第67話 「緑山葉はお祭りで探し物をする④」

「なんで、こんなところに……」

「クスス。別に、ただの下見、ですの」

 ――下見だって?

「また何か企んでいるのか?」

「さぁて、それは秘密ですの」

 どうやらあくまでも白を切りとおすつもりらしい。

 相変わらず不気味に微笑むだけで表情を変える気配がない。最初に出会った時は可愛らしい笑顔だと思っていたけど、今では恐ろしいという感情になっている。

「植物たちは教えてくれたよ。『本物の嘘つきは、たくさんの真実の中にほんのひとつまみだけ嘘を混ぜる』って。君がどこからどこまでが本当なのか分からないけど……」僕はパールラをキッと睨みつけ、「君たちが何を企んでいようと、僕はいつだって相手になってやるよ」

「そんなに怖い顔しないで欲しいですの。本当にただ“下見”に来ただけですの」

「どうせ漢気を集める作戦のための下見なんだろ? 見過ごすわけにはいかないな」

「クスス、なかなか怖い顔していますの。まぁ、その考えは大体当たっていますけど」

 僕なりに精一杯威嚇したつもりなんだけど、全く効果がないみたいだ。

「答えろ! 何を企んでいる? 絶対に碌な作戦じゃないだろう」

「それはまた当日のお楽しみ、ですの」

「今日のところは何もする気はないみたいだね。だったら早く帰ってくれないかな。折角の花火大会を台無しにしないで欲しい」

「あらあら、それはそれは失礼しました、ですの。では、日を改めることにしますですの」

 ――なんだ?

 随分と聞き分けがいいな。

 今日ばかりは退散してくれるとありがたいけど、こうもあっさりと引き下がると寧ろ不気味すぎる。このまま彼女の言葉を信じて良いものだろうか……。

「……本当に戦う意志も、人を襲う意志もないんだよね?」

「はい。間違いなく『今日のところは』引き下がります、の」

 ――うぅん。

 このまま見過ごすべきか、ここできっちり片を付けておくべきか。

 パールラが何かしら企んでいることは明白だし、柳田の敵討ちもある。だけど、僕一人ではとてもじゃないけど敵う相手ではない。用心することに越したことはないけど、この場はそっとしておくのが得策かも知れない。

「……分かった。何もしないなら、僕も何もしない」

「クスス、賢明な判断ですの」

 ――気をつけろ。

 パールラは恐ろしい相手だ。こちらが油断したところを襲ってくる可能性だって充分ある。

 僕は心を引き締めて、じっと彼女を睨みつけていた。

「おっ、ここ穴場じゃね?」

「だろ? こないだ偶然見つけてさぁ……」

 ――なっ!?

 突然、人の声が聞こえてきた。二人の男の声だ。彼らは草むらを掻きわけてゆっくりと顔を出してきた。

 もしかして、僕ら以外にもこの場所を知っている人がいたのか? 秘密の穴場スポットとはいえ、知っている人は知っているということか。

 って、そんなことを気にしている場合じゃない。

「お兄さんたち、ここに近づか……」

 と、僕が言いかけた、その瞬間……、

「うわぁああああああッ!」

「なんだこりゃあああああああああああッ!」

 突然、地面から何かが生えてきた。

 これは、木の根っこ?

 何なのかよく分からないそれは、二人の右足首にそれぞれ絡みついていく。

「あああああああああああああああああああああああッ!」

 二人は断末魔の悲鳴を挙げて山道の奥の方へと引きずられていく。僕が少し呆けているほんの数秒間に、二人の姿は見えなくなってしまった。

「やっぱりこういうことだったか!」

「いいえぇ。これはわたくしでは……」とパールラが言いかけたところで表情をふっと緩めて、「あぁ、なるほど。そういうことですの」

「そういうことって……」

「ついてきてください、ですの」

 パールラはそのまま二人が引きずられた方へと走っていった。

「お、おい……」

 僕はパールラを追いかけた。山道は思ったよりも広くて危うく見失うかと思ったけど、彼女の真っ白な服が暗闇では目立ってくれたおかげかなんとか姿を見つけることができた。

 そして、パールラは突如道の途中で立ち止まり、

「ここ、ですの……」

 僕はスピードをゆっくりと緩めて彼女に近付いた。

 そして、彼女が見上げている方向に僕も目を向けると、

「う、わああああああああああああッ!」

 あまりにも絶句する光景――。

 何人もの男性が、根っこのようなものでグルグル巻きにされて吊るされている光景。見た感じ気絶しているだけのようだけど、気持ちのいい光景ではない。

 男性たちの蔓を辿っていくと、どうやらそれは地面の下から伸びているみたいだ。

「……出てきなさいですの、アメジラ」

 ――えっ?

