第57話 「黄金井爪は涼しい場所に行きたい⑤」
「は、白龍……」
「ん? なんだ、お前は。コスプレか?」
言い返したい気持ちで一杯だったが、今の俺としては蚊の鳴くような声を出すのが精一杯だった。
「ジュッデエエエエエエエエエエエエエエエムッ! どうやら新しいお姫様が舞い込んできたみたいだねぇ」
「いいえ、あの御方は私の物です。いいですか、くれぐれも漢気を奪わないように気を付けてください。あ・く・ま・で・も! 生け捕りです!」
――なんなんだ?
全くコイツらの関係性が掴めない。いや、考えたら負けか。
「だから誰なんだ貴様は!」
「イニム様! 覚えていないのですか! 私です、アメジラです!」
「知らん! それにオレはイニムではない! オレの名は伝説だ!」
こりゃ、話が全く嚙み合いそうにないな。
なんて、呆れている場合じゃない。このままでは俺が息絶えるか漢気を抜かれるかのどちらかだ。
「う、ぐッ……」
幸い、出血はそこまではない。相当痛かったが、時間を稼いでくれたおかげか少し痛みは引いてきた。
「君、大丈夫か?」
「あ、あぁ。なんとか……」
説がこちらを気に掛けてくれているようだ。流石に、俺の正体までは気付いていないようだ。
「ウィー・ムシュー! それじゃ、お先に君の方から捕まえさせてもらうよぉ!」馬女が素早くこちらに近付いてきて、「ペガサス・流れ星パンチ……」
馬女の拳が、説の目の前に迫ってきた。
だが――、
「ふんッ!」
説の右掌が、瞬時に馬女の拳を掴む。
「なっ、ボクのパンチを受け止めた、だと……」
掴まれた拳が、ジリジリと説の手の強い圧迫に包まれていく。説は顔色一つ変えずに「ふん!」と押し返され、そのまま馬女の身体は背後へと弾かれてしまう。
「どうした? 貴様の力はその程度か?」
「はーっはっはは! 素晴らしい! 君のダンスは最高だよハニー!」
「ダンス? どうやら貴様の目も馬並みらしいな」
いや、馬の視力は知らんけど……。
何なんだよ、コイツの馬鹿力。あの素早いパンチをいとも簡単に受け止めやがった!
こんなの普通の人間にできる芸当じゃない……。
「だったら次はこちらを受けるがいい! ペガサス・昇てんま……」
「ふッ!」
素早く説は脚を挙げ、回し蹴りで馬女のこめかみあたりに膝を叩き込んだ。
「ぐはああああああああああああああああッ!」
かなりのダメージだったのか、馬女はその場に悶えながら膝を着いてしまう。
――つ、つえぇ。
変身した俺たちとは違って生身の人間のはずなのに、何だこの力は?
「他愛もないな……」
「じゅ、じゅで……」
っと、黙ってい見ている場合じゃない。
今がチャンスだ!
俺は痛む身体に耐えながら、なんとか立ち上がらせ、「漢気、奮発……」と懐から口紅を取り出してゆっくりと塗りたくった。
「や、やるじゃないか、ハニー……」
「国へ帰るんだな。お前にも家族が……」
説はそう言って再びポケットに手を突っ込む。折角のやり取りのところ悪いが……、
「クロールージュ! 虎!」
俺の身体にGODMSの粒が集まっていき、全身に力がみなぎってくる。
「ケ、ケスク、テュ、ヴ……ディール?」
一瞬のうちに、俺の身体は馬女の背後へと回る。
俺はすかさず剣を構え、思いっきり振りかぶった。
「オトメリッサ・ビーストスラアアアアアアアアアアアアアアアッシュッッッッ!」
ありったけの、精一杯の力を込めて、俺は剣を振るった。
「う、うぃいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
ズシャア、と切り裂く音と共に、馬女のけたたましい叫び声が周囲に響き渡り、そしてそのまま、馬女は光の粒へと散華していった。
「な、なんということでしょう……」
「ふむ、なかなかやるな」
「や、やった……」
――あ、ヤベ。
かなり無理をしすぎたせいで、今になって痛みが再発してきた。
俺は耐え切れずにその場へへたれこむ。同時に俺の変身はゆっくりと解除されていき、男の姿へと戻っていった。
「貴様、さっきの……」
