第60話 「蒼条海は伝説のビキニなど気にせずにひたすら焼きそばを作る③」
「はい、お待たせ。イベリコ豚焼きそばトリュフ添えです」
イベントの開催も近付き、少しずつ客足が減っていく中、俺は一人で黙々と店番をしていた。
「って、蒼条さん! そんな他人事みたいな感じで……」
店の外から桃瀬たちが俺に声を掛けてくる。
「いや、仕方ないだろ。男のままで参加するわけにはいかないし、オトメリッサ出場禁止と言われてしまっては何もできないだろ」
「けど闇乙女族が……」
――うぅむ。
奴らをここで食い止めなければ、という気持ちもある。だが、今のところ下手に騒ぎを起こしてしまうのは得策とは言えない。現状闇乙女族どもはあくまで参加者だ。迂闊に手出しはできないだろう。
それに、ここで試合を中止にしてしまっては……。
「もしかして、川辺さんのため、ですか?」
緑山が尋ねてきた。
「ま、まぁな。川辺もそうだが、皆が楽しみにしているイベントを壊すわけにはいかないだろう」
「ふぅん。だが、俺も同感だぜ。何もできないのがもどかしいけどな」
黄金井がため息を吐いていると、
「ふふふ、任せなさい!」影子が腕を組みながら声を出してきた。「今回は私たちが何とかしてみせるわ!」
オトメリッサを出場禁止に追いやった元凶が現れた。
「……よくもまぁそんな物言いができたものだな」
「要するに、闇乙女族にビキニを渡さなければいいんでしょう。相手は三人、可能性は……」
「かああああああああああげええええええええええええええこおおおおおおおおおおおおおッ!」
黄金井が剣幕の如く怒りながら影子を睨みつけた。
「な、なによ……」
「てめえがッ! 去年無茶苦茶やらなきゃ俺らも出場出来ていたんだろうがッ! いらん悪評広げやがってッ!」
「だ、だってええええええええッ! どうせ今後私がオトメリッサに変身することはないだろうと思ったからぁッ! 最後の記念に力を使ってみたくなっただけだもんッ!」
「具体的には何やったんですか……」
「ん……、ほとんど覚えてないなぁ……」
影子は思いっきり視線を逸らしている。間違いなく、相当やらかしているな、これは。
「ていうか、何故やらかした張本人が出場できるんだ?」
「それは無問題。変身したのが私だということはバレていないから」
いや、変身しても変わらないだろアンタの場合。何故バレない?
俺は更に困惑が強くなっていった。
「反省しろおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
黄金井が再び怒りを露にする。
「何よッ! 不良の癖にッ! アンタも出たかったの!? 女物の水着を着てッ!」
そう言われた黄金井は、うっ、と言葉を詰まらせた。
さて、これからどうしたものか……。
「大丈夫だよ。僕は変身しなくても出場できるし、それにほら、他のみんなもいるし!」
確かに。今回はあくまでも、闇乙女族たちにビキニが渡らなければどうってことはない。現状、こちらは桃瀬、灰神、川辺、三途、根元、あとは桃瀬たちの連れの二人。それに闇乙女族以外の参加者も含めたら、数としては圧倒的に相手が不利だ。まさか、水に濡れるようなイベントでドロオトメどもを出すわけにはいかないだろう。
「チッ、仕方ねぇ。俺らは見学するしかねぇか」
「はっはっは! 後は任せたぞ!」
――やれやれ。
と一息入れたいところだったが、まだどうも引っかかるところがあった。
こんなに人が多いプールに、闇乙女族たちがただイベント参加だけで来ると思うか?
そもそも奴らは漢気を奪うことが目的の連中だ。辺りを見渡せば女性だけでなく男性も多く見かける。
「……念のため、警戒はしておくか」
「何を警戒されるのですか?」
「わっ!」
突然、横から声が飛んできた。
「あらあら、そこまで驚かないでも」
いつの間にか傍らに立っているアメジラから、俺たちは思わず離れようとする。
「な、何しに……」
「作戦会議は終わりましたか? あぁ、安心してください。お話を盗み聞きするような無粋な真似はいたしません。今回は正々堂々と勝負をしたいところですので」
アメジラは眼鏡の奥から、俺たちを鋭く見据えた。
敵ではあるが、嘘を言っているようには見えない。だが、どこか彼女の妙に自信がある表情が気になる。何か企んでいるのか?
「そうか。言葉通りに受け取っておこう」
「はい。ですが、残念です。先ほど聞いてしまったのですが、オトメリッサの皆さんはどうやら出場できないそうで」
その情報も入手済み、というわけか。
「だからどうした? 尚のこと俺たちに用はない……」
「いえいえ、そうではございません。あなた方が参加しないことは嬉しい誤算ですが、それでもやはりライバルが多いもので。それに、折角なので、闇乙女族としての役目も果たしておこうと思いまして……」アメジラが不敵に微笑む。「漢気を奪いがてら、我々の味方も増やさせていただきます」
――なっ!?