 アメジラって、確かプールのときにいたあの闇乙女族? 一体どこに……?

「あら、パールラさん。それに、その子は……」

「何をしている!?」

 僕は睨みを利かせて思いっきり叫んだ。

「バレてしまいましたか。まぁ、仕方ありませんね」

 奥から現れたのは、紫のスーツの女性。間違いなく、この前のプールにいたあの女性だ。

「クスス、あなたにしては珍しく仕事熱心ですの」

「仕事? あぁ、これは……」

「う、うぅ……。うるさい……」

 ――今度はなんだ?

 地面の下の方だろうか、くぐもったように低いけど明らかに女性の声が聞こえてくる。

「すみません、マンドレイクアクジョさん」

 そう呼びかけると、アメジラの足元からひょっこりと誰かが顔を出した。

「わ、わ、私は静かに引きこもっていたいんで……、その、騒がないでもらっていいですか……」

 茶色い肌。長い髪。頭から生えた数枚の緑色の葉っぱ。闇乙女族なのは分かるけど、どこか気の抜けた顔つきだ。

「申し訳ないですが、まだ話の途中なので我慢していてください」

「うぅ……、早く終わらせてくださいよ……。私、残業とかしたくないんで……」

 なんていうか、随分引きこもり体質というか、コミュ障というか。

 こんな闇乙女族もいるのか。今に始まったことじゃないけどさ。

「さて、と」気を取り直した様子で、アメジラは僕らを見据えて、「パールラさんはここで一体何を? わたくしの妨害でもなさるおつもりで?」

「そんな無粋な真似はしませんの。あなたじゃあるまいし」

「あっそうですか。だったら早いところ去ってくださいな」

 互いににらみ合う二人。

 もしかしてこの二人、仲が悪いのかな?

 ――って、

「そんなのはどうでもいい! この人たちを放せ! どうせ漢気を抜き取るつもりなんだろ!」

「漢気? あぁ、まぁそれもありますが……」

「……おびき出す餌、ですよね」

 またもやマンドレイクアクジョが顔を出して話しかけてきた。

「え、ええ。そういうことです……」

「おびき出す? まさか、オトメリッサを……」

「あ、違います」

 きっぱりと否定されてしまった。

「……あなた、まだ“アレ”にご執心ですの?」

「ええ。勿論。“イニム様”はあくまでもわたくしのものですから」

 ――イニム様?

 また新しい名前が出てきた。どういう関係なんだろうか?

 気になるところではあるけど……、

「とにかく! この人たちを放せ!」

「心配せずとも後できちんと解放致します。イニム様を見つけて、その後じっくりと漢気を抜いてから、にはなりますけどね」

 結局漢気を抜くのか。

 だったらもうこれしかない――。


「オトメリッサチャージ・レディーゴーッ!」

 ブレスレットから淡い光が放たれて、何か暖かい感触が僕の肌を覆う。

 緑色に変化したその光は、僕の身体を包み込んだ。一瞬、胸に痛みが奔るが、それが治まったかと思ったら胸が異様に膨らんでいる。お尻も大きくなって、髪も伸びていく。脚も少し伸びた気がするが、それはやがて後ろに纏められていく。Tシャツと短パンだった僕の服が、緑色のチューブトップのドレスのような物に変化し、肩には同じく緑色のストールが纏わっている。

 そして、やがてその光が消えたかと思うと――。

「癒しの草花、オトメリッサ・リーフ!」

 僕は、魔法少女オトメリッサに変身した。


「クスス、やはりそういう流れになりますの」

「あらあら、あなたオトメリッサさんでしたか。これはしっかりとお相手しなければなりませんね」

「覚悟しろッ! 僕が相手だッ!」

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