第66話 「緑山葉はお祭りで探し物をする③」

「わぁ、あの人カッコいい!」

 根元さんは見惚れているみたいだ。

 確かに見た目はカッコいいけど、なんだか複雑な気分。嫉妬じゃない、と言えば嘘にはなるけど。

「あのさ、根元さん……」

「ねぇねぇ! 絶対あの人極道に向いているよね! スカウトしたらスナイパーとして第一線で活躍できるよ!」

「いや、うちにスナイパーいないから」

 根元さん、任侠映画が好きな割に時々知識がおかしな方向にいっているんだよなぁ。

 それにしても、あの人……。

「ん? お前は、どこかで……」

 僕たちに気が付いたみたいだ。

「あ、はい。こんばんは。こないだプールでお見かけした……」

「あー、そういえば伝説がどうとか言って実況してた人だ!」

 根元さん、気付くの遅いよ。

「ふむ、あの時の参加者か。なるほど……」

「それにしても、凄い景品の量ですね」

「オレにかかればどうってことはない。これぐらい朝飯前だ」

「朝飯前って、兄ちゃん……」射撃屋のおじさんが話しかけてきた。「あんた、途中から鉄砲を使わずに弾を指で弾き飛ばして倒していたじゃねぇか!」

 えっ……?

「あんな弱い銃では埒が明かなかったからな。効率が良い方を選んだだけにすぎない」

 いやいやいやいや、これってただのコルク弾だよね? それを指で弾いて景品を倒したって、物理的に無理あるよね?

 こないだも凄く変わった人だなぁと思っていたけど、いよいよ訳が分からなくなってきたかも。

「ヤバ……、クールな見た目に反してワイルド! ギャップ萌えすぎる!」

「……そろそろいこっか、根元さん」

 悪い人じゃなさそうだけど、あまり関わり合いにならないほうが良さそうかも。

「なるほど、どうやら君たちはデートの最中だったか。すまなかったな、オレの伝説が足止めさせてしまったようだ」

「いえ……、僕たちが勝手に見てただけですから」

 自意識過剰っていうのかな、これは。

「それじゃあ、これを」白龍さんは足元にある景品の山の中から何やら取り出して、「これも何かの縁というものだからな。折角だからひとつあげよう」

 白龍さんが取り出したのは、小さなスナック菓子だった。細い棒状のプレッツェルにチョコを掛けたアレ。

「いえ、別にそこまで……」

「気にするな。オレは伝説だからな。伝説の品として受け取っておくがいい」

 割とそこらで売っているありふれたお菓子なんだけど……。まぁ、ここは貰っておこう。

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「うむ、気を付けていくがいい! さて、次は輪投げで新たな伝説を築きあげるとしよう」

「お、おい! ここら一体の輪投げ屋に注意喚起して回れ! 早くだッ!」

 ――ドンマイ、屋台のおじさん。

 僕らは戸惑いながらも、お菓子を受け取って更に奥へと進んで行ったのだった。


「それにしても、さっきの人カッコよかったぁ」

「……そ、そうだね」

「あれ? もしかして嫉妬してる? やだぁ、可愛い!」

「別に嫉妬しているわけじゃ……」

「心配しないで! 私にとって一番は君なんだからね!」

 ――参ったな。

 完全に根元さんのペースにハマっている気がする。

 いい加減、僕の気持ちをはっきりさせるべきなのだろうか。現状は「まずはお友達から」にはなっているんだけど、これは曖昧なのだろうか?

 僕の、本当の気持ち……。

 僕の、僕の、僕の、僕の……。

「あのさ、根元さ……」

「あ、そうだ!」根元さんが話を遮ってきた。「八時から花火が始まるんだった!」

「う、うん……」

「人混みが凄いけど、すっごい穴場スポット知っているんだよね! 今から一緒に行こう!」

 ――あぁ、もう!

