第61話 「蒼条海は伝説のビキニなど気にせずにひたすら焼きそばを作る④」

「さて、今年もまたやってきました! 恒例のバトルロワイヤル宝探しイベント! 会場には続々と水着美女たちが集まっております!」

 館内放送から女性になった店長の声が流れてくる。

 イベントのほうに夢中になっているせいか、店の方は客がほとんど途絶えている。俺はカウンター越しにプール内をざっと見渡してみる。なるほど、女性たちがぞろぞろとプールサイドに立ち尽くしている。その中に紛れて、俺の知った顔も何人もいる。あとは、目が死んだ魚のようになっている連中も見かけるが、おそらく彼女らがGODMSを抜かれた元男といったところだろう。

 それにしても気になるのは……。

 店長だけは、女性に変えられたにも関わらず全く操られている様子はない。現状を受け入れているようではあるが――。そういえば、他の男性はビキニ姿になっているのに、店長だけ服装が変わらずアロハシャツのままだ。あの歌の影響が少なかったのだろうか?

「司会は、ここのフードコートの主任である私と」

「オレの名は伝説。またの名を白龍説だ! 知らぬ愚か者は覚えておけ!」


 ……。

 おい……。

 何故、アイツがその席にいる?

「はい、そういうわけで、突如彗星の如く現れた“自称”伝説君とお届けいたします。いかがですか、この圧巻な光景は」

「ふっ、本来ならばオレがここにまた新たな伝説を刻むはずだったが、出られないのであれば仕方あるまい。果たしてここにいる彼女らの中に新たな伝説を刻む者がいるのか、しかと見届けてやろうではないか!」

「はーい、参加者よりも意気込んでいますねぇ。期待しています」

 白龍説、という名前だったか。

 理解という概念を超えた存在なのかもな。深く関わったところで碌なことにならなさそうなのは確かだ。この前アイツを相手にしていた桃瀬と黄金井の苦労は推して知るべしだ。

「では、ルールを説明いたします。このプールには伝説のビキニと呼ばれる物が隠されています。参加者の皆さんはそれを探し出せば優勝です」

 ――なかなか雑な説明だな。

 俺は放送を聞きながら、キャベツを切り始めた。

「ちなみに、その伝説のビキニとやらはどのような代物だ?」

「はい、実はですね……」店長は咳ばらいを挟み、「ここ二十年近く、参加者の中でそれを目にした者はいないそうです。どんな形、どんな色なのか、それは見つけ出した方だけが知ることのできる特権なのです」

「なるほど、そいつは伝説だ」

 ――大丈夫なのか、このイベント。

 こんなクソイベントのために俺たちが市に払っている税金が使われているのか。どこの利権絡みなんだ、これは。

 頭が痛くなってきたが、俺は一呼吸置いてキャベツの芯をくり抜いた。

「では、そろそろ試合開始です……、が、その前に、前後の間隔を空けて……」

「ラジオ体操第一、ようい……」

 館内放送に混じって、おなじみのあの音楽が流れ始めた。横目でチラっと様子を眺めているが、女性たちが揃ってきちんとラジオ体操をしている。しかも、闇乙女族もだ。なんだこのシュールな空間は……。

「はい、では今度こそスタートいたします。みなさん、準備はいいですか?」

「「「「「はぁぁぁぁぁぁい!」」」」」

 美女たちの甲高い歓声がこちらまで聞こえるほどに響き渡った。

 やれやれ、と俺は業務用の紅生姜を袋から取り出した。

「位置について、よおおおおおおい……」


 バーン!

 と、勢いよく破裂音が耳に響き渡る。

「さぁ、始まりました! 水着女性たちが次々にプールに潜ったり、プールサイドを調べたり、とにかく伝説のビキニを血眼になって探し始めていますねぇ」

「ふっ、伝説の水着がそこまで容易く見つかるはずがないだろう」

 ――なんか腹立つな、アイツ。

「なぁんか、説って海さんとキャラ被っているところあるよな」

 被ってない!

 と、聞こえてきた黄金井の言葉に全力で否定したいところではあったが、今は我慢だ。後で覚えておけよ、黄金井!

「おおっと、三十二番の選手が、五十六番の選手を追いかけまわしています」

 誰だ? 鬼ごっこではないだろうに、何をやってんだか。

「お、おねぇさまぁ……、ここで会ったが百年目です……」

「や、やめろおおおおおおおおおおおおッ!」

 ……。

 館内に響く二人の声。呆気に取られていると、次第にその声は遠くなっていった。

「はい、三十二番の三途選手と、五十六番のさ、さふぁいら? 選手の二名が戦線離脱のようですね」

「全く、これだからストーカーという人種は……」

 ――頭が痛い。

 とはいえ、闇乙女族は一人失格になったようだ。

「おおい、三途ッ! 泳ぎの練習はどうするんだあああああああああああああ!?」

 黒塚さんの大声と共に、外へと駆け出していく足音が聞こえてくる。アンタらはもう勝手にやっていてくれ……。

 と、連中のことを気にしている場合じゃない。続きをせねば。

「ふっ、サファイラの馬鹿者め……」

「おおっと、ここは私が相手になるわよ!」

 今度はトパーラと灰神の声が聞こえてくる。

 なんだろうか、また頭が痛くなりそうな予感が……。

「さぁ、二十五番と四十一番が睨み合っている! これは、一悶着ありそうだぞ!」

 一悶着などあってたまるか!

