第59話 「蒼条海は伝説のビキニなど気にせずにひたすら焼きそばを作る②」
「『ドキッ! 伝説だらけのバトルロワイヤル! 水着もあるよ』、略して『伝バト』」
何だその伝書鳩みたいな略し方は。というよりも、バトルロワイヤルとか物騒な催しをよくもまぁしれっと言えたものだ。あと、水着もあるよって、プールなのだから当たり前だろうが!
「いよいよ今年も開催されるんですね」
「あぁ。何年か前はどこぞの口やかましい議員によって危うく中止に追い込まれそうになったこともあったけどな。その混乱も何とか回避して、今年もまた無事に開催できることになったのはありがてぇ」
――おい。
「一体、どういうイベントなんですか?」
「ルールは簡単。このプールに隠された伝説のビキニを探し出した者が勝者だ」
いや、話がぶっ飛びすぎてさっぱり分からんのだが。
「色々聞きたいことはあるのですが……、まず、伝説のビキニって何ですか?」
俺が尋ねると、店長はふっと不敵に笑みを浮かべた。
「伝説のビキニ……。このプールに伝わる、数少ないビキニだ。それを身に纏った女性は、ひとつだけ何でも願いが叶うという代物だ」
――意味分からん。
こんな民間のプールに、そのような代物があってたまるか! 大体、それを探すイベントって何なんだ!? で、結局水着だらけという一文は必要あったのか!?
「頭が痛い……」
「ガッハッハ! 要するに水着の姉ちゃんたちがこぞって伝説のビキニを探すだけのお祭りだ。深く考えんな! 毎年それ目当てにくる客も多いから、今日はこんだけ来てんのよ」
「そうですか……」
――まぁいい。
俺は所詮ただの短期アルバイトだ。人の多いイベントが行なわれるというだけで、自分の仕事が大きく変わるということはない。
「あ、それでね、蒼条くん……」
川辺が言いづらそうに俺に話しかける。
「何だ、一体」
「そのイベントに、私も出場しようと思っているんだけど……」
……。
――あのさ、川辺。
「お前、出るのか? こんな馬鹿馬鹿しいイベントに」
「うん……」
「おいおい、馬鹿馬鹿しいとか失礼な奴だなぁ」
店長が横からツッコミを入れる。
「まさか、そのために俺をここに?」
川辺がこくり、と頷く。
つまりは、だ。大会に出場している間、店の人手が足りなくなるという理由で俺を呼んだということか。
「いいんじゃねぇの? エントリーは女性なら全員可能だぜ」
俺は呆れ果ててため息を吐く。
「出るかどうかは勝手だが……、お前、こんなのに出るような人間だったか?」
「ちょっとね、どうしても出場したくて……」
川辺の口調がどこかはにかみ気味になる。
「もしかして、何か叶えたい願い事でもあるのか?」
「うん……」
――まぁいいか。
これ以上川辺のことに踏み込むわけにはいくまい。俺はただの短期アルバイト故、しっかりと働くことだけを考えていればそれでいい。
「そんでよぉ、新入り。俺っちもイベントの間は解説役の仕事があるから……」
――あんたも店を抜けるのか。
「つまり、その間は俺のワンオペってことですか」
「すまねぇが、よろしく頼むぜ。まぁ、客はみんなイベントのほうに夢中だから、大して客は来ねぇだろう」
だったらいいがな。しかしまぁ、呑気なもんだ。
と、俺が頭を掻いていると、
「話は聞かせてもらったわ!」
どこからか、またもや聞き覚えのある声が聞こえてきた。よもや、とは思ったが……。
グレーのビキニに、プールサイドなのに眼鏡を掛けた、見知った女性――灰神影子がカウンターの前に立っていた。
「あ、灰神さんお久しぶりです」
「あら、アナタはクリスマスのときの……」
「……何してるんですか、こんなところで」
オトメリッサが勢ぞろいしているから、嫌な予感はしていたが……。まさかこの人までいるとは。
「ふっふっふ。決まっているでしょ、去年の雪辱を晴らすために、私は戻ってきた! 今年こそ、伝説のビキニを見つけ出してみせる!」
高らかな声で宣言する灰神。
案の定、というかアンタも参加するのか……。
「……暇なんですか?」
「何とでもおっしゃい! そういうわけだから、アナタとは今回はライバル同士になるから。そこんとこヨロシクね!」
「はい、負けませんから!」
灰神と川辺はお互い見つめ合って微笑んだ。険悪な雰囲気ではないが、何なんだ、この二人の波長は……。
「それはいいことを聞いたよ!」おっと、このタイミングで奴が来たか……。「面白そうだから、僕も参加する!」
どこからか聞きつけたのか、桃瀬翼がこの場に戻ってきた。
「翼……、マジで出んの?」
「うん、なんだか楽しそうだし!」
やれやれ、こういうことには喰いつきそうな奴ではあるが、案の定か。
「なになに? これ面白そうじゃん!」
「飛び入り参加もオッケーだって! ウチらも出ようよ!」
桃瀬たちの連れの二人もどうやら参加するようだ。
「話は聞かせてもらいました……。私も、参加します」
今度は黒塚の生徒――、三途だっけか? 彼女もやってくる。
「緑山くん! 私も出ていい!?」
「え? これって、小学生は出場禁止とかじゃ……」
「そんなのテキトーにはぐらかしておけばいいって!」
「お嬢ちゃん、はぐらかす必要はねぇよ。なんせ、女性なら赤ん坊から婆さんまで参加は自由だからな!」
更に、緑山の連れの少女――根元も現れる。いやいや、というか年齢制限はしっかり設けておけッ! ルールがガバガバすぎるだろッ!
