第63話 「蒼条海は伝説のビキニなど気にせずにひたすら焼きそばを作る⑥」
――何なんだ。
一体何がしたいんだ、この店長は。
「三……、二……、一……。休憩終了! 後半戦開始だッ!」
館内放送から、プーッ、というラッパのような音が鳴り響く。
それと同時に、店長は一目散にその場から全力で走り去っていった。
「おい、待て!」
「待てと言われて待つ者がいるかッ!」
――クッソ!
あっという間に店長の姿は見えなくなってしまった。
「川辺、追いかけるぞ!」
「う、うん……」
戸惑う川辺を呼びかけて、俺たちはプールの中をひたすら探すことにした。
スライダーから流れるプール、アスレチックと見渡すが、店長らしき人物はいない。だとしたら考えられるのはプールサイドじゃなくて、他の部屋か。流石に卑怯すぎるだろと思っていたが、そもそも店長の服の下に着こんだビキニを探せと言われた時点で理不尽極まりない。こんなイベント、今年限りで中止にしてしまえ!
「俺はあっちの倉庫を探す」
「うん、私はこっちのほうを探すね」
俺たちは二手に分かれた。
倉庫の中は薄暗く、プールで普段使うであろう備品が並んでいる。流石にこんなところに隠れてはいないだろうが、念のために見ておくか。
「ふふふふふ、よもやこんなところに隠れているとは思うまい」
……。
……。
いた。
独り言のボリュームが大きすぎるぞ、店長。
「鬼ごっこは終わりだ」
「なっ、もう見つかってしまったか!」
薄暗い奥の方に、明らかに店長にしか見えないシルエットが現れた。
ゆっくりと、足音も立てずにシルエットがこちらに近付いてくる。
「アンタ、本当に何がしたいんだ」
「フッ……、笑うがいいさ。恋人の形見を守りながら、これを託すにふさわしい強い若者を探す、哀れな男の姿を」
笑う気にもなれん。
「いいから、とっととそれを渡せ」
「俺を見つけたことは褒めてやろう。だが、君は失念しているな」
――なんだ?
先ほどからの妙な余裕が気になる。
「一体どういうことだ?」
「簡単なことだ。君がここで俺のビキニを手に入れたとしても優勝にはなれない。何故なら、君は最初から参加者ではないからだッ!」
……。
「なんだ」
俺は思いっきりため息を吐いた。
そんなことでこの人は勝った気になっていたのか。心配して損した。
「なんだとはなんだ! 言っておくが、俺はこのゲームの支配者……」
と、そこまで言いかけると店長の口が突然止まった。
口だけではない。手足もダランと気が抜けたように直立不動になっている。目も虚ろで、突然死んだ魚のようになっている。
この状況、つい先ほども見たぞ。まさか、これは……、
「ここォォォォォォォ~までだァァァァァァァ~♪」
背後から突如として小節の聞いた歌声が聞こえてきた。
――しまった、すっかりコイツの存在を忘れていた。
「さ、探しましたよ。こんなところに伝説のビキニがあったのですね」
倉庫内に現れたマーメイドアクジョとアメジラ。ちなみにマーメイドアクジョの下には台車がある。ここの備品だろうが、勝手に使うな!
と、そんなツッコミをしている場合じゃない。奴らに勘付かれたとなると、厄介だ。
マーメイドアクジョは人を操る能力を持っている。今まで店長はビキニのおかげで自我を保っていたが、この様子だと至近距離で歌を聞いてしまったためにビキニの効果も薄れてしまったのだろう。
つまり今、店長は、コイツらの操り人形というわけで……、
「さあああぁぁぁぁぁぁ~ビキニをォォォォ~渡せぇぇぇぇぇぇぇ~♪」
「はい……」
店長がおもむろに胸のビキニに手を掛ける。
――マズい!
「結局こうなるのか……」俺は左腕のブレスレットを掲げた。「オトメリッサチャージ・レディー、ゴーッ!」
水色に変化した光の粒が、俺の身体を包み込んでいく。段々、胸が痛くなるが、しばらくして重いという感触へ変化していく。尻もどことなく大きくなっていく。
髪が一気に伸びていき、絡み合いながら、右側のほうへ結ばれていった。
服も光の中で、変貌を遂げていき……、
やがて、光が消えた。
「溢れる知識の海、オトメリッサ・マリン!」
変身を遂げた俺は、すかさず、「漢気、解放ッ!」と叫び、GODMSの粒を集めて巨大な槍を手に形成させた。
「なるほど……、あなたもオトメリッサでしたか」
「こしゃあああああくなああああああああああ~♪」
イチイチうるさいな、コイツ。
いくら変態だらけのこの小説内でも、女性があられもない姿を曝け出すシーンは流石に避けねばなるまい。ここは短期決戦で挑むか。
「漢気奮発ッ!
