第64話 「緑山葉はお祭りで探し物をする①」
夏休み――。
日差しがすっかり強い日々が続いている。植物さんたちにも夏バテというものは存在しており、そうならないためにも僕は相変わらず毎日のように校庭に水やりに来ていた。
学校にはたまにサッカーや野球の練習でやってくる子や、学校のプールに来る子もいる。まぁ、それでもいつもに比べると閑散としているけどね。僕としては静かだけどちょっとだけ寂しい気持ちもある。
「それにしても……」
影子さん、一体どういうつもりなんだろう……?
こないだのプールの後――、
僕たちはいつものように影子さんの家に呼び出された。
「と、いうわけで! オトメリッサに新戦力を追加しようと思います!」
でかでかとホワイトボードに書かれた、「新戦力!」の文字。
当然のことながら、僕たちはぽかーんと目が点になって黙り込んだ。
「えっと、その……」
「し、し、新幹線に追突しようと思います?」
「新! 戦! 力! を追加! 要するに、新しくオトメリッサに相応しい人を探そうってこと!」
――つまり。
新しい仲間って、ことなのかな?
「……おいおい、どういうつもりだ? この期に及んで新戦力とは」
蒼条さんが尋ねると、影子さんは眼鏡をくいっと直して、
「いいかしら? サファイラ、トパーラ、パールラ、そしてアメジラ。幹部クラスの敵も次々と現れて、闇乙女族との戦いはこれから益々激化していくわ。そうなっていくと、こちらも新しい戦力が必要になってくるわけよ」
「はっはっは、なるほど。一理あるな」
「けどよぉ」爪さんが不貞腐れながら、「一応、俺らはルビラを撃破しているんだぜ。他の連中ぐらい俺らだけでどうってこと……」
「甘いッ! まだ他の幹部たちとは戦っていないけど、ルビラよりも遥かに強い可能性だってあるわけよ。それに、誰かさんたちがまた喧嘩とかで離脱したら、残った人だけで戦うのがどれだけ辛いと思っているの?」
「うぐっ……」
流石に爪さんも図星だったのか、苦々しそうに口を噤んだ。
「でも、影子さん。例の、オトメリッサのブレスレットはあるの?」
「それは無問題。ちゃんとここにあるわ」
そう言って影子さんは机の上に僕たちと同じブレスレットを置いた。
「おお!」
「ってこれ、もしかして……」
「そう! 私がルビラと戦っていた時に使っていた物!」
――やっぱり。
影子さんは以前、ルビラとの戦いで一時的に僕たちの代わりに戦ってくれていた。一応、影子さんもオトメリッサに変身したらしいけど、結果はボロ負けだったらしい。
「……使えんのか、これ?」
「だ、大丈夫! 私がこないだ何のためにプールの大会に行ったと思っているの?」
「ビキニが欲しかったから」
「若気の至り」
「単なる自己顕示欲」
みんなが思い思いに答えて、影子さんはそっぽを向いてしまう。
「ふ、ふーんだ。いいもん。私、そんな扱いで充分だもん。ちゃんとブレスレットのテストも兼ねて出場していたのに、そんな扱いだもん。拗ねてやるもん」
――あーあ。
僕はやれやれ、と影子さんに近付いた。
「ま、まぁ影子さんには、柳田のことでもお世話になっているし、本当に感謝していますから……」
と、まで言ったところで、僕は一瞬考え込む。
そうだ――。
柳田は闇乙女族のパールラによって、小さな女の子に変えられてしまった。よりにもよって、自分が父親になろうとしている矢先に、だ。
闇乙女族のパールラ……。最初はお花が好きな可愛らしい女の子だと思って近寄られてきたけど、その実はとんでもない外道だった。漢気と同時に時間を奪うとか言っていたけど、一体どういうつもりなのだろうか。
どんな理由があろうとも、絶対に許せない。僕は改めて心に誓った。
「どうしたの、葉くん?」
桃瀬さんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「あ、いえ……。何でもないですよ、何でも……」
――いけない。
僕は心を落ち着けて、顔をなんとか戻した。
「ま、そういうわけだから。誰か戦ってくれそうな心当たりある人がいたら教えて頂戴。ちゃんと頑張りは評価するし、未経験者だって歓迎するし、何よりアットホームな魔法少女だから!」
「……思いっきりブラック企業の誘い文句だな」
蒼条さんが呆れ気味に頭を抱えた。
「うーん、心当たりとはいっても、僕は特にないなぁ」
「柔道部や剣道部の連中は強者揃いだが……、果たして誘ったところで来てくれるだろうか?」
「黄金井はどうだ? 心当たりはいるのか?」
「あ、爪くんはムリだと思う。友達少ないし」
「ほほう、いい度胸してんな……」
皆、思い思いに言いたい放題だ。
とはいえ、僕も心当たりがいるわけじゃない。漢気がありそうな人というと、うちの組(学校のクラスじゃなくて極道の組のほう)に一杯いそうな気もしないでもないけど。
「大体、魔法少女になって変身するんだろ? なりたいとか言う奇特な奴、そうそういるもんなのか?」
――確かに。
女の子になって戦うと言われても素直にはいそうですか、なんて言えるもんじゃない。なりたいと思う人がいないわけではないとは思うけど、相応の漢気も持ち合わせていなければならないわけで。
「今すぐじゃなくていいわ。とにかく、心当たりがあれば私に教えてね」
「メ……、いつになく影子の目が怖いメ」
とまぁ、そんなこんなで――。
その日はお開きになってしまった。
「オトメリッサの新戦力って言われてもなぁ……」
そもそも、「漢気」って何だろう?