「てめぇッ! やっぱまともに試合に出る気がないのかッ!」
「どう解釈していただいても結構です。それではお越しください、マーメイドアクジョさん」
そう言うと、アメジラの背後にあるプールが突然バシャーン! と勢いよく水しぶきをあげた。
「お呼びですかぁぁっぁぁ~、アメジラさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♪」
歌いながら現れた、褐色肌の女性。マーメイドという名に相応しく下半身が緑色の魚にの尾ひれになっている。長い茶髪と、大きな胸にあしらわれた白い水着。これもまたイメージ通りだ。
それはいいが……、
「……なんで演歌なの?」
俺よりも先に桃瀬が突っ込んだ。俺もそこは気になっていたが……、文章だとわかりづらいが、相手の歌声はやたら小節を利かせて演歌調になっている。
「キシキシキシ、やっぱ演歌は日本の心だぜ」
サファイラが聞き惚れているようだ。お前、闇乙女族の癖に日本の心とか理解できるのか?
「私はぁぁぁぁぁ~どうすればよろしいでしょうかぁぁぁぁぁぁっぁ~♪」
「歌いなさい。そして、この近くにいる男どもから漢気を抜きなさい」
「かぁぁぁしこまりまぁぁぁぁぁぁしったぁぁぁぁぁぁぁぁ~♪」
って、冷静にツッコミを入れている場合じゃない!
「お前らッ! みんな耳をふさげッ!」
「えっ?」
プールサイドにいる客が俺の声に反応して、不思議そうにこちらを見つめる。何人かは条件反射的に耳を塞いではいるが……、
「えんだあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ~♪」
「いやあああああああああああ!」
時すでに遅し――。
マーメイドアクジョが強く歌い始めた瞬間、プールの中に次から次へと悲鳴が湧き起こる。
「なんだこの歌……」
微かに聞こえるが、幸いにも俺らには変化がない。耳を塞げば効果は防げるようだが……。
「ありがとうございましたぁぁぁぁぁぁぁぁ~♪」
歌い終わり、マーメイドアクジョが深々とお辞儀を下げる。
俺は耳を塞いでいた手を離し、ゆっくりと周囲を見渡した。
「おいおい、どうなってんだこりゃ……」
傍らから誰かの声が聞こえてきた。
ハスキーな女性の声。だが、その口調と、何よりも彼女の着ている服には見覚えがある。
「え、えっと……」
「あなた、もしかして……」
「ん? いや、俺だよ……」
簡単には言うが、その姿は先ほどまでとは打って変わっていた。
胸元こそ膨らんでいるものの、黄色いアロハシャツにグレーの短パン姿。それはどこからどうみても……、
「もしかして、店長?」
「だからそう言って……」そこまで言いかけてようやく、店長は不思議そうな顔で胸元を掴んだ。「なんだこりゃ? まさか、俺……」
――そうですよ。
悔しいことに、店長の姿は髪の長い女性の姿へと変わっていた。
いや、店長だけじゃない。おそらくは耳を塞ぎそびれた男たちなのだろうが、
「きゃあ!」
「なんであたしが女に!」
「何よこの水着!」
次から次へと、ビキニの女性へと変化している。しかも、彼……、もとい彼女らは既に口調も女性のものになってしまっている。
「ひい、ふう、みい……。ざっと六人、といったところですね」
「お前、どういうつもりだ!」
「はい。見ての通り、マーメイドアクジョさんが本気で歌った歌を聞いてしまうと、ビキニ姿の女性になってしまうのですよ。しかも……」
アメジラはマーメイドアクジョに視線を送った。
「あんたらぁぁぁぁぁぁぁ~そこにならべぇぇぇぇぇぇぇっ~♪」
マーメイドアクジョが再び歌いだすと、ビキニの女性に変えられた連中の目から光が消え失せる。
「……はい」
彼女らはまるで自らの意思を失ったかのように、ゆっくりと無機質に動き出して、マーメイドアクジョの背後に並んだ。
「操ることもできるのか!」
「ええ。味方は多いに越したことはありませんから。これで彼女らは私たちの駒、ということです」
「キシキシキシ! さぁて、面白くなってきたぜぇ!」
「ふっ、我々の味方が増えたとはいえ、手を抜く気は一切ないがな」
――なるほど。
やはり闇乙女族が大人しくしているわけがなかった、か。
どうする……?
俺は歯を食いしばりながら、次の注文の焼きそばを作り始めるのだった。
「って、この状況でまだ作るのかメ!」
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