第65話 「緑山葉はお祭りで探し物をする②」

「それじゃあ、やなちゃん。僕は行くからね。良い子にしているんだよ」

「うん、おじちゃんの言うことちゃんと聞くよ」

 僕は柳田の肩をポンと叩いた。

 折角のお祭りだから、と僕は深緑色の浴衣に着替えさせてもらっている。普段和服なんて着ないから、ちょっと新鮮な気持ちだ。ちなみに柳田も淡い緑色の浴衣に着替えている。勿論小さな女の子用なんだけど、本人は凄く喜んでいた。

「お父さん、それに影子さん……。よろしくお願いしますね」

「おうよ! 店が始まるまでは面倒見ておくぞ」

 お父さんは黒いシャツ姿に、ねじり鉢巻きという姿で腕を組みながらガハハと笑った。

「後で“お姉さん”とお祭り回ろうねぇ」

「うん! オバちゃんと一緒に回る!」

 意気揚々とした柳田の返事に、影子さんの「あはは……」と渇いた笑いが聞こえてくる。大丈夫だとは思うけど、ちょっとだけ心配になってきた。ちなみに影子さんも薄いグレーの浴衣に着替えている。なんだかんだで大人っぽい魅力があるようにも感じる。

 僕は神社の鳥居の前で、三人と分かれることになった。時刻は夕方の五時半を過ぎている。ここからでも見えるほどにちらほらと屋台に人が集まってきているし、醤油の焦げた良い匂いも微かに漂ってくる。

 鳥居の奥、手水の周辺で僕は少し待ちぼうけしていた。

「あ、もう来ていたんだ。待った?」

 しばらく待っていると、根元さんがやってきた。

 彼女も浴衣姿だ。緑地にピンクのオシャレな花柄模様。髪はいつものショートヘアだけど、今日は珍しく赤い花をあしらった和風のヘアピンも着けている。

「あ、うん……」

 僕は一瞬言葉に詰まる。

「……ヘン、じゃないかな?」

「ううん、そんなことはない、よ……」

 ――可愛い。

 素直にそう言えば良かったんだけど、どこか戸惑ってしまう。

「もう! 良いなら良い、変なら変ってちゃんと言って!」

「ご、ごめん……」僕は喉を唸らせてから、「似合うよ、凄く……」

 そう言ったら根元さんはにっこりと微笑んで、

「ありがと!」

 感謝された僕は、またもや照れくさくて顔を赤らめた。

「それじゃあ、行こうか!」

「うん!」


 神社の中は人混みとライトアップ、そして屋台が連なって非常ににぎやかになっていた。

「さぁて、まずは何を食べようかなぁ」

 根元さんは屋台をあちらこちらと眺めながら歩く。

「あはは、早速なにか食べるんだ」

「もっちろん! あ、もしかして私が太ることを心配している?」

「そ、そういうわけじゃ……」

 根元さんは意地悪そうに僕を見つめる。

 ――なんだろう。

 明るくて良い子だし、皆の人気者だし、こんな子に告白されたのが今でも信じられない。僕がただ極道の家の人間ということだけだと思うんだけど、それでも嬉しいはず、なんだよね。

 なのに……、

「ねぇ、根元さん」

「ん? なぁに?」

 ――聞いても、いいのかな?

 僕は口をモゴモゴと動かしながら、言葉を溜め込んだ。

「あのさ、根元さんは本当に、僕のことが、その……」

「好きに決まってんじゃん!」

 ――えっ?

 僕は目を丸くして驚いた。

「それって、僕の家が極道だから……」

「それもあるけどさ、やっぱり緑山くんって、すっごく良い子だもん。知らないとは思うけど、結構人気あるんだよ?」

「そ、そうなの?」

「そうだって! ホントに自覚していなかったんだね。ま、その話は後でやることにして」根元さんは近くの屋台へ一目散に駆け寄り、「おじさん! りんご飴二つください!」

「おう、まいどあり!」

 屋台から戻ってきた根元さんは、僕にりんご飴をひとつ手渡して、

「はい、これ!」

「あ、ありがと……」

 ドキン! と僕の胸が鳴る。

 なんていうか、これじゃあまるでデートみたいだ。いや、デートなんだけど。僕たちは別に正式にお付き合いしているわけじゃないのに、仲の良いカップルみたいだ。

 やっぱり、僕はお付き合いするべきなのだろうか……。

『クススス……』

 その瞬間、僕の脳裏に一人の姿が思い浮かんだ。

 真っ白いワンピースの、妖しい瞳の少女――。何故、彼女のことを思い浮かべてしまうのだろうか。

「いやいやいや、今は忘れよう」

 僕は思いっきり首を横に振った。

「緑山くん、どうしたの?」

「あ、別に何も……」

 怪訝な顔を浮かべる根元さんに、僕が苦笑いで誤魔化していると、

「あれ? 葉くん?」

 突如、聞き覚えのある声に話しかけられる。

「なんだ、お前らデートでもしてんのか?」

 一瞬誰だか分からなかったけど、その姿は良く知っている人たちだ。

「桃瀬さんに、黄金井さん?」

 二人とも色鮮やかな浴衣に身を纏っていて、凄く似合っている。桃瀬さんは可愛らしい桃色、黄金井さんはちょっと風変わりなオレンジと黒。いつもと雰囲気が違いすぎるけど、かなり似合い過ぎている。