俺は懐から青いリップを取り出し、塗りたくった。
GODMSの粒が槍に再び集中し始めて、メキ、メキと歪な音を立てて大きくなっていく。
「な、それは……」
「うおおおおおおおおッ!」
俺は大きくなった槍を思いっきり振り回し、マーメイドアクジョ目掛けて振り回した。
「う、うううえあああああああああああああああああああああ~♪」
悲鳴なのにも関わらず小節を利かせた悲鳴が、俺の耳を劈く。だが、俺は歯を食いしばりながら
「もう一回ッ!」
再び振り回し、薙ぎ払った。
やがて、マーメイドアクジョは歌うのをやめたかと思うと、
「こ、今夜は……これまでぇぇぇぇぇぇぇ~♪」
弱々しい、最期の歌声と共に、光の粒へと散華していった。
「お、お、おおおおおおおおお……」
マーメイドアクジョが倒された途端、店長の身体が光り輝いた。
――仕方がない。
「漢気、奮発。
今度は別の口紅を取り出して、再び塗りたくった。
大きくなっていた槍は元の大きさに戻るが、今度は先端が数本に枝分かれして、あらゆる方向にくねくねとうごめき、
シュパン!
と、素早く切り裂くような音を立てて、店長のをぐるっと一周し、そのまま槍は元通りに戻っていった。
「ぐおおおおおおおおッ!」
店長の声が、甲高いものから段々低く戻っていく。それと同時に光が消えて、全裸のオッサンが泡を吹いてその場に倒れ込んだ。
「ぐっ、ここまでのようですね。仕方がありません、今回は引き上げましょう」
アメジラが悔しそうに眉を顰めた後、その場から走って去っていった。
――ふぅ。
槍の先端には、店長が着ていたビキニが引っかかっている。中年男が着ていたビキニなど欲しいとは思わないが、さて、どうしたものか。
「蒼条く……、あれ?」
様子を見に来たのか、川辺が倉庫にやってきた。
「あ、っと……」俺は一瞬言葉に詰まるが、「また、会ったな」
「あなたは、オトメリッサ・マリン?」
「そ、そうだ。蒼条海は、その……、ここにはいない」
「そっか……」川辺は視線を俺が持っているビキニのほうに移して、「あ、そのビキニ……」
うぅむ、どこから説明すれば良いものか。俺は少し考え込んだ後、
「この店長が着ていたものだが、見事に奪い取ってみせた、ぞ……」
なんとか説明しようとするが、あまりにもざっくりすぎる。というより、これでは俺が変態みたいではないか。とりあえず、ここに倒れているオッサンの姿は見せないようにしないと。
「それじゃあ、あなたが優勝……」
「い、いや。俺……、じゃなかった、私は参加できないからな。非常に渡しづらいのだが、良かったら、これ……」
「えっ……」
俺は川辺に近付き、手に持ったビキニを手渡した。
「いや、無理に受け取らなくてもいいんだぞ……」
川辺も若干引いている気がするが、恐る恐る受け取った後、彼女はにっこりと微笑んで、
「ありがとう、ございます……」
――良かった。
俺はほっと胸を撫で下ろし、彼女をじっと見つめた。
「そういえば、その……、このビキニって、手にした者の願いを叶えるという話らしいが……、何か叶えたい願いでもあるのか?」
これも聞きづらいが、なんとなく気になったので聞いてみることにした。
「……秘密、です」
川辺ははにかみながら、ぎゅっとビキニを握りしめて答えた。
よく分からんが、嬉しそうなのは非常に伝わってくる。まぁ、こんな迷信をまともに受け取るのもどうかと思うが、少しでも彼女の気が晴れたらいいか。
「それじゃあ、私はこれで」
「はい、ありがとうございます」川辺はお辞儀をした後、「あ、そうだ。蒼条くんにもお礼を言っておいてください」
「あ、あぁ。伝えておくよ。必ず、な」
そんなこんなで……、
「お前ら、耳をかっぽじってよく聞け! この大会に、新たなる伝説が誕生した! そう、伝説のビキニを手にした者……、川辺瑞乃に、大いなる拍手をッ!」
不在の店長に代わり、白龍説が高らかな声を挙げた。それと同時に、プール内一杯に盛大な拍手が響き渡る。ちなみに、店長は救護室で寝かせている。まだ泡を吹いたままだが。
この果てしなく下らない戦いも、これで閉幕か――。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
伝説など、所詮はこんなものかも知れないな。
こんな大会、今年きりで終わってしまえばいいと、俺は思っていた。
その後……、
「なぁ、あそこのプールの噂知っているか?」
「ビキニのバトロワ大会の日に現れた、伝説の焼きそば職人の話だろ?」
「来年こそは絶対食ってやるぞッ!」
どういうわけか、このプールに新たな伝説が爆誕したようだった。
「蒼条くん、店長が来年もまたよろしく、だって」
「断るッ!」
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