 結局きちんと話ができないままだ。このままズルズルと引きずってはいけないのに。分かっているのに。

 花火、か……。

 僕は少し考えた。穴場スポットなら、人気は少ないはずだ。これはチャンスかも知れない。ここできちんと話をして、その中で自分の気持ちをはっきりとさせよう。

「……うん、行こう!」

「やったぁ! 決まりだね!」


 僕は根元さんについていくまま、神社の横にある山道に入っていった。

「ここ? 割とみんなが陣取る場所のような……」

 草履で山道は少しキツいけど、そんなに歩くわけじゃないし、祭りがひと段落した人たちが次々と登っていくのも見える。穴場というにはちょっと無理があるような……。

「ふっふっふ、甘いのだよ緑山くん」根元さんが不敵に微笑んでいる。「まぁいい、こちらに来たまえ」

 そう言いながら、根元さんは舗装されていない道へ逸れていった。

「ちょ、ちょっとそっちって……」

「だぁいじょうぶ!」

 すたすたと進んで行く根元さんを僕は慌てて追いかけた。運動部の助っ人をやっているだけあって、歩くスピードが速い。それに加えて慣れない履物と足元の悪さで僕は必死で彼女を追いかけた。

「ま、待ってよ……」

 しばらく追いかけていると、突然根元さんが立ち止まった。薄暗い山道からうっすらと光が見える。

 ぼくはようやっと根元さんにたどり着いた。

 そして、そこに広がっていた景色は……、

「わあああああああああああああああッ!」

 思わず僕の口から感嘆が漏れてしまう。

「ね、凄いでしょ!」

 確かに、これは凄い……。

 小高い丘へと抜け出た僕の目の前に飛び込んできたもの――。

 見慣れたはずの街並みが見えるだけ、だと思った。

 だけど、そこには暗闇にぽつん、ぽつんと明かりが灯っている光景。なんてことはない、ひとつひとつは小さな窓の明かりだ。だけど高いビルから、小さな平屋まで、それらが無数に集まり、巨大なイルミネーションへと変貌させている。

 こんなに凄い夜景は、そうそう見えるもんじゃない。

「凄い、こんなところにこんな夜景が広がっていたなんて……」

「ふふん! ついてきて良かったでしょ!」

 素直に感心した。そこらの展望台とかよりもずっと綺麗に見える。

「ありがとう、連れてきてくれて」

「と、当然でしょ! 緑山くんのためなら、これぐらい!」

 ――あれ?

 根元さん、珍しく顔を赤くして照れている。いつもはハイテンションで僕をグイグイと引っ張っていくのに。そんなに素直に感謝されたのが嬉しかったのかな?

「ここからなら花火も綺麗に見えそうだね」

「でもまだ花火まで時間があるからね。ちょっと喉渇いちゃったなぁ。ってことで、今のうちに飲み物買ってくる!」

「だったら僕も……」

「いいの! 私がついでに買ってくるから! 何がいい?」

「あ、それじゃあお言葉に甘えようかな……。麦茶お願い」

「分かった! その代わり、この場所に誰も入ってこないように陣取っていてね!」

「うん……」

 根元さんはそのまますたこらさっさと走り去っていった。

 ――よし!

 今のうちに、心の整理をつけよう。そして、これからしっかり話をしよう。

「スー、ハー、スー……」

 根元さんが見えなくなるのを確認して、僕は何度も何度も深呼吸をしていた。


「クスス……」

 ――えっ?


 突然、僕の耳に届く、微かな笑い声。

 それには聞き覚えがあった。だけど、何故ここに?

 僕はひたすら困惑して、辺りを繰り返し見渡した。

「まさか、どうして……」

「私も驚きましたの。本当に奇遇ですの。あなたとこんなところでお会いできるなんて……」

 そう言って、木の陰から、ゆっくりと人影が現れる。

「お前は……」

「お久しぶり、ですの。“オトメリッサ・リーフ”さん」

 真っ暗闇に突如として現れた、真っ白なワンピースの少女。暗闇だからこそ分かる、光るような銀色の髪。そして、真っ白な帽子。

 間違いない、彼女は――、

「パールラ……」

 闇乙女族の幹部の一人。そして、柳田を小さな少女に変えた張本人。

 僕にとって、誰よりも憎い相手。


 突然現れた彼女の姿に、僕は開いた口が塞がらなかった――。

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