「お祭り来ていたんだね!」

「お二人も来ていたんですね」

「言っておくが、俺らはデートじゃないぞ。黒塚が親睦を深めるとかなんとか言いやがって、ほぼ強制的にうちのクラス全員で祭りに行くぞとか抜かしてな……」

「あ、うん。気にしていませんから」

 まぁ、デートということはありえないか、この二人の場合は。

「あれ? 緑山くん、この二人って……」

「あ、あぁ。ほら、こないだプールにいたじゃない。僕の知り合いなんだけどね」

「ふぅん……」

 根元さんはさほど興味なさそうだ。

「待って。黒塚さんは……」

「おう、呼んだか?」

 今度は別の、凄く野太い声が聞こえてきた。

「やっぱり……」

 黒い浴衣を纏った黒塚さんが現れた。身体つきがいいだけに、凄く日本男児感が強い。

「なんだなんだ、デートか? ん?」

「まぁ、そんなところです……」

「はっはっは! そうか! そいつは邪魔しちゃ悪いな!」

 黒塚さんの高笑いに、僕はひたすら苦笑いを浮かべていた。

 桃瀬さん、黄金井さん、そして黒塚さんが集まってしまっている。

 このパターン、ついこないだと同じ状況のような……。

「はい、スーパーストロング焼きそば、お待ち!」

 ため息混じりの落ち着いた男性の声が近くの屋台から聞こえてきた。

 ――案の定、か。

「あれ? 蒼条さん?」

 ふとそちらのほうを見ると、蒼条さんが鉄板と格闘している姿がそこにあった。青い浴衣にたすき掛けしており、いつもとは違って少しワイルドに見える。

「……お前ら、勢ぞろいか」

「あはは、プールのときみたいになってしまいましたね」

 結局、オトメリッサがこの場に集まってしまったわけで。

「何でもいいが、仕事の邪魔だ。どいてくれ」

「蒼条さんはどうしてここに?」

「例によって川辺に頼まれただけだ。全く、人を良いように使って……」

 と文句を言いながらも、慣れた手際で焼きそばを作る蒼条さん。ソースの香ばしい匂いが食欲をそそる。

「あ、この人! こないだプールにいた伝説の焼きそば……」

「……その話はやめてあげて」

 あまり触れないであげておいたほうがいいみたいなんだよね。事情は詳しく知らないけど。

「それじゃあ、僕たちはこのへんで!」

「あ、はい。お邪魔してすみませんでした」

「……このパターン、何も怒らなければいいがな」

「……だよな」

 やめてください、その台詞はフラグというものです。

「はっはっは! なぁに、いつもみたいにやればいいだけさ」

「いつも、みたい?」

 ――あ、いけない。

 これ以上は根元さんに不審がられる。あまり内輪の話をするのも悪いし、そろそろ行こう。

「じゃあ、お祭り楽しんでください」

「あぁ。俺は仕事だがな」

「お疲れ様です……」

 そう言って、僕たちは手を振りながら神社の奥の方へと去っていった。


「さっきの人たち、なんか皆変わっていたね」

「う、うん……」

 それは否定しづらい。

「でも、良い人たちそうだった」

「そうだね……」

「緑山くんの家って極道じゃん。もしかして……」

「いやいやいや、無関係だから!」

 一度、極道風のコスプレはしたことあったけどね。その後バニーにさせられたけど。

「緑山くんって、コミュニティ広そうだよね。他にもあぁいう知り合いとかいるの?」

「そんなに広いわけじゃ……」

 と、そこまで言いかけて、ふと思い出した。

 そういえば、新しいオトメリッサの候補に相応しい人を探さないと。

 とは言っても、そう簡単に見つからない、よね……。


「お、おいおい……」

「あの腕前、伝説だ……」

 ――ん?

 何やら、奥のほうが騒がしいような……。

「に、兄ちゃん……、もう勘弁してくれ……」

「勘弁? まだ序の口だぞ」

「い、いやぁ……、もう景品が……」

 ――あの。

 ちょっとしか知らないけど、またもや会ったことのある人の声が聞こえてきたんですが。

「倒れないように色々と小賢しい細工をしていたようだが、オレの前では無意味だ。思い知ったか」

「は、はい……」

 僕たちは、その方向に目を向ける。

 手元には巨大な銃を携え、足元にはぬいぐるみやらお菓子やらの大量の景品。

 そこにいたのは――、


「いいか、オレの名は伝説、またの名を白龍説だッ!」

 白い浴衣を身に纏った、白髪の人。

 間違いない、この前プールで見かけた、かなり変わった人だ!

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