ただ単に強いとか、勇気があるとか、そんな単純なものじゃないよね?
そりゃあ、仲間が増えてくれたら頼もしいけどさ。正直、桃瀬さんと爪さんが抜けていた時期の戦いは大変だったし。
――はぁ。
僕はまたもやため息を吐いてしまう。
「っと、いけないいけない」
ただでさえ暑い時期だ。こんな鬱屈した気分で水やりをしていたら、植物さんたちにも気持ちが移ってしまう。
新しいオトメリッサのことも気になるけど、当面の僕の目標はひとつ。
――パールラ。
闇乙女族の幹部である彼女を倒して、絶対に柳田を元に戻してみせる。ううん、元に戻せばいいってもんじゃない。パールラは、絶対に、許さない。泣くまで謝らせるか、痛い目に遭わせるか、とにかく僕の心の中では「復讐」の言葉しか出てこなかった。
「ふぅ、水やりはこれで終わりかな」
ひととおり終えた僕はホースを元の場所に戻そうと蛇口のほうへ向かっていった。
すると――、
「あ、やっぱりここにいた。おーい、緑山くん!」
明るく僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
いつの間にやら、僕の傍らにはショートカットの少女――、根元さんが立っていた。
「あ、どうしたの?」
「どうしたの? はこっちの台詞なんだけど。すっごく怖い顔して水を挙げていたよ。何か悩み事でもあるの?」
根元さんは心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
――マズかったな。
まさか、そんなに怖い顔をしていたのか? ずっと考え事をしていたから、思いっきり表情に出ちゃっていたのかな? 植物さんたちにも見られていたかも知れない。
「な、なんでもないよ」
「そう? まぁ、それならいいけど」
なんとか取り繕った僕は咳ばらいを挟み、
「それよりもどうしたの? 夏休みなのに学校に来て」
「だってぇ、緑山くん、全然連絡くれないんだもん。夏休みで全然会えないし、乙女心をもっと理解したほうがいいよ」
――全く。
気楽なもんだな、と僕は思う。こちらは柳田のこととか色々考え込んでいるというのに、呑気だな。
「でも、わざわざ会いに来るってことは僕に何か用なの?」
「ほらぁ、そういう態度! まぁ、まだ私たちは正式にお付き合いしたわけじゃないから仕方がないか」
そういうところだけ妙にあっけらかんとしている。そこが根元さんの良いところかも知れないけど。
「で、用は?」
「あ、そうそう」根元さんはにっこりと微笑んで、「あのさ、明日の夜、近所の神社でお祭りがあるでしょ」
――そうだ。
毎年、うちの地域では盛大に夏祭りが開催される。わざわざ隣町からやってくる人もいるほどだ。
僕の実家、緑山組もこの日ばかりは地域との繋がりを重んじて出店を出す。去年は確か、綿菓子やだったっけな。小さな子どもたちが凄く喜んでくれていたっけ。
「うん。それがどうしたの?」
「もう! 鈍いな!」根元さんは口をへの字に曲げて、「一緒に行こうって言ってんの! それぐらい察しなさいよ!」
お決まりのパターン、か。
この前のプールもこんな感じで付き合わされたっけ。結局色々あって、中途半端になってしまったけど。
「いいけど……、頼むからこの前みたいなことにはならないでよ」
「うっ……、気を付けます。ほら、夏祭りって、普段強面の任侠たちが一番人情を出す日って感じだし、私も、ね……」
何か極道に対する偏見を感じるけど。
でもまぁ、これはいい機会かも知れない。根元さんの言うように、今の僕はどこか闇を抱えているようにも感じる。ちょっとした気分転換になれば、と僕は思った。
「それじゃあ、明日の夜六時に、神社の鳥居前でどうかな?」
僕が提案すると根元さんの顔がぱぁっと明るくなり、
「うん! オッケーオッケー! 楽しみにしているね!」
――良かった。
折角のお祭りだし、しっかり楽しもう。
僕は心に誓って、胸にぐっと手を添えた。
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