「どうやら……、ここにいる皆さんがライバル、というわけですね」
「負けないわよ! 天才科学者の名にかけて!」
「ビキニを手に入れて、絶対に緑山くんのお嫁さんになってみせるんだから!」
「そうです。わたくしも、イニム様を連れ戻してみせます」
――そうかそうか。これはまた賑やかなことになりそうで。
って……。
あの……。
「なんか一人、見知らぬ人が……」
「はい、わたくしでしょうか?」
俺らにしれっと混じった、紫の髪の女。赤縁の厚ぼったい眼鏡に、これまた薄紫のウエットスーツみたいな水着。
誰だ、コイツは……。
「あぁ! アンタ、闇乙女……」
「シッ! おい、てめぇこんなところで何していやがる!?」
桃瀬と黄金井が驚いた表情を挙げている。
というよりも今、闇乙女とか言わなかったか? ということは、だ。コイツはもしかして闇乙女族の一員なのか?
「こんにちは。貴方はこの間の……。なるほど、これはちょうど良い。わたくしも是非ともこのお祭りに参加させていただきます。そして、その伝説のビキニとやらでイニム様を我が物にする願いを叶えてみせます」
――また変なのが出た。
「キシキシキシ! 漢気を集めようと思ったら、なんか面白そうなことやるみたいじゃん」
「ならば我らも参加させてもらうとしよう」
あ、今度は良く知っている奴の声だ。
「サファイラ! トパーラ!」
闇乙女族の幹部、サファイラとトパーラの姿がそこに現れる。彼女らもまた、やたら派手な水着姿なのはツッコミを入れるべきところなのだろうか。
「これで知っている顔が勢ぞろいとなってしまったか……」
「ん? 蒼条くん、あの人たちも知っているの?」
「まぁ、な……」
とはいえ、ここは闇乙女族を止めるべきだろうか。だが、今のところは漢気を奪うような真似はしていない。桃瀬たちだけならまだしも、他の客がいる前でオトメリッサの姿を晒すわけにはいかないだろう。
だが、もし伝説のビキニとやらが本当にあったとしたら?
そんなものが奴らの手に渡ってしまっては、危険極まりない。この世界から男が消えてしまう事態に発展しかねない。
――だったら、変身するしかない、か。
「こうなったらオトメリッサを……」
「オトメリッサ? おい、お前さん今オトメリッサって言ったか?」
――しまった。
つい口に出してしまったことを俺は後悔した。
「いや、その……」
「蒼条くんはオトメリッサと知り合いなんですよ」
川辺が助け船を出してくれた。ふぅ、危なかった……。
それにしても、店長はオトメリッサのことを知っているのか? 確かに、最近この辺で色々騒ぎにはなっているから知っていていても無理はないが。
「そ、そうなんです。それで、詳しくは言えないんですけど、実はあそこにいる連中にビキニが渡ったらマズいもんで、オトメリッサたちに出場してもらって……」
「そうなのか。だが、ソイツは無理な話だ」
――へ?
「それは、一体……」
「一体も全体も、今年から加わったルールで、オトメリッサの出場は禁止になっている」
……。
……はい?
「な、なんでまた……」
「去年、オトメリッサを名乗る奴が現れてよぉ、イベントを無茶苦茶に荒らして帰ってしまいやがって。おかげで、去年は誰一人とビキニを手に入れられずの史上最悪の大会になっちまった。んで、今年からオトメリッサは出場禁止ってこった」
おい、待て。
誰だ、闇乙女族と関係ないところでそんなことをやらかした馬鹿阿保間抜けはッ!
俺は桃瀬と黄金井に視線を送る。
二人とも首を横に振る。桃瀬は怪しいところはあるが、正義感は人一倍強いからな。
黒塚さんにも視線を送る。が、当然首を横に振る。男女関係ないイベントなら喜んで参加しそうだが、わざわざ変身してまで参加はしないだろう。
緑山にも視線を送る。勿論、首を横に振る。流石に緑山はこんなことをしないだろう。
当然俺ではないし、あとは……。
――待てよ。
去年のこの時期といえば、ルビラとの戦いが終わって、しばらく闇乙女族が大人しかった期間だ。そういえばあの時、もう一人オトメリッサが……。
俺は灰神に視線を送る。
彼女は視線を右上にずらして、舌を出しながら「てへぺろッ!」とわざとらしくふざけている。
――ということは。
お前かああああああああああああああああああああああああッ!
ルビラ戦のとき灰神は「オトメリッサ・シャドー」に変身していた。ただし、ルビラには負けてしまいあの力は無くなったものだと思っていたが……。
――うん。
もうこうなったら仕方があるまい。
「仕事するか……」
俺は再び、鉄板のほうへと戻っていくのだった。
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