった。
柳田のときも、何もできないままだった。己の無力を思い知って、悲しい思いをさせてしまった。
パールラは、何か下見に来た、と言っていた。まだ何か企んでいるはずだ。
――絶対。
――次は。
「ブッ殺してやる……」
僕は小声でそう呟いた。
「葉くん……」
「おい、あんな挑発に乗るなよ」
翼さんも爪さんも、僕のことを心配そうに見てくる。
「ふむ……、貴様、何か自分を見失っているな」
ドキッ!
僕は思わず、我に返ってしまう。
「えっと、その……」
「何があったかは知らんが、これだけは言っておこう。人は誰も、自分自身を見失うことはある。見失ったら、その都度しっかり探せ。以上だ」
「何言ってんだお前?」
――探せ?
言っている意味が、正直良く分からなかった。
だけど、何故だかはっとさせられたような気がする。自分を見失っている自分がいる、それだけは間違いない。
――いけない。
僕はゆっくり深呼吸をして、変身を解いた。
折角のお祭りなんだから、これ以上気分を害されてはいけない。
「まぁいい。オレはそろそろ行くぞ」
「あ、ありがとうございました……」
「メ……」
――探せ、か。
確かに、色んなことがありすぎて自分を見失っていたのかも知れない。考え事だらけだけど、しっかりしなきゃ、な。
どうやら僕の探し物は、まだ増えそうだな――。
「では、さらばだ」
説さんは特に会釈もしないまま、すっとその場を離れていった。
「本当に何なんだ、アイツ……」
――不思議な人だな。
良く分からないとしか言いようがないけど、あの身体能力といい、伝説にこだわるところといい、今までに出会ったことのないタイプなのは間違いない。
とにかく、今度会うことがあれば改めてお礼を言おう。僕はそう心に刻んだ。
「んっ……」気を取り戻したのか、根元さんの瞼がゆっくり開いていく。「みどりやま……くん?」
「気が付いた?」
「あれ? 私、飲み物買いに行って、それで……」
「あ、その……、なんか躓いたのか気絶していたみたいだよ」
僕は適当に誤魔化しておいた。
「そっか……」意識を取り戻した根元さんは、そっと立ち上がり、スマホの時計を見た。「って、もうすぐ花火の時間じゃん! 早くいかないと!」
――おっと!
戦いですっかり忘れそうになっていたけど、もうそんな時間か!
根元さんは完全に元気に戻った様子で、奥の方へと駆け出していった。
「ほら! 先に行くよ! すぐ来てね!」
――やれやれ。
僕たちがどんな苦労で助け出したのか知らない様子で、彼女はあっという間にいなくなってしまった。
「あ、じゃあ僕はこれで……」
「おう、お疲れさん!」
「ちゃんと根元さんのこと……」
「ちょっと待つメ!」
立ち去ろうとする僕を、メパーがいきなり呼び止めた。
「なんだよ、まだ何か言いたいことでもあんのか?」
「あの、僕本当に急いで……」
「見つけたメ!」
――えっ?
僕も、翼さんも、爪さんも、目を丸くしてメパーを見据えた。
「見つけたって、何が……」
「新しい、オトメリッサだメ!」
えっと……。
新しいオトメリッサって……。
そういえば、そういう話をしていたっけ?
「って……」
「まさか……」
「そうだメ! さっきの人質を助けたファインプレー……、まさに凄まじい漢気を感じたメ! そういうわけだから、あの説とかいう兄ちゃんを新しいオトメリッサとしてスカウトするメ!」
……。
……。
…………。
「ええええええええええええええええええええええええええええッ⁉」
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