あぁ、そっか。変身したところは見せていなかったっけ。けど、もうそんなことはどうだっていいや。
「そ、そんな……。ペガサスアクジョさんが負けるなんて、負けるなんて、負け、負け、負け、負け……うわああああああああああああああああんッ! イニムさまああああああああああああああああああッ!」
アメジラが盛大に泣きじゃくった。なんか見た目に反してコイツメンタル弱いな。
「だから誰だそれは? オレはお前なんぞ知らん! とっとと消え失せろ!」
「うわあああああああああああああああんッ! イニム様が、イニム様が冷たいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
説のそっけない態度に、アメジラはどこぞの0点小学生みたいに涙を流しながらそのままどこかへと走り去ってしまった。
「……何だったんだ、アイツは?」
「それよりも貴様こそ何だ、何故女の姿になっていた?」
説が俺のほうを見て疑問を投げかけてくる。
「あ、あぁ。まぁ、なんていうか、その……」
「オトメリッサとかいったか。もしかすると最近巷で噂になっている魔法少女とやらだな。やれやれ、まさか男が変身しているとはな」
うぐっ……。
そこを突っ込まれると俺は言葉を失ってしまう。
「お、おかしいか、よ? 男が魔法少女なんて……」
「おかしい? さぁ、魔法少女なんぞ初めて見たから何とも言えん。偏見がなかったと言えば嘘にはなるが、男の魔法少女もいるということだけは理解した。問題はあるか?」
「ならいいけど……。くれぐれもこのことは内緒に……」
「心配するな。オレは口の堅さにおいても伝説級だ」
俺はほっと胸を撫で下ろし、頭を掻いた。イチイチコイツの言い方は癪に障るところがあるが、ひとまずは安心した。
「……あのさ」
「何だ?」
「いや、その……」俺は戸惑い気味に説に言い放った「記憶、戻るといいな」
「ふっ、必ず取り戻して見せる。何せ、オレは伝説だから、な」
「ははは……」
――それって関係あるのか?
今日一日で、一体何度“伝説”って単語を聞いたのだろうか。もう何だか笑えてきた。
「何がおかしい?」
「いや、別に……」
――そうだ。
この感覚、この既視感――。
どこかで覚えがあると思ったら、あれだ。
翼と最初に会った時に似ているんだ。
変な奴が突然現れたかと思ったら、そいつが記憶喪失で、そんでもって一緒に敵と戦って……。
「全く、貴様は変な奴だな」
――お前にだけは言われたかねぇよ!
と言い返したい気持ちもあったが、俺は再び笑い続けた。
「ったく、まぁいいや。そういえばさっきは助けてくれてあんがとよ」
「ふん! オレに未来永劫まで感謝するがいい」
「そこまではしねぇよ!」
まぁ、こういう高飛車なところは気に食わねぇが。そういうところは翼の方がマシだ。
「では、オレは行く。またどこかで会ったら、な」
「バーカ。俺は二度とお前と会いたかねぇっての!」
「珍しく気が合うようだな! それでは、退散する!」
憎まれ口を互いに叩き合い、説は俺の前から背を向けて去っていった。
――やれやれ。
珍妙な奴がまた一人増えちまったな。
アイツの顔を見るのはこれっきりにしてほしいところだが、なんていうか、またどこかでふらっと会いそうな気がしないでもない。
そのときは――。
翼との関係、そして闇乙女族との関係をきっちり問いただしてやろう。
奴の記憶が戻るまで、何度でも、な。
そんなことを考えていると、俺のズボンのポケットに入っているスマホがブルっと振動した。
『影子さんの家のクーラーが直ったから先に戻っているね』
翼から送られてきたショートメッセージを眺め、俺ははぁ、っとため息を吐いた。
――やれやれ。
「こっちがどんなに大変だったかも知らねぇで」
呑気なもんだ、と俺は苦笑いを浮かべながらスマホをポケットにしまい込んだ。
――やっと涼めそうだ。
額からひたすら滴り落ちる汗を拭いながら、俺は影子の家へと歩いて戻っていくのだった。
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