 と心の中でツッコみながら、俺はひたすらキャベツを刻んでいた。

「漢気、ちょびっと解放……」

「ふっ、ならば私も剣を……」

 またもや外をちらっと見ると、灰神が変身せずに刀を構えている。そして、トパーズもどこからともなく剣を取り出して向け合っている。

 灰神め、変身できないなら得物だけ出すという姑息な手段使うとは。というよりも、そんな芸当がてきたのか? 何でもアリか、アンタは!

 などとツッコミをいれていると、そこに現れたのは……、

「わあああああ、それって本物のヤッパですか!? もしかしてお姉さんたち、これから抗争を始めようとしていたりします⁉」

 興味津々といった感じで、緑山の連れの女子が二人の間に入っていく。

「お、おい。邪魔だ小娘!」

「危険だから下がっていなさい!」

「えっ、えっ!? 何でですかぁ! 折角の……」

「ちょ、ちょっと根元さん……」

 緑山が冷や汗混じりに止めに向かおうとすると、

「はい、二十五番の灰神さんと、四十一番のトパーラさん、そして割って入った七番の根元さん、三名失格とさせていただきます!」

「えええええええええええええええッ⁉」

「何故だッ⁉」

「何で私までえええええええええええええええええッ⁉」

 三人が素っ頓狂な声で驚く。

「当然だろう。銃刀法違反だ。止めずに煽ろうとしたそこの小娘も同罪だ」

「別に私は煽ろうとしたわけじゃ……」

「言い訳無用! さぁ、戻れ!」

 三人は「うぅ……」と魂が抜けたようにしおれて、そのまま外へと出ていった。

「さぁて、早くも脱落者が続出! この試合、一体どうなってしまうのか!?」

 ――どうなることやら。

 と冷ややかな目付きで見据えると、俺はふと、視界に捉えられる範囲から川辺の姿を探した。

 ――いた。

 あちらこちらでせわしなくビキニを探している。この流れでよくもまぁ、一心不乱になれたものだなと感心してしまう。そこが彼女の良いところではあるのだが。

 あとは黄金井の連れの二人も同様に、あちらこちらを探している姿を捉えられた。

 問題は桃瀬とアメジラだが……、

「もしかしてあそこにあったり……」桃瀬はひょん、とジャンプして、中央の時計の上を探している。「なんだ、なかったか」

 残念そうに他の場所を探し始めた。

 なるほど、奴の強烈な身体能力をふんだんに駆使しているみたいだ。変身できない状況ではあの人間離れした体力は武器になる。だが、なるべくだが観客に見られないようにやって欲しいところだ。実際今も他の客たちが桃瀬のその姿を見て唖然としている。

 そしてアメジラは、

「イニムさまああああああああああ! 絶対にビキニを見つけ出して、貴方様と見事に結ばれてみせますからねぇ!」

 放送席に向かって、いつまでもにこやかに手を振っていた。

「だから誰だ貴様は!」

 ――この二人の関係は一体何なんだ?

 疑問符がひたすら頭の中でうごめく。ツッコんでいても仕方のないことなのかも知れないが。

 そんなこんなで、他の参加者たちも、勿論操られた元男性たちも、必死で色んな場所を探している。だが、結局見つかりそうな感じではない。

 俺は困惑しながら時計を見る。試合開始から既に三十分が経過しようとしていた。

「さてはて、勝負が大分白熱してきました! ですが、一向に見つかる気配がありませんねぇ」

「なるほど、やはり伝説というのはそう易々と見つかるものではないということか」

「まだ分かりませんよ。勝負というのは、最後まで見てみないと」

 ――そろそろか。

 俺は鉄板を暖め、油を敷いた。刻んだキャベツ、そして豚肉を炒め始める。

「お、蒼条さん。焼きそば作るのか? てか誰も注文してなくね?」

 カウンター越しに黄金井が話しかけてきた。が、俺はそんな声を無視することにした。

「三……、二……、一……。はい、ここで前半戦終了です! 一旦探すのをやめて、休憩してください!」

 解説の店長の合図と共に、女性たちの「えぇ……」という残念そうな声が次々と聞こえてくる。

 俺は炒めた具材がほどよく火を通っているのを確認すると、おもむろに麺を入れる。一本一本丁寧にほぐしながら、コテで鉄板上に広げていく。そして、最後にソースをしっかり、全体にじんわりと馴染ませていく。

「な、何これ……」

「おいおい、あの店から凄くいい匂いが漂ってこねぇ?」

 周囲の客からざわつきが聞こえてきた。

 店内にソースの香ばしい匂いが漂っている。俺は曇った眼鏡を直す間もなく、コテで麺を捌いていく。

 ――やはりこれだ。 

 この店にはやたらと焼きそばの種類が多い。変な味付けやら凝った材料やら、確かに一口試してみたくはなる代物ではあるが……。

「焼きそばとは、ソース焼きそばに始まり、ソース焼きそばに終わる」

 ふと、俺の脳裏に過った言葉を呟いていると、

「蒼条くん……、ごめん、見つからなかった……」

 川辺が暗い表情で戻ってきた。

 彼女を見据え、俺は鉄板上の焼きそばを皿に盛りつけた。

「川辺、お疲れ様。これを食って後半戦を頑張ってくれ」

「えっ? これって……」

 不思議そうな表情で、川辺は受け取る。が、目にした焼きそばを見た瞬間、彼女からごくり、と唾を呑む音が微かに聞こえてきた。

「頑張っているお前のために作ったんだ。さぁ、おあがりよッ!」

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